カードゲーマーよ
今日も今日とて、エルフさんたちの稽古の声が聞こえる。
エルフの戦士団が来て、みんな朝の訓練が日課になっていた。
昼間勤務の人は勤務の始めに、夜番の人は勤務の終わりに。
合同訓練を行っている。
訓練教官はグラナダインとアテルカたちゴブリン騎士団。
弓術と剣術を習い、同時にカードを使った戦い方にも慣れていく。
ナトレイアは参加せず、寝てることが多いらしい。
いや、昼間に自主訓練はしてるそうだけど。
アシュリーは、弓の名手が多いエルフたちの中でも上の方の実力らしく、グラナダインの指導を受けてさらに腕を磨いているらしい。
そんな声が聞こえてくるので、俺も俺も目が覚めるのが早くなった。
「失礼いたします。――あ、もうお目覚めだったんですね、旦那様」
「おはよう。すぐに着替えて食堂に行くよ。……いや、自分で着替えるから」
「そうは申されましても。旦那様のお手伝いも、わたしたちの仕事のうちなのですよ?」
執拗に着替えを手伝おうとしてくる少女の手から逃れ、寝間着から受け取った平服に自分で着替える。
脱がそうとしてくるのは、本当に仕事だよね?
……ねえ?
******
昼になり、今日はドライクルさんとエルキュール所長を交えた会議の日だ。
会議と言っても、訓練の成果から『カード』の有用性を確認して、エルキュール所長の分析および考察結果と照らし合わせるだけだけど。
「……やっぱり、2コストの中では、『光輝の大盾』が一番効果が期待できるかな。『治癒の法術』を保険に持たせた上で、『肉壁』を付与すると、躊躇が無くなって思い切りよく戦えるようになるから……」
「魔術で再現はできないのか、ロムレス伯爵? この世界に無い魔術だとしても、編み出せない魔術だと言うわけでも無いだろう――」
所長とドライクルさんが、机を挟んで侃々諤々の議論を交わしている。
その様子を、俺はぼぅっと見つめていた。
「……どうしたの、コタロー? 最近、何だかぼんやりしてるけど」
同席しているアシュリーが、心配そうに俺の顔をのぞき込んでくる。
「ああ、いや。何だか、色々と考えちゃってな、アシュリー」
「何を?」
「この世界に来て、ずっと必死にやってきて……今の俺は、恵まれてるんだろうな、と思ってさ。伯爵なんて、一代限りだとしても、なりたいからってなれるようなもんじゃない。住むところも、食っていく金も、何もかも不自由なく与えられて……」
「伯爵の暮らしに、未練ができた?」
「元の世界の暮らしより、ずっと良い暮らしだよ。元の世界じゃ一般人……こっちで言う、平民だったんだ。生きるために、食っていくために毎日働いてた。危険は無かったけど、安らぐことも無くて、ただ、ただ、ずっと空っぽに毎日を過ごしてた」
「そうなの。今は、毎日楽しそうよ。ずっと、誰かのカードの使い方を考えて。こうやって何人も集まって、どのカードをどう使うか、どのカードが強いのか、なんて話してて」
そうだよな。
学生時代を思い出すよ。
ろくに金も無いのに、当てられる時間は全部カードゲームに当てて、何かしらみんなで集まったり、誰かの家に入り浸ったり。
ずっと、どんなカードが強いか、どんな戦い方なら勝てるか、どんな使い方をすれば面白いか、そんな話題を次々と、とりとめもなく一晩中話してた。
誰も知らない、誰にもすべてを理解なんてできない深い未知を、最善の手筋をみんなで探し続けてた。
みんな真剣で、夢中で話し続けてたから。
それが楽しくて、毎日が面白かった。
それと似た空気を、この世界にも感じてしまう――
アシュリーは、目を伏せて、静かに俺に尋ねた。
「なら……なんで、そんなに悲しそうなの?」
良いこと、なんだろう。
世界が違っても、誰だってそうなるのかもしれない。
新しい『法則』に引き込まれて、真剣に道筋を探し続けるのは、地球も、この世界でも同じなのかも知れない。
でも……
「……怖いんだよ」
俺の口から、ぽつりと漏れる心の内。
「……『みんな』のことを、忘れてしまいそうで」
もしも。
もしも、この世界で満ち足りてしまったら。
俺は、日本のみんなのことを、覚えていられるだろうか。
楽しかった、大切な日々を覚えていられるんだろうか。
もしかしたら、俺はもうみんなに忘れられているのかも知れない。
元の日本で俺が死んだことを、仲間たちは知っているだろうか。
知りもしないかもしれない。
もう、ずっと連絡は取っていなかったから。
知らなくても、自分たちの生活を当たり前のように過ごしているのかもしれない。
あるいはまだ店に集まって、あの頃のように騒いでいるだろうか。
けれどもその中に顔を出さなかった俺は、もうみんなに忘れられているのかもしれない。
俺がいなくても、あの楽しかった時間は続いているのかもしれない――
そう考えると、無性に怖くなる。
俺が忘れてしまいそうに感じるのと同じように、もし、俺のことは忘れられていたら。
あの思い出を、あの過ごした時間を失ってしまいそうな気がする。
忘れられたくない。忘れたくない。
覚えていてくれるだろうか。
俺と同じように、仲間たちも一緒に過ごした時間を楽しく感じて、思い出として覚えていてくれるだろうか。
「もし、みんなが今でも俺のことを覚えてくれているのなら……俺は、みんなのことを忘れちゃいけないんだ」
今も俺は、みんなの仲間でいられているんだろうか?
