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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
ふたたび日常
132/177

出現!新たなる敵!ユーキちゃんにライバル!?【Part夙】

 中西悠希は、魔法少女である。


 世界の裏側に存在する『影の世界』――その支配者たるドクトル・マルアーが十二の侵略兵器『サクシア』を用いて世界を征服しようと企んでいた。

 それを阻止せんがために、影の世界の反抗勢力レジスタンスは侵略兵器を討ち滅ぼせる『素質』を持った少女たちに接触。契約し、力を与え、魔法少女として世界を救うため巨悪に立ち向かうことを『お願い』した。

 中西悠希もその『素質』を持った一人だったのだ。

「この世界を征服なんて許せねえです! 是非自分も戦わせやがれです!」

 そう言って二つ返事で快く引き受けてくれた悠希たちは、魔法少女として今日も今日とて襲い来る脅威と戦っているのだ!




        * * *




「フッハッハッハ! 来たな、魔法少女どもよ! 今日こそは貴様らを倒し、この世界を我が物としてくれよう!」

 不自然にも車が全く通らない大通りのド真ん中で、くたびれた白衣をはためかした男が大仰に両腕を広げた。サングラスにマスクにニット帽というこの変質者こそ、この世界を侵略しようとする悪の親玉――ドクトル・マルアーである。

 そして彼は両隣に、ビルの三階に達するほど巨大な生物を二体も従えていた。淡い茶色の毛並みをしたリスのような齧歯類――たぶんプレーリードッグと、二足歩行で妙なダンスを踊っているデフォルメされた灰色の猫だ。どちらも巨大という点を除けばこれっぽっちも恐ろしくない見た目だが、これがドクトル・マルアーの開発した侵略兵器『サクシア』である。

 周囲の一般人が遊園地のヒーローショーよろしく湧き立った様子で写真を撮ったりビデオカメラを回したりしている中、ドクトル・マルアーと対峙する三人の少女がいた。

「あら、また二体同時かぁ。あんまり強そうには見えないけれど」

「見た目に騙されちゃダメだぞマリカちゃん♪ この前のニワトリみたいに妙な力を持っているかも☆」

 中学校の制服を着た年齢にそぐわないグラマーな美少女――畔井真理華。その肩に乗った刺青模様のカメレオンは、影の世界のレジスタンスに所属するセシールンだ。

「前みたいなのは嫌だけど、このまま放っては置けない。悪い人は懲らしめないと」

「その意気だよ~、コノノちゃん。コテンパンにしちゃおう~」

 綺麗な黒髪に小学校の制服を着た、思わず抱き締めたくなる系の美少女――伊藤このの。彼女が背負ったランドセルからひょこっと顔を出している薄桃色のフェレットは、同じくレジスタンスのフララだ。

「あれから音沙汰無かったから諦めたかと思ってたのに、なんでまた現れやがったんですか!? 百鬼夜行が終わったと思ったらやべーもの貰ったりしてただでさえ大変だってのに、これ以上の迷惑はやめてほしいんですけど!?」

「どうやら前回の戦闘データを基に侵略兵器を改良していたみたいだし」

 そして学ランを着た綺麗系男子に見える女子こそ、我らが中西悠希である。足元にちょこんと座る赤い仔猫は言わずもがな。悠希をしつこく勧誘してこの道に引き込んだレジスタンスのミャータンである。

 彼女たちは小動物の姿をしているが、影の世界では立派な人間らしい。こちらの世界では魔力が制限されるとかなんとかで、その姿でないと活動できないそうだ。

「ていうかミャータンたちも影の世界に戻ってたんですよね!? だったらこっちに進出してくる前に防いだりできなかったんですか!?」

「……」

「……」

「みゃー」

「都合が悪いと鳴くのやめれ!?」

 こういうところが本気でどうにも胡散臭い。セシールンもフララも誰かに似ているような気もしないでもないし、実際に侵略兵器は襲撃しているのにどこか現実味を感じ切れていない悠希だった。

「フハハ! 向こうはオレの支配する世界だぞ? ちっぽけなレジスタンスが総力を上げたところでオレの野望は阻止できんさ!」

「そ、そうそう! ウチらのレジスタンスなんて向こうの軍隊に比べたら米粒もいいところだし! 侵略兵器とドクトル・マルアーしか渡れないこの世界で討つのが一番確実なんだよ!」

 自分の所属する組織を米粒とか言っちゃうミャータンの信用はさて置いて、ズシンと重たい足音を響かせて二体の怪獣が一歩前に進み出た。

 ドクトル・マルアーがマスクとサングラスの上からでもニヤリと笑っているのがわかる様子で、ビシッと悠希たちを指差す。

「さあ、やってしまえ! 製造NoⅢ『朝陽差す夜』! 製造NoⅣ『空ろなる緋色』よ!」

『朝陽差す夜』と呼ばれたプレーリードッグと『空ろなる緋色』と呼ばれた灰色猫がキャンキャンナーゴと雄叫びを上げる。どうでもいいが、相変わらずわけのわからないネーミングである。

「来るよ! 悠希もこののちゃんも準備はいい?」

「うん、いつでも大丈夫!」

「ええいもう! 仕方ねえです!?」

 三人がそれぞれ玩具屋に売っていそうな女児向けっぽいチープなステッキを取り出す。これを握って規定の文言を()()()唱えることで彼女たちは魔法少女に変身できるのだ。



「「レッツ(「レッツ)! リリカル(リリカル)メイクアップ(メイクアップ」)!!」」



 だが、声を揃えて『叫んだ』のは二人だけだった。

「ユーキちゃん聞こえなーい♪」

「もっと大きい声で~」

「他の二人に負けてるようじゃ変身できないし」

「チクショー!? わかりましたよチクショオオオオオッッッ!?」

 いつの間にか後ろに下がっていた奇天烈アニマルズに野次を飛ばされ、悠希は涙目になってもうヤケクソ気味に叫び散らすのだった。



「れ、レッツ!! リリカルメイクアップ!!」



 チャラララ~♪ とどこからともなくテンポのいいファンタジックなBGMが流れ始めたかと思えば、三人の体が眩い光に包まれた。リボン状になった光が意思を持っているかのようにうねり、手足の先から絡まってピコン! と弾ける。するとそこには白い手袋や可愛らしいブーツ、フリルたっぷりのカラフルで動き易いドレスが出現していた。

「人々に害なす悪い子は、正義の拳で殴り倒す! マジカルマッスル、推参! 筋肉を使ってー、お仕置きよ♪」

 真理華はオレンジカラーのノースリーブ。手に持ったステッキは百五十キロは優にあるだろうバーベルに変化していた。

「悪戯する子は許さない。もふっと懲らしめてあげる! マジカルフォックス、参上!」

 こののはレッドカラーのゴスロリワンピース。ステッキは消え、代わりに両手をプニプニした肉球手袋が覆っていた。

「こ、この世に湧いた悪しき……ううぅ、言いたくない」

「言わなきゃ全裸だし」

「この世に湧いた悪しき病原体やまいを駆逐する!! マジカルナース、見参!! ――これでいいですかコノヤローメ!?」

 やっぱりヤケクソで叫び倒した悠希は、赤十字のキャップとピンクカラーのフィッシュテール。ステッキは巨大な注射器へと変化していた。ちなみにこの決め台詞を言わないと魔力が定着しないとかで弾けて全裸になるのだ。嘘だと思いたいが、魔法少女になった翌日の朝にうっかり変身してみんなに見つかって台詞を言い忘れて……そこから先は思い出したくない。

「悠希、どうしてそんなにキレてるの?」

「こんなに可愛いのに」

「二人は羞恥心を一体どこに置き忘れてきやがったんですか!?」

 なんの恥ずかしげもなく台詞を叫べる二人が羨ましいようなこうなっちゃいけないような、複雑な気分で不機嫌顔をする悠希だった。

「変身は終わったかな? もう攻撃開始するけどいい?」

「だからそっちはなんで律儀に待ってやがんですか!?」

 襲いかかろうとしていたプレーリードッグと灰色猫は悠希たちが変身を始めた途端にピタリと静止していた。隙だらけな変身中を狙われたくないからいいが、そういう世界のお約束が仕事していそうで怖い。

