もしもの子供【part山】
「だから! 何度言えばわかるんだ!!」
異世界邸いつもの昼下がり。
いつものように管理人室で書類処理をしていたら、上の方の階から貴文の怒鳴り声が聞こえてきた。それに対しアリスも「またか」とため息をつき、書類の山に埋もれていた記録用のタブレットを引っ張り出して現場へと向かう。
そこにもはや感情はない。最近では恐怖さえ薄れてきたように感じる。それほどまでにこの管理人補佐という業務は過酷なのだ。
「床を食うな! 天井ぶち抜くな! お前には食料用の木材与えてやってるだろう!!」
「だって邸のほうが美味しいんですもの」
声のする方に向かうと、貴文が今回の下手人と思われるフォルミーカを正座させて説教していた。しかし当の本人はツーンとすまし顔でそっぽを向いている。いつも通りの光景だ。
「……おお」
今回は何をやらかしたのかと周辺を見渡すと、二人の頭上の天井に綺麗にぽっかりと大穴が開き、さらに上の階の天井が見えていた。思っていたよりも被害は小規模だ。これはひとえに、貴文が迷宮の魔王の権能を手に入れたために邸の異変を察知、敷地内であればタイムラグなしで転移できるようになったためだろう。先の感嘆はこれに対してだ。
「というか、わたくしは管理人のためを思っての行動ですのよ?」
「ほーう?」
と、フォルミーカが謎の上から目線発言をかました。何を言っているのだこの白蟻娘は。
「管理人は魔王の力を手に入れてから日が浅く、十全に扱いきれているとはいいがたいですわ」
「そりゃあ……今の俺が使えるのは領域内の把握、転移と、あとは異物の排除くらいだが」
「彼の迷宮の魔王グリメルの神髄は『閉ざされた世界の創造』……その程度の力は初歩の初歩ですわ」
「まあ、そうだな」
「ですからわたくし考えましたの。力を完全に使いこなせるようになるまで、邸の修復を反復練習すべきではありませんこと!?」
「そ、そんなことを考えてくれていたのか――って、なると思うか!」
「きゃん!?」
フォルミーカが小さく悲鳴を上げる。貴文が手元に召喚した巨大な竹串の腹でハリセンよろしく景気よく張り倒した。
「いったいですわ!! 乙女に手を出すなんてどういう神経してますの!?」
「邸の床ぼりぼり貪り食う乙女がいるか!」
ついでに言うと、並みの魔物なら魂も残らず消滅しそうなその一撃を食らって痛いで済む乙女もいない。
「そもそも、問題児共が邸破壊しなければ俺も魔王の力使わなくて済むんだよ!!」
まあ、結局それはそうなのだが。
しかしそれは理想論でしかない。
「管理人、これについてはフォルミーカさんにも一利ないわけではないのです」
「アリス?」
説教中にやってきていたアリスには気付いていたらしく、特に驚くでもなく貴文が振り返る。
「問題児たちが邸を破壊する。これはもう百歩、万歩、億歩譲って諦めるのです」
「諦めるの!?」
「問題はそこからどれほど節約して再建するかなのです」
手元のタブレットを操作し、ここ数週間で麓の瀧宮組へ修繕依頼した費用を提示する。
「ごばぁ!?」
貴文が血を吐いたが、アリスは無視してすいすいと指を動かす。
「ここ数日の日平均依頼数は15.4回。管理人が魔王化する前は9.8回。明らかに増えてるのです」
「な、なんで!?」
「単純な話なのです。被害規模が大きくなる前に管理人が問題児たちを叩きのめした結果、小規模な小競り合いが増えたのです。そしてその都度、麓に連絡をしているので結果として依頼数が増えてしまっているのです」
以前であれば誰かが問題を起こし、それを鎮静化している間に別の誰かが問題を起こし、それに対処し一つの大きな被害として修復を依頼していた。それが問題児への対処がスムーズ化してしまったがゆえに、逆に依頼する回数が増えてしまったのである。
「そして瀧宮組の修繕費用はざっくり分けると基本料金+被害状況に対する技術料なのです。技術料に関しては、最近は被害規模が小さい分割安なのですが、その都度基本料金がかかっているので……全体として、これくらいかかっているのです」
「ごふっ!?」
アリスが操作したタブレットを覗き込み、再び血を吐く貴文。ふらりと眩暈を起こして気を失いそうになるが、アリスが気付け魔術を叩き込み、安易に気絶に逃げようとするのを阻止する。
「現実を見るのです管理人。ちりつもの結果がこの請求金額なのです」
「うぅ……確かに、確かになんか最近多いなって気はしてたけど……こんなことになってたのか……」
「はい。そしてここからが本題なのですが……小規模修繕――今回の陥没程度の修理依頼を管理人が自分で対処したら、ここと、ここと、あとこの辺が消えて……」
すいすいとアリスがタブレットを操作するたびに、少しずつ貴文の顔色が良くなっていく。異世界邸において大変珍しい現象が発生していた。
「これくらいの金額に収まるのです」
「お、おお……!」
「なので管理人が力を完全に制御できるようになれば、というフォルミーカさんの発想は、全くの的外れというわけではないのです」
「ふふふ、当然ですわ!」
なんか誇らしげに胸を張るフォルミーカ。問題は、邸壊しまくってる当人が言うなという話なのだが、機嫌が良くなっている貴文にわざわざ口にすることでもない。
「というわけで管理人。試しに自分で直してみたらどうなのです? 天井の穴を塞ぐくらいなら、そう滅多なことも起きないと思うのです」
「……つってもなあ。元は他人の力だから、なかなか制御が難しいんだよなあ」
言いながら、貴文は目を伏せ、両手を合わせる。なんとなくイメージを巡らせやすいポーズをとりながら、天井に空いた穴が塞がる光景を想像する。
「お」
「あら」
見守っていたアリスとフォルミーカが一歩下がる。
貴文を中心に、濃緑色とオレンジ色の魔力が溢れ、渦を巻きだした。完全に制御できていないという言葉通り、天井の穴を塞ぐにしてはやや過剰な魔力量にも思えるが、まあ最初はこんなもんだろう。
そして渦巻く魔力はじわじわと天井の穴へと這い寄り、覆い隠して
ぽん!