今も俺は、
――みんなの、友達でいられているかな。
「だから、会いに行きたい。どうしても、会いに行きたいんだ。忘れたくない……」
「……忘れないわよ、あんたは」
振り向くと、アシュリーは俺に向けて柔らかく笑っていた。
「大事なものなんでしょう。知りたい。確かめたい。居場所があったのか、今でもあるのか。あんたは探しに行きたいのよ。――だから、目指しなさい。家を追放されたあたしが、あんたのおかげで自分の居場所を見つけたみたいに」
「アシュリーの、居場所……?」
「――あんたの隣よ、コタロー」
そう言い切って、アシュリーは誇らしげに笑う。
「あんたにも見つかるわ。『ここで生きていくんだ』っていう居場所が。永遠に在り続けるかもしれない、途中で無くすかもしれない、それでもいいのよ。自分を思いきり認めてくれる場所があれば、『自分』を誇って生きていけるものよ。――応援するわ」
すとん、と。
アシュリーの言葉が、不意に胸の中に収まった気がした。
そうか。
俺は、居場所が欲しかったのか。
ここにいていいよ。ここにいてくれよ。
俺が色々な人にそう思うように、俺も誰かにそう思って欲しかったんだろうか。
「……参ったな」
「何が?」
俺は、照れる自分の気持ちに苦笑いしながら、冗談めかして答えた。
「……この世界のみんなと、離れたくなくなっちまう」
「あんたが元の世界の仲間にちゃんと会えたら、根性でここにもう一度帰ってきなさい」
無茶言うね、アシュリー。
それが叶えば、どんなにか嬉しいんだろうな。
「……話は終わったかい?」
話しかけられた声に視線をやると、所長とドライクルさんがじぃっとこっちを見ていた。
議論していたはずの二人は、途中からお互いに黙っていたらしい。
「うおっ!? な、何でこっち見てるんです!?」
「何だか二人で真剣な話をしていたみたいだったから。口を挟むのはどうかな、と」
「邪魔になってはいけないような気がしたのだよ」
二人揃って空気読まないでください。
視線を上げられずに隣を見ると、アシュリーも顔を真っ赤にして伏せていた。
今の会話、全部聞かれてたのね。
誰か俺の息の根を止めろ。
アシュリーもどう反応して良いのかわからないらしく、しどろもどろに立ち上がった。
「あ、あー。ちょっと、弓の訓練してくるわね? ほら、あたし『カード』使えないし」
「おい待て従者、この空気で俺を一人にしないでください頼むから」
腕を掴んで引き留める俺と、顔を隠しつつ腕力で振り払おうとするアシュリー。
チクショウ、攻撃力ゼロと1の差がここで効いてしまう!
「あー。アシュリー嬢。訓練は良いけれど、これからしばらくは一人で行動しない方が良いかもしれない」
ドライクルさんが、苦笑いしつつアシュリーを引き留める。
その言葉に、きょとん、とアシュリーと俺の動きが止まった。
意味を説明してくれたのは、ドライクルさんではなく所長だった。
「うん……確信が取れるまでは、言うべきかどうかためらってたんだけどね。最近、王宮での社交場で、コタロー殿だけでなくアシュリーくんの話題まで出るようになった」
「話題……どんな、ですか?」
「ナトレイアくんの話も一緒になっていたから、確定ではないんだけど……アシュリーくんの、辺境での活躍をもてはやすものだ。いわく、尋常ならざる弓の名手だと」
ああ、辺境領での飛行モンスター狩りのことか。
確かに、アシュリーの流星弓がメインで撃ち落としてたな。
その話が出回ってるのか。
「ナギハラ伯爵。その話題で興味を誘うようにして――『そのような名手は、どこの出身なのか?』という話題もちらほら出るようになったんだよ」
ドライクルさんの一言に、俺は息を呑む。
当然の疑問のようでいて、不自然な焦点。
辺境の街トリクスの雄、という結論で留まるならわかる。
だけど、その話題は突き詰めれば――
「そうだよ、ナギハラ伯爵」
「この話題は――アシュリーくんの正体を広める布石、の疑いがある」
ドライクルさんと所長は、揃ってその可能性を口にした。