 しかし、変身後までは待ってくれない。

 まずはプレーリードッグが齧歯類特有の前歯を剥き出しにして飛びかかってきた。悠希たちは散開してそれをかわすと、それぞれの『魔法』を叩き込む。

「ジャスティス・メテオアターック!!」

「フォックス・マジカルブレイズ!!」

 槍投げの要領で投擲された真理華のバーベルと、こののが肉球手袋の前方に出現させた魔法陣から射出された熱光線がプレーリードッグを襲う。

 だがそれは、間に割って入った灰色猫の不思議な踊りで弾かれた。なにやら灰色猫が踊っている周囲に力場のようなものが形成されている。

「嘘!?」

「跳ね返された!?」

 驚愕しながらも真理華は戻ってきたバーベルをキャッチし、こののは自分の熱光線を回避する。

「そう! 製造NoⅣ『空ろなる緋色』は踊ることで魔法少女の攻撃を反射するバリアを生成するのだ!」

 ご丁寧にもドクトル・マルアーが能力を解説してくれた。厄介だが、前のニワトリの『魔法少女の魔力を打ち消す』能力よりはマシだろう。脱げないし。

「そして、そのバリアに守られた状態から製造NoⅢ『朝陽差す夜』が攻撃を仕掛ける! やれ!」

 灰色猫の背後に隠れたプレーリードッグが二本足で立ち上がると、両手を合わせるように持って行く。すると両手の間にバトル漫画の気功みたいな輝きが出現した。

 瞬間、その輝きから無数の光線が三人に向かって射出された。悠希もこののも真理華も街に被害を出さないように空へと飛び上がり、襲い来る光線を飛燕のごとくかわしていく。

 悠希は注射器を構え――

「メディカルフォース・ブレイバー!!」

 注射器から放たれたとてつもない魔力が込められた巨大な光線でプレーリードッグの光線を呑み込んだ。そのまま灰色猫も焼き尽くすことができれば最高だが、あのニワトリでも打ち消し切れなかった悠希の攻撃も力場に阻まれ、反射させられてしまう。

 だが、流石に余裕で跳ね返すことはできなかったらしい。衝突した時の余波――魔法少女の攻撃ではない自然発生した衝撃がバリアを突き抜けて灰色猫を転倒させた。

 チャンス!

「今です! 真理華! このの!」

「ラジャー!」

「わかった!」

 灰色猫が体勢を整える前に真理華がバーベルを投げ、こののがそれに合わせて炎を撃つ。炎がバーベルとフュージョンし、合算された威力で灰色猫を貫き爆散させた。

 プレーリードッグが慌てて攻撃しようとするが、遅い。



「メディカルフォース・ホーリーノヴァ!!」



 既にプレーリードッグへと照準していた悠希が、羞恥と怒りのエネルギーを込めに込めて技を放つ。

「いやぁ、流石だねぇ。魔法少女の中では、あの娘が一番凄まじい」

 いらない評価を下すドクトル・マルアーが笑いながら撤退していく。まるでいいデータが取れたとでも言われているようで癪だった。

 そして――

 上空で束なった悠希の魔力光が、神の裁きのごとく降り注いでプレーリードッグを跡形もなく消滅させた。



        * * *



「――というわけで無事に一巻も発売して異例のスピードでアニメ化も決まったことだし、マジカルナース☆ユーキちゃんの続編計画を実行したいと思う」

 異世界邸の一室。ドクトル・マルアーもとい呉井在麻の仕事部屋に、シリーズ前作のスタッフたち+αが顔を揃えていた。



 原作&ドクトル・マルアー役……呉井在麻。

 イラスト&ミャータン役……蘭水矢。

 セシールン役……セシル・ラピッド。

 フララ役……フランチェスカ・ド・フランドール。

 裏方・警備……カベルネ・ソーヴィニヨン。

 裏方・警備&雑用……フォルミーカ・ブラン。



 他にも数名の協力者はいるが、主犯は現在テーブルを囲んでいるこの六人である。

「わたくしが主犯扱いは納得いきませんわ!? カベルネさんがいるならわたくし不要ではありませんこと!?」

 集まるや否や真っ先に抗議の声を上げたのはホワイトブロンドの美少女――『白蟻の魔王』ことフォルミーカ・ブランだった。

 そんな魔王に睨まれた和服のおっさん――呉井在麻は、カラコロと愉快そうに笑いながら腕を組んだ。

「いやぁ、裏方や警備は人数必要だからねぇ。君の力は必要不可欠ってことだぁよ」

「百鬼夜行で疲弊している今、この街で動ける術者ごときカベルネさん一人で充分ですわよ」

「う~ん、どうだろうね~。この前の人みたいにけっこう強いのも二・三人はいるんじゃないかな~?」

 ワインレッドの髪をした長身の美女――『呑欲の堕天使』カベルネ・ソーヴィニヨンが適当に呂律の怪しい口調でそう言ってワインボトルをラッパ飲みする。この前というと、あの竜胆とかいう男のことだろう。始終悲鳴を上げて逃げ回っていた相方はハッキリ言って弱そうだったが、どういうわけかいくら狙っても致命的な攻撃は神回避されてしまうからやはり只者ではない。

 と、左目以外を一種のアートのように不気味な刺青で覆った女――セシル・ラピッドがフォルミーカの肩を軽く叩いた。

「その慢心が敗北に繋がるんだぞ♪ 今は管理人が魔王化したことで大幅にパワーアップしているからね☆ 万が一、阻止するために動かれちゃ二人でも足りないくらいじゃないかな?」

「ぶち壊してくれるならわたくしはその方がいいですわ」

「せっかくこんな楽しいイベントを壊されるのは勿体ないよぉ~」

 のんびりした口調でネグリジェの女性――フランチェスカ・ド・フランドールがセシルとは逆側からフォルミーカの肩を掴んだ。

「うぅ……」

 二人の人間に挟まれた魔王は『逃がすものかアミーゴ』という言外の圧力を感じて涙目になりそうだった。

「それでしたら我々が姫の代わりに働きましょう」

「姫様が雑用などする必要はないと思いますれば」

 そんなかつての威厳を失ったフォルミーカに助け船を出してくれたのは、彼女の眷属であるヴァイスとムラヴェイだった。「どうぞ」とテーブルにクッキー(※人間用)の大皿を置く執事服で男装をした女性がヴァイス、「ハーブティーでありますれば」とメイド服で香りのいい紅茶を六人分淹れている女性がムラヴェイである。

「オレ的にはありがたい申し出けど、いくら君らが優秀でも街の術者の手伝いをしながらは難しいんじゃないかな? というか、こっちを手伝っちゃったらそっちの仕事ができなくなるよ? 指名手配的な意味でね。身内から犯罪者を出すなんておっさんもう悲しくて悲しくて」

「どの口がほざきますの!?」

「私らは身内じゃないってこと~?」

 しっかり街の術者たちに指名手配をくらっているフォルミーカとカベルネである。とはいえ、フォルミーカとしては街に超災害級の大損害を与えている手前、街の術者に狙われる件に関しては仕方ないと諦めていたりする。

「にゃー、センセーの言うことけっこうテキトーだからイチイチ気にしてたら身が持たないし」

 在麻の相方である水矢だけはなんか達観したような諦念したような感じでクッキーを齧っていた。

「我々の最優先は姫様でありますれば」

「街の術者との手切りを躊躇う理由はございません」

 だが、忠実なる部下たちは主のためなれば我が身を犠牲にすることすら厭わない。故にそんな二人を諌めるのも主たるフォルミーカの仕事である。

「それはいけませんわ。わたくしたちは自分たちがしでかしたことの責任を少しでも取らなくてはなりませんの。百鬼夜行の影響で麓の街はまだ不安定。せっかく白羽さんの『協力者』として下山を許されているのですから、あなたたちはそちらを優先するべきですわ」

 異世界邸の住民は原則下山禁止である。元々この世界の住人だったり、生活のために必要だと管理人に認められている場合にのみ許されるのだ。たとえばジークルーネは異世界邸屈指の問題児の一員だが、周囲に常識外の強者がいなければハッチャケることもないのでアルバイトが許可されている。ちなみにフォルミーカやカベルネは無論、不法下山である。

「しかし……」

「ですが……」

「これは命令ですわ」

 渋る二人に強めに告げる。無理やりにでも納得させなければ自分たちの仕事を放棄して勝手に手助けにやってきてしまいそうだからだ。

「あー、そういう話はユーキちゃんと関係ないから後でやってくんない?」

「わたくしも無関係になりたいですわ!?」

 鼻ほじのジェスチャーをしながらぶった切るおっさんにギャーギャー騒ぎ立てる白髪美女が落ち着くまで、五分ほど時間を要するのだった。

「そんじゃ、今後の展開についてさくっと説明するよん」

 結局ヴァイスとムラヴェイに連れられてテーブルから引き離されたフォルミーカが部屋の隅から聞き耳を立てていることを確認し、在麻はテーブルに肘を突いて手を組み合わせた。