ポップコーンが弾けるような軽い破裂音。
天井に空いた大穴は――
「は?」
巨大な冷蔵庫の蓋によって塞がれていた。
「はい?」
「冷蔵庫……嫌な予感がするのです」
フォルミーカが困惑し、アリスが呟く。
そしてその予感は的中する。
ぱっかーん!
冷蔵庫の蓋が弾けるように開く。
そして中から小さな影が落ちてきた。
「ぅおっと!?」
貴文がなんとか受け止める。
「あ、あぶねえ……」
その影はとても小さかった。小学生のこののよりも、ホビットのリックよりも、少し前までのグリメルよりも小さかった。
ぱっと見で、三歳程度の小さな子供。
腕の中で、何が起きたのか把握できずに目をぱちくりとさせるその子を見て、貴文は「なんか宝石みたいな綺麗な子だな」と呑気に考えた。
真珠のようにつややかな白い肌にアメジストのようなキラキラとした紫色の瞳。そして何よりも目を引くのが、ルビーのような鮮やかな赤髪。幼い顔つきに加えてやや長めに伸ばしている髪から男女は分からないが、子供ながらに「美しい」と感じさせる気品があった。
しばし呆けるように眺めていると子供も周囲を見渡し、貴文とアリス、フォルミーカを順繰りに確認し、自分が見覚えのない場所で、知らない人たちに囲まれていることを認識し――顔を歪ませる。
あ、ヤバイ。
貴文は即座に察する。これでも一児の父である。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「あーあーあー、ごめんな、ごめんな!?」
鼓膜を突き破らんとするかのようなとてもとても元気のいい、気合の入ったギャン泣き。貴文は反射的に子供を抱え、背中をさすりながらゆっくりと体を揺らす。
「なんですのいきなり!?」
「管理人、なにを異世界とつないでるのです!? ていうか、まずいのです!」
子供に慣れていないフォルミーカは困惑し、アリスも焦燥の表情を浮かべる。
「まずいのは分かってるよ!」
「ちゃんと分ってないのです! その子、デザインは古風ですがとても上質な服を着てるのです! まず間違いなく貴族の出身なのです!」
「げぇっ!?」
「ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「あー! ごめんな、おっきい声でびっくりしちゃったな?」
思わず小さく悲鳴を上げてしまい、それに呼応するようにボリュームが上がる泣き声。
それをあやそうと体をゆっくり揺らすが、まるで効果がない。
頭の半分でこの子をあやすことに全力を注ぎ、もう片方でアリスの言葉を処理する。
言われてみれば、この子の服装は中世ヨーロッパを彷彿とさせるファンタジー色強めなデザインをしている。それでいて手触りは現代日本の衣服にも負けず劣らない。つまり相当高価なものを着せてもらっている。
そんな子を、事故とは言え異世界から攫ってきた形となっている。
「ど、どうすればいい!?」
「早く冷蔵庫に戻したらどうですの!?」
「待ってください、冷蔵庫が消えてるのです!?」
「はぁっ!?」
見上げると、さっきまで天井の一部と化していた冷蔵庫が綺麗さっぱり消え、真新しい天井が穴を塞いでいた。
当初の問題はクリアできたが、それよりもやべぇもんが降ってきてしまった。
「と、とりあえずウィリアムさんに連絡を……!」
「だめだ、あいつ今日は異世界に買い出しに行ってて夜まで帰らん! そうだフォルミーカ! お前一応元魔王だから次元転移できるだろ!?」
「できますけど座標がわかりませんわ!? わたくしにあの冷蔵庫の記録を参照する権限などありませんもの!?」
「でしたら那亜さんに頼んでとりあえず泣き止ませて――」
「管理人、なぁにしてんの?」
と。
子供のギャン泣きの中、不思議なくらい通る声が三人の耳に届いた。
振り返ると――右顔の刺青を歪ませながら、ニタニタと笑う白衣の不審者が立っていた。
「セシル?」
「あー、管理人ってば、子供攫ってきてる♪」
「人聞きが悪いこと言うな!?」
「でも冷蔵庫自分で繋いで発動させたんじゃん♪」
「てめぇどっから見てた!?」
