卓上ゲーマーの意地
「召喚! 『白き猟犬、デルムッド』!」
オーガに追いつかれた。
アシュリーは足をやられて動けない。
俺の手札からは、選択肢が三つあった。
一つは、アシュリーのケガを『治癒の法術』で治して逃げる。
二つ目、肩のプチサラマンダーに魔力を注いで威嚇射撃をする。
三つ目、護衛を召喚する。
俺の魔力は一、取れる手段は一つ。
一つ目は無難に見えるが悪手だ。治癒してる間に追いつかれて詰み。
二つ目は危険だ。一度撃つと三十秒魔力が使えない。ゴブリンと同じ威力の一撃でオーガにとどめを刺せればいいが、そうでなければなす術無くやられる。
残るは三つ目。現状の最強戦力であるデルムッドに、もう一度時間稼ぎを頼むしかない。
「オォオオオンッ!」
俺の召喚に応じたデルムッドは、ケガ一つない純白の姿で現れ、俺が何かを言うより早く林道の奥のオーガへと向かっていった。
記憶を引き継いでいる以上、俺の指示を待たずに役割を果たそうとしてくれている。
見れば、遠目にもオーガは無傷ではないようだった。
召喚したアバターの血は、カードに戻った際に消える。血まみれのオーガの姿は返り血ではなく、デルムッドたちにやられた自分の傷だ。
「グルァアアアァッ!!」
その証拠にデルムッドの姿を見たオーガの表情から腹立たしい笑みが消え、獰猛な雄叫びを上げた。デルムッドを強敵と認めている証拠だ。
うずくまるアシュリーの腕を引き、肩を貸して出口を目指す。
アシュリーは傷の痛みと出血に脂汗を流しながら、俺を押し退けようとする。
「……に、逃げて、コタロー……あいつがあたしを食ってる間に、あんたが街に着けば……討伐隊を出してくれる……そしたら、あんたは助かるわ……」
「お前が助からねーだろーが! いいから三十数えてろ、そしたらお前の足を治癒できるから、一緒に逃げ切るぞ!」
「なんで、なんで……あんたは、会ったばかりなのに、そうまであたしを助けようとするの……?」
なんでだろーなぁ!
俺だって逃げ出してぇよ! 怖いよ! 生きたまま食われるとか考えたくもねーよ!
いくらお人よしな日本人だからって、こんなヤバいときは一人で逃げるよ!
でもなぁ、
「うるせぇ! 会ったばかりでも、仲間みたいなもんだろうが! だいたい、俺は街まで行ったことがねーんだよ!」
「で、でも……」
かねやん、時田、シノさん、倉科さん、飯山店長……みんな!
俺を笑うかな? 違うよな、血相変えて、逃げろって俺を心配してくれるよな。
そんな顔が目に浮かぶようだよ。
カードゲームは、一人じゃつまらないんだよ。一人じゃ成り立たないんだ。
いつだって俺は、みんなの、自分以外の誰かのおかげで、楽しい時間をすごせたんだ!
「――カードゲーマーはなぁ、友達を大事にすんだよッ!」
よたよたと、不恰好に、それでも全力でアシュリーを背負って逃げる。
俺を逃がそうと命まで懸けてるこの女を、あっさり見捨てて逃げたら、俺は――
俺は、どんな顔してもう一度日本のみんなに会えばいい?
「……三十! 数えたわよ、コタロー!」
「わかった! 『治癒の法術』!」
俺がアシュリーの足に回復スペルをかけるのと同時に、デルムッドの悲鳴が聞こえた。
デルムッドがやられた!
振り返ると、オーガがこちらに向かって、突進してくる。治癒が終わるのはまだか?
デルムッドを再召喚するには魔力が足りない。
このままだと、二人ともやられる。
一秒が、一瞬が、死の間際に長く感じる。
オーガが振りかぶり、拳を振るおうとしてくるのが見える。
今避けたら、アシュリーがこの一撃に耐えられるとは思えない。
オーガの攻撃力はいくつだ? 3か? 4か?
取れる手段は、一つだ。
恐怖に滲み出す涙や鼻水にも構わず、俺は両手を広げた。
迫り来るオーガに向かって立ちはだかり、全力で叫ぶ!
「おおおぉお、俺のHPは『5』あるぞォぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
オーガの一撃で即死しなけりゃ、俺なら自分で回復できる。
オーガの攻撃力が俺のHPより下であることに賭ける。そしたら、一撃は耐えられる。
はずだ。
二人で生きて森を抜けるにゃ、これしかない!
オーガの巨大な拳が迫る。
体長三メートルのマッチョな巨体から繰り出される一発が、俺の胸のド真ん中に直撃する。
めちゃくちゃな衝撃が、俺を襲った。
目から鼻から口から中身が飛び出すような感じがして、目の前が真っ暗になる。
ちくしょう。やっぱりやめときゃ良かったかなぁ……?
*******
そこは、真っ暗な空間だった。
何も見えない。どのくらいの広さなのかもわからない。
自分の足で立ってることはわかるけど、天地も奥行きもまるで見通せない。
死んだか?
ここ、今度こそあの世かな。耐え切れなかったか。
いくら数字的にHP持ってても、普通に心臓止まったら無理だもんな。
ごめん、みんな。もう会えねぇ。
一緒にメシ食って、またくだらないバカ話したかったけど、もうできそうにない。
心残りはいっぱいあるけど、楽しい思い出はできた人生だったよ。最後は非常識だったけど。
ありがとう、みんな。
んで、もう一度、ごめん。
『――勝手に死んだ気になられたら、困るぜ』
真っ暗な空間が、うごめいた気がした。
声とともに、闇が形を持っていく。
いくつも、いくつも。
姿は見えないけれど、たくさんの『何か』が、そこにいた。
『――お前には、俺たちをもう一度、蘇らせてもらわなきゃならねぇんだからよ』