「にゃ? 今日やってたように段階的にサクシアをぶつけるわけじゃないし?」

 疑問に小首を傾げる水矢に、在麻はやれやれと肩を竦める。

「それじゃあマンネリになっちゃうからねぇ。新しい展開ってのは話数を重ねるごとに必要なんよ。今日やったのは前回のおさらい的な意味だぁね」

 それと前回から少し時間が開いたため、悠希たちにまだ終わっていないことを知らしめるためでもある。

「新しい展開かぁ~……科学兵装とか投入しちゃう~?」

「それ完全に街を焼き払うやつ!?」

「じゃあ、あちこちにいろんな効果の魔法陣を仕掛けてみるとか♪」

「それも街に甚大な被害が出そうだよね!?」

「ちょっと待ってね~、今『Abaddon.com』で面白い魔導具がないか探してるから~」

「だからストーリー展開の話をしてるの!? 戦闘システムやギミックは〈現の幻想〉で事足りてるの!? あと意見出してくれるのは嬉しいけど展開はもう決まってるから!?」

 えー、と声を揃えて不満を訴える三人だったが、こればかりは原作者として譲れない在麻である。というか彼女たちの意見を取り入れてしまうと街や一般人に被害を出さないというコンセプトが確実に崩壊してしまう。この話はあくまでギャグでないとならないのだ。

「今回のオレは王道を攻める! ずばり、魔法少女にはライバル的存在が必要だ!」

「ライバル~?」

「イエス! いつもの仲良し三人組以外の魔法少女だ!」

「おお、新キャラだね♪」

 本当はユーキちゃんが恋い焦がれる年上のお兄さん的存在を巻き込んでラブコメ要素を追加しようと考えたが、今のところ在麻の情報収集能力を持ってしてもそういう浮いた話がないから断念した。

 そこで思いついたのが、共通の敵を持つ仲間ではない存在――すなわち好敵手である。

「実はもう声をかけていてね。この話をしたら満面の嗜虐的な笑みで協力してくれることになった」

「え? てことはウチらの事情は知ってるってこと?」

 驚く水矢たちにニヤリと人の悪い笑みで答え、在麻はドアの方を向いて声をかける。



「待たせたね。入っていいぞ」



        * * *




 ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおおん!!

「このトカゲ野郎!? いい加減に発火爆発する怪しいスプレー使うのやめろ!?」

「ああぁん!? これじゃねえと上手く消臭できねえんだよ悪ぃかポンコツ!?」

「またかお前らそろそろ学習しろ竹串増やすぞゴラアァアアアアッ!?」

「フミフミ君ごめんね~、またやっちゃった~、てへっ」

「あんたもかミス・フランチェスカ!? もうわざと俺を忙しくさせようとしてないか君ら!?」

 いつも通りの朝。

 実は時がループしているんじゃないかと時々疑いたくなるくらい、いつも通りの朝。

「……こういう時だけは魔法少女の力を持っててよかったって思いますね」

 目が覚めた悠希は、当たり前のように壁が爆破されて毒ガスが蔓延し始めた自室から溜息をつきながら脱出していた。変身して口上を述べて防御魔法を使う余裕を持って眠りから覚醒させるようになってしまった自分の危機察知能力が恨めしい。

 貴文が退院してお役目御免となった管理人代行に貰ったライオットシールドは、彼が異世界邸を去ると同時に消えてしまっている。故に現状、悠希の身を守る唯一にして最終手段がこの魔法少女なのだ。

 朝一から最終手段を使わざるを得ない日常もどうかと思うが、とにかく部屋を出た悠希は誰かに見つかる前にさっさと変身を解いた。元に戻る時は念じるだけでいいとか絶対に設計を間違っている。

「朝の変身は抵抗がなくなってるみたいだね、悠希ちゃん」

「ぎゃあッ!?」

 いきなり背後から声をかけられて飛び跳ねる悠希。振り向くとそこには赤い子猫がちょこんと座っていた。

「なんだミャータンか。驚かさないでください」

 異世界邸の住人じゃなかったことにほっと安堵の息を吐く。いや、自分を魔法少女に変えた厄介事の種がまた厄介事を芽吹かせに来たのだと思うと安心なんてできない。魔法少女の力には助けられているものの、人として大事な物を失った気がして感謝の念など一ミリも湧かない悠希である。

「そんなに他の住人に見られるのが嫌だし? もうとっくにバレてるんだよね?」

「バレてるなら見られても平気ってなるほど自分は羞恥心を捨ててねえんですよ」

 しかも似合わない魔法少女姿をからかわれるだけならまだマシで、住人たちは生暖かい目で一歩引いた位置から見守ってくるもんだから始末に負えない。

 悠希にそんな趣味なんてミジンコほどもないのに、いくらそこんとこを説明しても「はいはい、そうだよね。そういう設定だよね」と誰も相手にしてくれないのだ。泣きそうになる。

 しかも、だ。

 最悪なことに、どこで事細かに情報を収集したのか、一連の魔法少女事件が呉井在麻によってノベライズされてしまったのだ。さらにこれが馬鹿売れ。クラスの男子が「ユーキちゃんアニメ化最速だってよやべー絶対見るわwww」とテンション上げた会話をする度に胃が痛くなっていた。

 あの作家大先生が異世界邸や街の様子をほぼノンフィクションでノベライズしていることは知っているが、魔法少女の件だけは書いてほしくなかった悠希である。

「ていうか、あんな小説出しといてよくバレませんね……」

 せいぜい「この主人公、中西に似てるな!」「こっちの魔法少女、畔井っぽくね?」程度の認識しかないのだ。

「にゃー、当然だし。センセーの文章やウチのイラストには認識や理解をゆる~く捻じ曲げる魔法がかけられてるからね」

「なんでそんなことを知ってやがんです、ミャータン?」

「えっ!? あっ、いやウチも同じ疑問を覚えてセンセ――呉井在麻に直接聞いたんだよ!」

「ふぅん……」

 慌てた様子で胡散臭い台詞を吐くミャータン。まあ、小説にはミャータンたちもしっかり出てきたようだし、一度は大先生に直接会って取材を受けている可能性は高い。その時に訊いたのかもしれないと今は納得しておく。

「(お、同じ魔法が動物化したウチらにもかけられてなかったら危なかったし。でも魔法少女化した悠希ちゃんたちにはかかってないんだよね。やっぱセンセーの性格悪いし)」

 ミャータンがなにやらボソボソ呟いているが、よく聞き取れなかった悠希は少し怪しく思いながらも学ランに着替えて学校へと向かうのだった。




        ***




「ねーねー、ヒマぁー」

 書類が積もりに積もった執務室に、老若男女の判然としない声が気だるげに響いた。ノワールはまたかと溜息をつき、仕事を増やされては堪らないので今日はすぐに振り返る。

「こっちは暇じゃないと何度言ったらわかるんですか?」

「わかった上で言ってるんだよ。君がどれだけ自業自得案件の始末書で忙しくても僕が暇なことに関係ないだろう?」

「……」

 上司の相変わらずな傍若無人に眩暈がしそうだった。

 あと、もし「自業自得案件」というのが先日の百鬼夜行の件ならば、流石にあれは理不尽の塊でしかないと思うノワールである。経緯を説明しようにも内容が内容のせいでぼかすしかなく、全面的にノワールの責任にされてしまったことを含めて──当然あの災厄はそこまで計算済のはずだ──、納得できない部分しかない。

「というわけでさ、なんか面白いことない?」

「ありません」

 突っぱねる。が、それで話を終えてくれる上司なら苦労はしない。

「あっ、そう言えばまたあの街で変なことやってたよね? アホみたいな動物が巨大化して暴れて――魔法少女だっけ? アホみたいな格好した少女たちにやっつけられるやつ。アレって結局わからないままだったよね?」