「ふふーん♪」
笑いながら近づいてくるセシル。ここにきて新たな問題児の登場か、と貴文の胃がマッハ。しかし今子供を抱えている状況で倒れるわけにもいかず、必死に耐える。
「えい♪」
と、セシルが指をふる。
すると子供の額に小さな魔方陣が浮かび上がり、淡い光を放ったかと思うとゆっくりと溶けるように消える。
いったい何をしたのかと思うと、子供は緊張の糸が切れたかのように泣き止み、うとうとと舟をこぎ始めた。そして数秒後にはこちらがほっこりするような安らかな寝息を立て始めた。
「ま、セシルちゃんは那亜さんみたいにはできないから、こうさせてもらったよん♪ このお礼は研究素材一式でいいよん☆」
「……その図々しい要求はともかく、助かったぞセシル」
貴文は一息ついて子供を抱えなおす。すっかり落ち着いた様子で、子供は貴文のシャツの襟を噛み始めた。よだれでべっちゃりだ。
「それにしても……本当にどうしよう、この子」
「やっぱりウィリアムさんが戻ってくるまで那亜さんに預けるべきじゃないのです?」
「やっぱそれかあ」
「アッハハ♪ 管理人もアリスちゃんも、なぁに悠長なこと言ってんのさ☆」
「「え?」」
セシルの不穏な言葉に、二人は揃って向き直る。
見ると、セシルの全身の魔方陣がほのかに光を放ち、何かの準備を始めていた。
「お前、いったい何を――」
「管理人、動かないでくださいな。下手に動くと、ズレますわ」
「え」
フォルミーカが貴文の腕をつかみ、制止させる。見ると、フォルミーカは額にうっすらと汗をにじませていた。
「くくく、お気遣い感謝だぜ♪ んじゃさくっと終わらしちゃおうか☆ ほほいのほいっと♡」
次の瞬間、貴文たちの前の壁が弾け飛ぶ。反射的にそれに対して文句を言いかけたが、その壁の向こう側に姿を現したものに、言葉が詰まる。
それは、冷蔵庫の扉。
ありえない光景に、貴文は開いた口が塞がらない。
「よっと♪」
しかし当の本人はそんなことなど気にも留めず。
乱暴に扉を開くと、貴文が抱えていた子供の襟首を無造作に掴み――冷蔵庫の中へと雑に放り込んだ。
「お仕事かんりょー♪ お疲れさん☆」
そしてバタンと閉じ、当たり前のように手をかざして冷蔵庫を消滅させた。あとには弾けた壁があるだけだった。
「「「…………」」」
理解が追い付かずに呆然とする貴文、険しい表情のフォルミーカ、複雑な苦い顔のアリス。
当の本人だけが未だにけらけらと笑っている。
「何見てんだよー、そんなに見つめられると流石に照れちゃうゼ♪」
「セシル、お前……さっきの……」
「え? 冷蔵庫だけど♪ 異世界とつながるやつ☆」
「なんでお前が扱えるんだよ!?」
ようやく貴文が声を荒げる。
あの冷蔵庫は本当に謎な物体だ。いつどこに現れて、どこに繋がるかまったく不明。唯一、異界渡りに長けるウィリアムだけが特定の条件を揃えたうえで常用しているくらいだ。異世界邸そのものたるコナタですら、その特性を完全に把握しているかも怪しい。
「なんでって、このセシルちゃんが意味不明なものをそのまま放置しとくわけないじゃん♪」
しかしセシルは何でもないようにそうのたまう。
「管理人、その女はノルデンショルド地下大迷宮の管理権限を掌握してますのよ?」
と、フォルミーカがため息交じりに呟く。
「そしてこの異世界邸は今やノルデンショルド地下大迷宮と同化していますわ。大方、その権限を介してあの冷蔵庫の解析を行ったということではありませんの?」
「おっ、さっすが元魔王フォルミーカちゃん♪ そのとーり大正解だぜ☆」
ぱぁん、とセシルが手のひらに浮かべた魔方陣からクラッカーのような音とリボンを放出する。それを鬱陶しく手で払いながら、貴文はセシルに尋ねる。
「じゃあこれからはあの冷蔵庫完全に制御できるようになったのか?」
「んー、それはさすがに無理かな♪ さっきのはグリメルに頼まれていろいろ迷宮弄ってた時にたまたま見つけた副産物だからさ☆ こっちからの一方通行だし、転移先もまだ精度怪しいんだな♡」
「おい!? じゃあさっきの子、大丈夫なのか!?」