「これ以上あの街に干渉することは現実的ではないと以前報告したはずですが?」

 あの土地の力を掌握してしまった疾を敵に回してでも調べる価値はない。だからこそ調査は中断し、幹部会まで開いて本件は終了したはずだった。

 だのに、総帥はくつくつと妖しく嗤い――


「僕がそれで納得するとでも?」


 圧の込められた『言』でそう言い放った。

「――ッ」

「だからさぁ、ノワール」

 一瞬畏れを抱いたノワールに、総帥は無邪気かつ悪魔的な笑みを浮かべたまま告げる。

「再度命じるよ。あのクソみたいな笑える()()を仕組んだ存在を洗い出せ。君の報告にもあった通り、魔法士協会としてもちょっと看過できない知識の流出だからね。危険かどうかなんて知ったことじゃない。もしもあの災厄が邪魔してくるのなら、街ごと消し飛ばして構わないよ」

「黒幕は奴ではないと?」

「君はそう思っていたのかい? だったら笑うけど」

「いえ……」

 疾を少しでも知る者なら、彼が今回の件を全て仕組んだ犯人だなんて一ミリも考えないはずだ。ノワールとて『少なくとも関わってはいる』程度の認識だった。それを逆手に取ることは平気でやりそうだが、そうなると彼があの事件を企てる意味がわからなくなる。実は隠れ魔法少女ファンだったというのなら納得できなくもないが……。

「怪しいのは一人。僕たちが過去の映像を見ていたことに()()()()()()あの男。一見そこら辺にいるオッサンのようでいて、中身はたぶん災厄とは別ベクトルに厄介で、災厄と同等かそれ以上に驚異的なバケモノかもね」

「……」

 魔法士協会の総帥を持ってして『驚異的』と言わしめる存在。今のところ魔法士協会に敵対してはいないだろうが、もう一人の『驚異的』である疾と繋がりを持っているだけで警戒はすべきだろう。

 手を組まれ牙を剥かれては、タダでは済むまい。

「君、調査下手だし、すぐ足を掴むことは無理だよね。だからまずは、今わかっている情報から手をつける」

 総帥はソファーの背凭れにだらしなく体を預けたまま、山積みされていた書類の中から一枚の資料を愉快そうに魔法で取り出した。

「巨大な質量ある幻を生み出していた例の装置おもちゃ、それを持って帰っておいで。アレ、暇潰しには丁度よさそうだからさ」

 本音は暇潰しのオモチャが欲しかっただけなのではないかと疑うノワールだった。




        ***




 当然の流れとして、悠希は学校へ行けないでいた。

「なんで麓に降りた途端出て来やがりますかねぇええええッ!?」

 マウンテンバイクをいつもの自転車置き場に置いた直後だった。巨大なカブトガニが蜃気楼のように現れ、五対の歩脚をカシャカシャさせながら迫ってきたのだ。

「HAHAHA! 他の魔法少女がいない今、一番厄介な君を潰す絶好のチャンスなのだよ!」

 巨大カブトガニの上に立つくたびれ白衣の変質者――ドクトル・マルアーが高らかに笑っている。どうやら悠希が一人になるところを狙っていたようだ。

「どうした魔法少女? 変身しないのか?」

 運動神経がいいとは言え、女子中学生の走る速度に合わせて追走してくる辺り、ドクトル・マルアーは悠希を変身前に潰してしまおうとは考えていないらしい。

 時間のかかる変身時にも襲って来ないし、侵略者の矜持でもあるのだろうか?

 今日も今日とて人々は遊園地のパレードを見るようにはしゃいでいるし、カブトガニが通った後も破壊の様子はない。そんな奇妙すぎる状況にすら慣れつつある自分が怖かった。

 すると、体操着を入れている袋から赤毛の仔猫がひょこっと顔を出した。

「ユーキちゃん、早く魔法少女に変身するし!」

「ミャータン!? なんで体操袋の中に入ってやがるんですか!?」

 今日の体育で使う体操着は!? などと思っている場合ではない。このままではその体育の授業どころか学校にも行けなくなってしまう。

 だが。

 しかし。

「なんでまだ躊躇うしユーキちゃん!? もう何度も変身してるよね!?」

「慣れたくねーからですよ!?」

 異世界邸の自室ならまだしも、こんな公衆の面前で魔法少女に変身などしたくない。今までは真理華やこののがいたから恥ずかしさをかろうじて分散することができたのだ。

「死んじゃうよりはマシだし!?」

「死んだ方がマシって実際世の中にはあると思うんですが!?」

「でもこれはそうじゃないでしょ?」

「うっ……」

 確かに、変身するくらいなら死を選ぶほど悠希は生に絶望していない。もしそうなら一度だって変身していないはずだ。

 開き直れ。

 生きていれば、この黒歴史だってその内どうにかなるかもしれない。

「ええいもうチクショー!? レッツ! リリカルメイクアップ!」

 鞄から例のステッキを取り出して悠希はヤケクソに叫んだ。

 いつものファンシーなBGMが流れ始め、カブトガニの動きがピタリと止まる。実は時間停止してるのではと思いたくなるくらい動かない。その間に悠希の学ランが光の中に消滅し、代わりにフリフリのミニスカナース服がその身を包む。

「この世に湧いた悪しき病原体やまいを駆逐する!! マジカルナース、見参!!」

 ギャラリーから大歓声。全裸だけは死んでも嫌とはいえ、これはこれで恥ずか死ぬ。顔が真っ赤になっていることが自分でもわかった。

「出たな、マジカルナース☆ユーキちゃん!」

「さっきからずっといましたがね!?」

 再起動したドクトル・マルアーがカブトガニから飛び降りる。カブトガニはギチギチと口を鳴らし、悠希に向かって猛烈な突進を繰り出してきた。

 悠希は高く飛び上がって突進をかわすと、ステッキが変化した巨大注射器の針をカブトガニの背中に向ける。

「一発で沈みやがれです!! ――メディカルフォース・ブレイバー!!」

 注射器から射出された魔力の光線がカブトガニに直撃する。さっさと終わらせたいので威力は最大。手加減抜きである。

 爆発。そして爆煙。

「やったですか?」

「ユーキちゃんそれフラグだし!?」

 肩にしがみついていたミャータンがなんか言ってるが、異世界邸のトカゲとポンコツをも星にするあの一撃を喰らって無事であるはずがない。

 そう思っていた。

「クックック」

 ドクトル・マルアーの愉快げな笑い声が聞こえるまでは。

「やはり、やはりそうだ。君の攻撃は注射器から打ち出される超威力のエネルギーがメイン! ならば対策も容易に施すことができる!」

 爆煙が吹き飛ぶ。そこから無傷のカブトガニが姿を現した。

「なっ!?」

「フハハハ! 説明してやろう! この製造No.Ⅴ『サイX』は魔法砲撃に対する完全耐性を備えているのだ!」

「そんなのアリですか!? ていうかサイって名前なら犀にしやがれです!?」

 絶望に叫ぶ悠希をカブトガニが見上げる。そしてギチギチと鳴らす口から緑色の液体を吐き出した。

「わっ!?」

 かろうじてかわすが、少し掠ったスカートの端が煙を吹いて溶けてしまった。

「そう、避けて正解だ! なにせその液体は魔法少女の服だけ溶かす溶解液だからな! まともにくらったらスッポンポンだぞ!」

「この変態め!?」

 前のニワトリといい今回といい、どうしても魔法少女の衣服を剥ぎ取りたいようだ。変態である。

「――メディカルフォース・ホーリーノヴァ!」

 神聖な輝きが天から無数に降り注ぐ。ニワトリとプレーリードッグ、強敵だった過去のサクシアを跡形もなく消し飛ばした大魔法は――

「うそ……ですよね?」

 しかし、カブトガニに対しては無意味だった。今のは悠希の最強技だ。それが効かないとなると、完全耐性というのは本当らしい。

 ステッキが教えてくれる使える技は全て遠距離砲撃。悔しいが、ドクトル・マルアーの言う通り悠希では文字通り歯が立たない。

「ユーキちゃん、ここは一旦逃げた方がいいかもだし!」

「でも、ここで倒さないとまた恥ずかしい目に遭うことが確定しやがるでしょう!」

「恥ずかしいと思わなければいいんだよ!」

「人間捨てろと!?」

 とはいえ万事休すなことには変わらない。ミャータンの言う通り、一度撤退して真理華たちと合流した方がいいかも――


「無様ですわね、マジカルナース☆ユーキちゃん!」


 どこか高飛車な幼い声が聞こえた瞬間だった。

 近くのビルの屋上から白い人影が飛び降りた。ビルとビルの間を縦横無尽に翔ける白い残光は、カブトガニの装甲を紙だとでも言うようにバラバラに切断したのだ。

「な、なんだ!?」

 カブトガニの残骸が降り注ぐ中、ドクトル・マルアーが驚愕の声を上げる。

「この程度の相手に手古摺っているようでは、魔法少女としてまだまだですわよ」

 悠希の攻撃が何一つ効かなかったカブトガニを一瞬で解体せしめたのは、こののよりも幼い外見をした少女だった。綺麗な白い髪にフリルのついた白袴。握っている日本刀も刀身から柄尻まで真っ白である。

 顔にはモンシロチョウの仮面をつけていて目元を隠しているが――

「白羽ちゃん?」

 バレバレだった。

「なっ!? ち、違いますわ!? 白羽は白羽じゃなくてえーと、その……(えっ? マジカルソード仮面? 嫌ですわそんなクソダサい名前!?)」

 なんか片耳に手をあててごにょごにょ言ってる瀧宮白羽。今思いっ切り名乗ったことにはツッコミ入れないでおくのが優しさかもしれない。

「(え? 設定は変えられない? どうしても? う~、仕方ないですわ)」

 数秒間ごもっていた白羽だったが、やがて意を決したように地上に降りた悠希を睨みつけた。

「白h……わたしはま、マジカルソード仮面ですわ!」

 白い頬を真っ赤に染めてプルプル震えながら名乗り直した。

「マジカルソード仮面だと!? まさか新しい魔法少女が現れるとは!?」

 ドクトル・マルアーが大仰に驚く。マジカルソード仮面と呼ばれた白羽は小さな拳を握って唇を引き結んでいた。その気持ち超わかる、と魔法少女になって初めて親近感を覚える悠希である。

「悪の親玉ドクトル・マルアー! さっきのカブトガニみたいにマジカルソードの錆にしてくれますわ!」

 ただ、名前以外はノリノリな気がする。

「対魔法砲撃に特化し過ぎたせいで魔法斬撃には耐性がなかったか……くっ、今日のところはこのくらいで勘弁してやらぁ!」

 三下臭漂う台詞を残し、ドクトル・マルアーは白衣を翻して去って行く。

「誰が逃がすと思ってんですか!」

 悠希は容赦なく注射器をドクトル・マルアーの背中に向け、聖なる光線を慈悲の欠片もなくぶっ放す。

 直撃し、爆発があった。

 だが、手応えはなかった。

「逃げられましたわね」

 白羽、もといマジカルソード仮面がやれやれと肩を竦めた。

「助けてくれてありがとうございます。白羽ちゃんも魔法少女になっていたなんて、微妙な気分ですね」

「ですから白羽は白羽じゃありませんわ! ま、マジカルソード仮面ですわ!」

 名乗る時には一瞬口籠ってしまうマジカルソード仮面。その名前が嫌なら白羽でいいじゃねえですか、と心の中だけでツッコミする悠希だった。

「でも、どうしてこの街に? 今日は週末じゃないですよね?」

「愉快なイベントがあるって聞いたからお兄様には内緒で学校に身代わりを行かせコホンコホン! 魔法少女の役目を果たすためですわ。この街が悪の組織から侵略を受けていると聞いては居ても立ってもいられませんの!」

 魔法少女を愉快なイベントと捉えている辺り、好戦的な彼女らしくて悠希は頭痛がしてきた。

「と、とにかく、あの程度のサクシアに苦戦しているようでは白羽のライバルにはなれませんわ! もっと精進することですわね、マジカルナース☆ユーキちゃん!」

「いえ、白羽ちゃんが魔法少女やってくれるなら自分はもうやらなくていいかなって」

「にゃー!? それはないしユーキちゃん!? 敵はどんどん対策してくるし! みんなで協力するのが一番だし!」

「そうですわ!? あなた魔法少女をなんだと思ってるんですの!?」

 めっちゃ怒られた。どうしろと言うのだ。

「ハッ! 違いますわ! 白羽は一人で充分ですの! 魔法少女をやめるというなら勝手にすればいいですわ!」

 わざとらしく高飛車にそう言い残すと、白羽は空中を蹴って空の向こうへと駆け去って行った。自分たちとは飛行方法がだいぶ違うなぁ、と暢気なことを考えていた悠希だったが――

「やべーですこのままじゃ学校に遅刻しちまうじゃねえですか!?」

 急いで元の学ラン姿に戻ると、肩にしがみついていたミャータンを振り落とす勢いで走り始めた。

 魔法少女で飛んでいけば余裕で間に合う?

 そんなことをしたら悠希は一生異世界邸の管理人室(安全地帯)に引き籠ることになるだろう。



        ***



「――ということがあったんですよ」

 昼休み。中庭のベンチに腰を下ろした悠希は、いつものコロッケ弁当を食べながら今朝あったできごとを語った。

 ちなみに学校にはギリギリ間に合った。一分前だった。そして体操着は隣のクラスの友達に借りてなんとかなったからよかったものの、今度から出発前に荷物全部チェックしようと心に決める悠希である。

「新しい魔法少女……マジカルソード仮面ねぇ」

 隣に座ってプロテイン苺味を飲む真理華は、どこか胡散臭そうにそう呟いた。

「聞いてた感じ、なーんか誰かに似てる気がするのよねぇ」

 悠希はマジカルソード仮面の正体が瀧宮白羽だということまでは伝えていない。教えたところで真理華は知らないと思ったからだが、顎に手をやってなにかを思い出そうとしている彼女の様子からもしかして親戚にでもよく似た子供でもいるのだろうか?