「あーそれは大丈夫だよん♪ あの子はかなり独特な世界から来てたから、座標計算しやすかったぜ☆」
セシルは笑う。
「ありえたかもしれない未来の世界の子供なんて、そうそう見間違えないよ♪」
「? どういうことだ?」
「あんまり深く考えない方がいいよ♪ 妄想するだけならともかく、その存在を認識しちゃったら、重大なパラドックスになっちゃう☆ 不具合なんてかわいい話じゃなくなっちゃう♡」
「……???」
セシルは、笑う。
その言葉の意味を貴文は理解できなかった。しかし曰く、理解しない方がいいというのならば、とりあえずこの場はそうしておこう。
「わかったよ」
ため息。
貴文は頭をかく。
「でもセシルちゃんも、その力を制御できるようになるよう練習するのは賛成かな♪ うっかりのノリであんな世界とつなげちゃたまったもんじゃないぜ☆」
「お前本当どっから聞いてた!?」
「というわけでフォルちゃんや、研究用に白蟻の眷属何匹かくれない?」
「えー、ですわー」
「いったい何がというわけで、だ」
「うちの部屋の壁かじって良いからさ♪」
「仕方ないですわね!」
「かじるな! やめろ!」
がやがやと騒ぎながらその場を後にする三人。その背中を、アリスは黙って見ていた――観察、していた。
あの女は、いったい何なんだろう。
思考から、記録を引き出す。
生まれがこの世界であることは、三毛のデータベースを盗み見たときに確定している。
それでいて少なくとも見た目通りの年齢ではない。連盟では、写真が普及する前、肖像画の時代には既に魔術師として台頭していたとも噂される。
それほどの年月を生きた魔術師でありながら金にうるさく、そのくせ湯水のように金を使って児戯のようなしょうもない研究にはしゃぎ、思い付きで邸を破壊する。
その一方でフォルミーカの襲撃の際には彼女の魔力砲を防ぎ切り、そのくせ彼女の眷属程度に苦戦する。
かと思えば迷宮の管理権限を強奪し、暴走したグリメルを鎮静化させた。
そして今、セシルは異世界邸の不可思議の一端を自分のものとした。
「いったい、何者なのです……?」
と。
貴文とフォルミーカとしゃべりながら歩く彼女の右目と、視線が合った気がした。
「…………」
馬鹿馬鹿しい。セシルの右目は魔方陣で埋め尽くされ、瞳孔も曖昧だ。見えてはいるのだろうが、そもそもアレが視覚に頼っているとも思えない。気のせいだ。
「はあ……」
アリスは深いため息をつき、三人の後を追った。
* * *
「いました! おられました、旦那様! 奥様のおっしゃった通りです!」
とある世界のとある日、とある街。
とある施設の裏庭の小さな森で、その子供は木漏れ日に照らされながら小さく寝息を立てていた。
「――――っ!!」
使用人に導かれ、子供の父親と思しき若い男性が子供の名を呼びながら駆け寄る。
「ああ、よかった、本当に! 怪我は……ないようだね」
「うにゅ……?」
のんきに眠い目をこすりながら、子供が目を覚ます。そして目の前に大好きな父親の顔があるのが分かると、にぱっと太陽のような笑みを浮かべた。
「おとーしゃま!」
「はは、無事でなによりだ。まったく、かくれんぼ? もいいけど、屋敷の外にまで一人で出歩いてはいけないよ?」
「う……?」
父親の言葉に首を傾げる。
自分は屋敷の中で、今は誰も使っていない――かつて叔母の恩人が寝泊まりしていたという部屋に隠れたつもりだった。それが、いつの間にか知らない場所にいて、知らない人たちに囲まれて……?
「???」
記憶が曖昧だ。あれは夢だったのだろうか。
幼心になにか引っ掛かりを覚えながらも、子供は視線の先に父親と同じくらい大好きな姿を見つけた。
「見つかったみたいだね」
「おかーしゃま!」
「ああ。まったく、君に似てわんぱくなんだから」
「えー、あなたに言われたくないなあ」
駆け出し、母親の胸に飛び込む。
彼女はひょいと子供を抱え上げ、ゆっくりと揺らす。
「さ、帰ろっか」
母親が笑う。
子供は母親の、自身のそれとそっくりな――燃える炎のような赤い髪に頬を寄せながら、再び夢の世界へと意識をゆだねた。