『それで、マジカルソード仮面さんはどこに行ったの?』

 ビデオ通話でスマホの画面に映ったこののが小首を傾げる。

「家に帰ってるんじゃないですかね?」

 家というのは彼女の暮らしている月波市ではなく、この街で拠点にしている異世界邸のことだ。平日の真昼間に小学生が街をうろつくことなどできないだろう。

「その子のことも気になるけど、敵が対策してきた方が問題ね」

『魔法砲撃無効なんて、私も半分くらい使えなくなっちゃうよ』

「バーベルぶん投げるのって魔法砲撃なのかな?」

「アレは物理な気がします」

 魔力は乗っているだろうが、真理華の技は純粋な魔法攻撃ではなさそうだ。もしあのカブトガニと同じものが出現した場合、真理華の負担が大きくなってしまう。

「しばらく街にいる間はできる限り三人一緒の方がいいわね」

「まあ、一人を狙われたら堪ったもんじゃないですし、みんな一緒ならまだ恥ずかしさもマシですし」

『え? 悠希、家でも最近毎日変身してるのに恥ずかしいの?』

「ぶふっ!?」

 こののから純真無垢な爆弾発言が飛び出して悠希は口に含んでいたお茶を噴霧した。

「あらら~、悠希ってば家じゃけっこうノリノリなのかしらぁ?」

「ちょ、ち、ちげーですよ!? それにはやんごとなき事情があって仕方なく――って今までの自分よく魔法少女の力なしでアレを凌いでましたね!?」

 正直、代行のシールドがあっても万全の防備とは言い難かった危険をほぼ毎日だ。楽に防げる魔法少女の力に頼り過ぎるのは、あまりよくない気がしてきた。

『悠希ってなんやかんやで身の危険を器用に回避するよね。バトル漫画の主人公みたい!』

「キラキラした瞳で褒められてもなんか複雑な気分ですけど!?」

「あー、そういう人いるわよねぇ。四組にいる双子の親戚に高校生のお兄さんがいるらしいのだけれど、なんでも地雷原を全力疾走してもなぜか死なないんだって」

「あり得ないでしょ!? どうせただのデタラメでしょうけど自分をそんなのと一緒にしないでください!?」

 既に親や管理人には『そういう』扱いをされている悠希としては、異世界邸と関わりのない世界でまで同じ扱いを受けたくはない。

「自分のことはいいんですよ! それよりこののは一人で大丈夫ですか? 学校にいる時に襲われてもちゃんと連絡してくださいよ。授業中だろうと駆けつけます、真理華が」

「あら、悠希は行かないの?」

「ちゃんと先生を納得させてからダッシュしますよ?」

「真面目ねぇ~」

 着いた頃には終わっていて変身しなくてもいい状況になっている、という期待はしていた。

『大丈夫じゃないかな? 今のところ学校で襲われたことってないもん』

「そういやいつも始業前か放課後ですよね……」

「最近は自主練で早く帰ってたけど、しばらくは一緒に帰った方がいいかもしれないわね」

 なんとなく物事がこっちの都合に合わせているような気がしないでもないが、実際学校で襲われたら大変なのでこのまま平和よ続いてくれと願う悠希だった。



        ***



「そのフラグを回収するのも悪くはないんだが、まだ時期尚早なんだよなぁ」

 例によって出版社ビルの屋上でドクトル・マルアーこと呉井在麻は悠希たちの学校を監視していた。

『にゃー、まだ早いってどういうことだし?』

 通信機からミャータンこと蘭水矢が疑問を呈する。

「学生諸君の勉学を邪魔するわけにはいかんでしょ?」

『本音は?』

「一般人にサクシアの脅威を『認知』してもらうのはもう少し展開が進んでからだぁよ」

『学校に攻める時は認識歪曲をやめるってこと~?』

『そうなったら大パニックだね♪ 街の術者も本腰入れて黙ってないと思うよ☆』

 フララことフランチェスカとセシールンことセシルも面白愉快そうに通信機の向こうで笑っている。

「無論、シャレにならない迷惑を他人様にかけるつもりはない。あくまで、この作品はコメディだからね」

 異世界邸の日常はギャグとコメデイとカオス成分で配合されてる。シリアス成分はほんの少しスパイスを利かす程度で充分なのだ。

「だからあんなダサい名前ですの? 作家さんならもう少し捻ってもよさそうですのに」

 と、背後に白い幼女が降り立った。フリルのついた白袴。魔法少女に変身したままの瀧宮白羽である。

「他の魔法少女と合わせて、かつ仮面をつけるとなるとあのネーミングがベストなのさ」

「仮面は必要ですの?」

「魔法少女のライバルと言ったら仮面だろう?」

「ちょっとなに言ってるのかさっぱりわかりませんわ」

「ん~、この美学が伝わらないか。時代かなぁ」

 正体を隠す系のライバルキャラは仮面をつけてこそなのだが、そういうのはもう古いのかもしれない。ナウなヤング(死語)の流行をもっと取り入れてみるのも一考に値するだろう。

「それよりどうかな? 現役術者から見た『魔法少女』は?」

「そうですわね……やっぱりこのステッキが異常ですわ」

 白羽はステッキが変化した白い日本刀を手にする。

「この世界の魔科学では説明できない破格な性能。使用者の身体能力や魔力を何十倍にも跳ね上げているのに、負担を一切感じさせずに普通に行動できるなんておかしいですわ」

「そりゃあこの世界の魔法技術だけじゃあないからねぇ」

「でも、それは一般人が使用した場合ですわ。白羽のように元々戦闘能力の高い者が変身すると、能力の低下を感じてしまいますわね」

「バランス調整しないと破綻するからね」

「例えるなら上級職にチェンジして性能は満遍なく上がった代わりに、火力面だけが平均化されてチェンジ前より下がってしまった感じですわ」

「あー、あるある。そういうソシャゲとか」

 そして上級職前提の難易度に内容が変わっていくから、どんなに前の方が火力高かったとしてもチェンジしないとやっていけないまである。魔法少女も同じだ。素の状態では倒せない設計にしているから、変身せざるを得ない状況に追い込める。

「でも、自分の足で空を走れるなんて初めての経験でしたわ♪」

「気に入ってくれたようでなによりだ」

 ニマっと笑った白羽は嬉しそうに大気を蹴って三次元的に空間を駆る。他の魔法少女が『浮遊』するのに対して彼女がこうなのは、『刀』という武器の性質上空中でも踏み込みが必要だと考えたからだ。

「さて、次仕掛けるのは放課後に彼女たちが揃ってからだ。それまでにシナリオはしっかり読み込んでおいてくれよ」

「ご心配しなくても、もう全部覚えていますわ」

 頭のいい子だ。が、アドリブにはちょっと弱い。変なタイミングでボロを出さないよう、インカムは今後も外さずにおいてもらおう。

 とその時、なにかとてつもなく巨大な魔力が街に出現した気配を感じた。

「おや?」

「どうかしたんですの?」

 一瞬だった。優秀な術者である白羽が気づかないほどの、一瞬。何者かはあっという間に魔力の気配を消し去った。

「いや、なんでもない」

 在麻は中学校とは反対側の景色を見据える。


「このタイミングで彼が来るとは、こちらの邪魔をしなければいいんだけどね」



        ***



 放課後。

 最後のHRを終えて下校すると、校門の前でこののが待っていた。

「悠希! 真理華!」

 悠希たちを見つけたこののは飼い主を見つけた仔犬のようにぱぁあああっと表情を明るくして駆け寄ってきた。

「うわー、相変わらず可愛い反応するわね、こののちゃん。抱き締めたいわ♪」

「わむっ!?」

 言いながら真理華は受け止めるようにこののをぎゅっと抱擁した。中学生とは思えない豊満な胸に顔を埋めたこののは苦しそうにジタバタしている。

「それで悠希、放課後一緒にいることはいいとして、これからどうするの? ジムでも行く? 筋トレに精通した凄い先輩がいるから悠希もあっという間にマッチョになれるわよ?」

「いかねーですよ! マッチョになんてなりたくないです!」

 真理華みたいなグラマラスになれるならちょっと考えたかもしれないが、筋肉的に大きくなっても女子として大切ななにかを失う気がしてならなかった。

「ユーキちゃんユーキちゃん、ウチは画材屋さんに寄りたいんだけど」

「一度カラオケボックスってところに行ってみたかったんだ~」

「ここはスタバでインステ映えする写真でも撮りに行こうよ♪ 女学生らしく☆」

「なんで真っ直ぐ帰るって発想がどこからも出て来やがらねえんですか!?」

 いつの間にか現れたミャータン、フララ、セシールンが友達グループみたいなノリで会話に入ってきた。学校にいる間は大人しくしていたようだが、そうじゃない時は存在するだけでやかましい三匹である。

 というか、敵が襲って来る時は決まってこの小動物たちがいる時な気がする……ん?

 あれ?

 まさか。

「ねえ、ミャータン」

「なんだし、ユーキちゃん?」

「ミャータンたちが現れると、毎回毎回敵が出て来やがりますよね?」

「……そ、そんなことないし?」

「あります! もしかしてミャータンたち、発信機でも仕込まれてるんじゃないですかね?」

 ビクリとミャータンの小さな体が跳ねた。フララとセシールンも心なしか目が泳いでいる気がする。

「このの、真理華、フララとセシールンも調べてください」

 悠希はミャータンを拾い上げると、体中を弄り始めた。

「ぎにゃー!? どこ触ってるしユーキちゃんのエッチ!?」

「暴れないでください!? これは検査です!?」

「ウチらはレジスタンスのエージェントだし!? 敵に発信機をつけられるようなマヌケじゃないし!?」

 仔猫らしいふわっふわの毛並みはずっともふっていたいが、事は今後の安全に関わる問題だ。もし発信機もしくは盗聴器的なものがついていたら……尻尾の先に、なにか硬い感触があった。

 謎の小さな機械がノミのように引っ付いていた。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……マヌケ?」

「みゃー」

 ミャータンはマヌケな鳴き声を発して脱力した。この駄猫は本当に期待を悪い意味で裏切らない。

「フララにもついてたよ!」

「セシールンにも同じ機械があったわ!」

 こののと真理華も普通なら気づかないほど小さな機械を摘まんで掲げた。二匹ともバツが悪そうにそっぽを向いている。まったく、レジスタンスのエージェントが聞いて呆れるものだ。

 つまるところ、こちらの行動は敵側に筒抜けだったわけである。

 学校の時に襲って来なかったのは、授業中は基本的にミャータンたちを学外に締め出していたからだった、というわけだ。

「これで少しは安全に――」

「なったと思ったら大間違いだぁよ!」

 フッ、と。

 悠希たちの周囲に暗い影が落ちた。

「ふぁあぁあッ!?」

「なんなのアレ!?」

「ものすごくおっきいよ!?」

 三人が見上げると、そこには全長がキロ単位で表せそうな巨大物体が浮かんでいた。

 飛行船?

 いや違う。

 全体的に紡錘形のフォルムに、魚のような胸鰭と尾鰭が生えている。口にあたる部分はどんなものでも丸呑みにしてしまいかねないほど大きく、顎から腹に向かって縦縞模様になっていた。

 クジラだ。

 冗談のようにでかいシロナガスクジラだった。なんかメガネがちょこんと乗っていて、煙草を咥えているのは気になるが、とにかくとんでもない怪物が紅晴市上空を占拠していることは夢でも幻でもない。

 ――ボエー!

 クジラが鳴いた。街全体に広がる音波は思わず耳を塞いでしまうほどけたたましかった。

「あんなもの、どうしろって言うんです!?」

「アレもサクシアなのかしら?」

「空飛ぶクジラさん! すごい!」

 戦々恐々とする悠希と違い、真理華は片頬に手をあてて「あらまあ」と暢気に呟き、こののに至っては夢みたいな存在に瞳をキラッキラさせていた。

「気をつけてユーキちゃん、たぶん今までの敵なんか比べ物にならないし」

 ミャータンが警戒した声で忠告してくる。

「うん、アレはやばいよ♪ レジスタンスの拠点の一つだった島を一撃で消し炭にした兵器だ☆」

「製造No.Ⅸ『ホダソー』……ドクトル・マルアーの切り札だね~」

 セシールンとフララもシリアスな雰囲気。どうでもいいが、三匹ともさっさと悠希たちから離れている件については後で説教かますべきか否か。

「フハハ! さあ、魔法少女たちよ! 決着をつけよう!」

 クジラの上から拡声器でこちらに呼びかけているのは、やっぱりドクトル・マルアーだった。しかしあれだけ巨大となれば流石に周りもパニックに……誰一人動じずにスマホのカメラを空に翳していた。これが現代か。

「悠希、こののちゃん、変身するよ!」

「うん!」

「まあ、周りはみんな上向いてやがりますし……」

 覚悟を決めよう。ドクトル・マルアーの言う通り、今回で決着をつけてしまえばいいのだ。

 悠希たちは鞄から魔法少女のステッキを取り出し――


「「「レッツ!! リリカルメイクアップ!!」」」


 声高々と変身開始の文言を唱えた。

 いつも通りテンポのいいファンタジックなBGMが流れ始める。今気づいたが、一度に変身する魔法少女の人数によって曲が違うようだ。そんな無駄な設定に戦慄しつつも、三人の体が眩い光に包まれ、リボン状になった光がうねり、手足の先から魔法少女のフリッフリな衣装へと変化する。

「人々に害なす悪い子は、正義の拳で殴り倒す! マジカルマッスル、推参! 筋肉を使ってー、お仕置きよ♪」

 ステッキが変化した巨大バーベルを竜巻を発生させる勢いで振り回し、ボディビルダーのようなポーズを取る真理華。

「悪戯する子は許さない。もふっと懲らしめてあげる! マジカルフォックス、参上!」

 ぽふんと両手の肉球ミトンを合わせて周囲に狐火を灯し、狐耳尻尾姿でレッサーパンダの威嚇みたいな格好をするこのの。

「(……世に……悪しき……を駆逐……マジカル……見参)」

 ぼそっと呟いて巨大注射器を控え目に構える悠希。

「ユーキちゃんもっと声上げるしー」

「全裸になっちゃうぞ♪」

「決めポーズもしっかりね~」

「この世に湧いた悪しき病原体やまいを駆逐する!! マジカルナース、見参!! ――こっちの方が最初の謎呪文より百倍恥ずかしいんですよバカヤロウ!?」

 あと何回こんな遣り取りを繰り返せばいいのだろう? いや、ここで終わらせてしまえば元の(精神的に)平和な日常が帰って来るはずである。

「飛びますよ二人とも!」

 悠希は浮遊魔法を使って一気に浮上する。なんというかもうもうさっさと地上を離れたかった。悠希の後に続いて二人も空へと昇ってくる。

「……うわぁ」

 目の前に来ると、改めてクジラの巨大さが際立って一瞬怯んでしまった。なにせ視界いっぱいにクジラの顔が広がっているのだ。咥えている煙草も近くでみたら眩暈がしそうなくらいクソでかい。

「先手必勝よ! ――ジャスティス・メテオレイン!」

「いきなり大技でいくよ! ――フォックス・マジカルエクスプロージョン!」

 真理華が周囲に召喚したダンベルを射出し、こののが超火力広範囲の爆撃を行う。

「自分も続きます! ――メディカルフォース・エクセキューション!」

 構えた注射器の先端に無数の魔法陣が展開。超高密度の魔力を散弾状に射出する。

 ――ボエー。

 三位一体の魔法による攻撃を、クジラは巨体故に避けられず、巨体故に微々たるダメージすらなかった。

「全然効いてないわ!?」

「そ、そんなわけない! もっと攻撃したらきっと倒せるよ!」

「たぶんどこかに弱点があるはずです!」

 悠希たちは頷き合うと散開し、クジラの周囲を飛び回りながら魔法による攻撃を続ける。だがクジラは微動だにせず、怪音波の鳴き声でこちらの動きを制限してくる。

「無駄無駄無駄ァアッ!! ホダソーを撃ち落とすには火力が全然足りないな!!」

 クジラの頭部に立つドクトル・マルアーが高らかに笑った。

「そら、今度はこちらの反撃だ!」

 ドクトル・マルアーが命じると、巨大クジラがその大口をゆっくりと開いていく。悠希たちを小魚の群れのように丸呑みにするつもりかと思ったが、開いた口は閉じることなく、奥から小さいなにかが無数に飛び出してきた。

「なにあれ? 口からミサイルみたいなのが出てきたわ!」

「ミサイルと言いますか、アレは……」

「マグロ?」

 だった。

 全長五メートルほどの太短い紡錘形で、灰色の背鰭に黄色味を帯びた小離鰭。背中側が濃紺、体側から腹部にかけて銀灰色をしている――クロマグロ。なぜか太く凛々しい眉毛がついており、口には釣り針が刺さっていた。たぶん意味を考えたら正気を失いそうだからやめておく。

「フハハ! そうだ! ホダソーはただの兵器ではない! 製造No.Ⅺ『結ノ芯』を多数搭載した航空母艦なのだ!」

 巨大マグロの群れが追尾ミサイルのごとく悠希たちに殺到する。魔法で撃ち落とそうとするも、動きが素早くかわされてしまう。

「きゃあ!?」

「真理華!?」

 マグロの一匹が真理華を撥ね飛ばした。特殊な攻撃はしないようだが、あの速度での体当たりだけで相当な脅威だ。もし地上の街に降り注いだらあっという間に壊滅してしまうだろう。

「この、美味しく炙ってあげる! ――フォックス・マジカルライオット!!」

 こののが狐の姿をした炎を召喚した。炎狐はまるで生きているように遠吠えを放つと、周囲を泳ぎ回るマグロに襲いかかり――ちゅどぉおおおん!! と凄まじい爆発を発生させ炎上した。

 爆発と炎は他のマグロたちも巻き込んでこんがり芳ばしく焼き上げたが、それでも数が減ったようには思えない。

 背後から一匹のマグロがこののに迫る。

「後ろですこのの!」

「えっ? きゃん!?」

 こののも避け切れず跳ねられてしまった。ダメだ。このまま少しずつ処理をしていたのでは、先にこちらがやられてしまう。

「……だったら、狙いを変えるしかねえですね」

 悠希は浮遊魔法の出力を上げてクジラへと突っ込む。マグロの群れを掻い潜り、クジラの目の前で方向転換。急上昇。

「おっと?」

 クジラの頭に立つドクトル・マルアー。司令官でラスボスの奴を倒してしまえばこの馬鹿げた戦争も終幕する。

「くたばりやがれです!!」

 ドクトル・マルアーの頭上から狙いを定める。注射器の先端に魔力を集中させ、一気に解き放――

「悠希! すぐに離れて!」

 真理華が叫んだ。

 おかげで悠希も気づいた。ドクトル・マルアーの背後に不自然な穴があり、気持ち悪くひくついていたのだ。

 いや、不自然ではない。クジラのそこには人間でいう鼻――噴気孔がある。

 刹那、間欠泉のごとき勢いで噴き上がった水が悠希を容赦なく呑み込んだ。咄嗟に魔法で防御したが、とてつもない水圧が防壁を突き抜けて悠希の体を強打し、天高く打ち上げる。

「あぐっ!?」

 魔法少女の衣装のおかげか、痛みはあったが骨が折れたなどということにはなっていなかった。

 なんとか意識を下に戻すと、三匹のマグロが迫っていた。

「チッ、メディカルフォース・ブレイバー!!」

 さっき撃てなかったエネルギーをここで放出する。光に呑まれた三匹のマグロは一瞬で蒸発した。

 クジラには攻撃が通用しない。

 マグロは数が多すぎる。

 ドクトル・マルアーはクジラに守られていて手出しできない。

「なんか、これ詰んでる気がしやがりますね……」

 負ける。

 このままでは、確実に負ける!


「ソードアーツ・シャイニングレイ!!」


 キラリ、と。

 天空でなにかが輝いたかと思えば、夥しい数の白光の剣が雨霰よろしく降り注いできた。

 白光はマグロの群れを串刺しにし、クジラの巨体にも次々と刺さっていく。ドクトル・マルアーは噴気孔からの水撃で守られたようだが、この一瞬でかなりのマグロが数を減らした。


「まったく見てられませんわね! これだから素人はダメダメですわ!」


 声に振り向くと、白い幼女が空中に仁王立ちして腕を組んでいた。幻滅したような視線で悠希を、こののを、特に真理華には三倍ほどキツく睨みつける。

「白羽ちゃん! また助けてくれてありがとうございます!」

「白羽じゃありませんわ! マジカルソード仮面ですわ!(不本意ですけど!)」

 とことん本名は隠したいらしい。白羽はモンシロチョウの仮面の位置を調整しながら改めて名乗った。

 マグロの数が少なくなったことで、こののと真理華が悠希と合流する。

「その子が悠希の言ってたマジカルソード仮面さん?」

「むむぅ、やっぱりどこかで見たことあるような気がするわ」

 真理華はともかくこののは正体に気づいていないようだった。どう見ても瀧宮白羽だというのに、仮面があるだけで認識できないのだろうか?

「あなた方の戦い方はまったくなってないですわ! 素人にもほどがありますの!」

 真っ白な日本刀の切っ先が悠希たちに向けられる。すると真理華がカチンと来たように笑顔になった?

「あらあら? 魔法少女歴は私たちの方が長いのではないかしら? ぽっと出の魔法少女に素人だなんて言われたくないわねぇ」

「そういう意味じゃありませんわこの脳筋娘!? ユーキちゃんとコノノちゃんは『本職』じゃないから仕方ないとしても、あなたはまともに使えてなければおかしいですわ!?」

「えっ?」

「プロの魔術師が魔法少女になったのですわよ? 魔力の扱い方は素人の一般人がなるよりもずっと卓越しているはずですわ! なのにあの体たらく……筋肉ばっかり鍛えているのではありませんこと?」

「……あの、えっと、あれ? うそ」

 白羽を見る真理華の顔がみるみる青くなっていく。それからバッ! と慌てたように白羽へと近寄ると、悠希たちには聞こえない声で囁いた。

「(もしかして、白羽ちゃん?)」

「マジカルソード仮面ですわぁあああん!?」

「どうして泣きながら名乗るの!?」

 仮面のおかげで素顔は見えないが、涙目になるほど嫌なら普通に名乗ればいいのにと悠希は思った。

 それはそれとして、現状に戻ろう。

「えっと、白羽ちゃん」

「……」

「マジカルソード仮面さん」

「なんですの?」

 もはや白羽呼びでは反応すらしてくれなくなった。

「魔力の使い方がわかれば、自分たちもさっきしら……マジカルソード仮面さんがやったみたいに出来るんですか?」

「できますわ。ステッキから頭に流れたチュートリアルでは不十分。ユーキちゃんたちはステッキが補助的に魔力を生成してくれることでかろうじて魔法を撃てている状態ですの。そこに自分の体内で生成した魔力を乗せ、制御し、術式の中に組み込むことで性能を飛躍的に高めることができますわ」

「なんか、むずかしいこと言ってる」

「正直自分にもちんぷんかんぷんです」

 悠希とこののは説明についていけず目を点にするしかなかった。とはいえ元々魔術師だった白羽が魔法少女になったのだから、自分たちじゃ気づかない方法を知っていてもおかしくはない。

 それを理解できるように教えてもらえれば――


「話し合いはそこまでにしてもらおうか」


 白羽の魔法が効いたおかげか今までなにもして来なかったドクトル・マルアーが、ついに動き出した。

 下を見れば、再び大口を開いたクジラから先程よりも大量のマグロが吐き出されている。

「なっ!? せっかく減らしたのにまたマグロが増えてやがります!?」

 マグロがイワシの群れのごとき密度で空を泳いでいる。下の街の景色が全くと言っていいほど見えない。

「(こんな数、魔法少女じゃなければ簡単ですのに……今の白羽じゃちょっと面倒ですわ)」

 白羽はぼそっと呟くと、唐突に悠希の下まで駆け寄って手を取った。

「あーもう! だったら白羽が直接制御して教えてさしあげますわ! 手を貸してくださいまし!」

「えっと、これ白羽ちゃんだけでなんとかできるんじゃないんですか?」

「で、できますわよ! でも今回は特別ですわ! だって白羽のライバルが弱いままじゃ面白くありませんの! あとマジカルソード仮面ですわぁ……」

 名前を訂正する力が物凄く弱々しかった。

「わかりました。お願いします」

 たぶん、理論を説かれても悠希には理解できない。論より証拠。習うより慣れろ。白羽を通して一度やってみればなにかを掴めるはずだ。

「ユーキちゃん、集中しますの。魔法を使う時のイメージを自分の中だけで生み出しますの」

 悠希は瞑目し、言われた通りの状況を思い描く。

「そう、それでいいですの」

 白羽から力が流れ込んでくるのを感じる。いや、違う。白羽の力ではなく、自分の力が白羽によって流れを変えられているのだ。

 わかる。自分の中にあった力が、注射器へと注がれていく。

 注射器に蓄積していた魔力と混ざり合う。

 高まる。高まる。高まる。

 もっと、もっともっともっと!

「今ですの!」

 新しい力が、目覚める!


「――メディカルフォース・ビッグバン!!」


 注射器の先端から、小さな輝きが雫のように落ちて行った。

 それはマグロの魚群とクジラの中心まで来ると――カッ!! 鮮烈で強烈な輝きを放って空一面を光で染めた。

 マグロが一瞬で塵と化す。

 クジラが先端から溶けるように消えていく。

「馬鹿な!? ホダソーが沈むだと!?」

 ドクトル・マルアーの驚嘆が響いた――その時だった。


 バチリッ!


 クジラの巨体が、()()()

「えっ?」

 ドクトル・マルアーが、輝きの中、想定外の事態だとでも言うように目を見開いた。

 クジラが弾ける。

 輝きが吹き飛ぶ。

 そして――

「なんだ……これは? オレのシナリオにはないぞ?」

 そこに現れたモノを見て、足場を失い落下していくドクトル・マルアーは唖然とした顔でそう呟いた。



        ***



 時は少し遡り――地上の路地裏。

「で? 今度はあのデカブツを生み出してなにをしようってんだ?」

 高校の制服を着た体格のいい青年が上を指差してそう訊ねた。彼の背後にはやはり同じ制服を着たひょろい少年がガタブルと震えて隠れている。

 彼らに相対するのは、純白のドレスを纏ったホワイトブロンドの少女と、安物シャツとジーンズを着たワインレッドの女性だった。

 さらに四人の周囲には幾人もの街の術者たちが呻き声を上げて倒れている。

「また会うなんて、運がいいのか悪いのか」

 ホワイトブロンドの少女――フォルミーカ・ブランは自分たちの幸運を喜ぶべきか、彼らの不幸を憐れむべきかわからず溜息を吐いた。

「目的は、聞かない方がよろしくてよ」

「へえ、そりゃどういう意味でだ?」

「竜胆!? 挑発してないでもう帰ろう!? 前戦って絶対勝てないってわかったよね!?」

「前と今じゃ違うだろ。瑠依も強くなってんだぞ」

「何その青春マンガ系の台詞帰りたい! てゆーかその条件は相手も同じだからね!?」

 要するに。

 いつも通りサクシアを生み出す装置を起動させ、街の術者連中を引きつけているのがフォルミーカとカベルネの役割だった。そして有象無象の術者では暇潰しにもならなかったところに、骨のある相手が登場したというわけである。

「今度は~、私がそっちのビビってる方を相手しよっか~?」

「いいんですの? それは助かりますわ。あの殿方、前回わたくしの攻撃を嘘みたいに回避しまくって正直ストレスでしたの」

 好戦的な笑みを浮かべるフォルミーカ。

 その眼前に突然大きな拳が出現した。

「あら?」

 竜胆と呼ばれた青年だ。ぶん殴られてわざと吹き飛んだフォルミーカは、何事もなかったかのように起き上がってドレスの汚れをはたく。

 殴った手応えがなかったことに気づいたのだろう、竜胆は顔を顰めて拳を握り直した。

「赤紫のねーちゃんとは別タイプでやべー奴っぽいな」

「光栄に思うことですわ。並の勇者ではわたくしを吹き飛ばすことすらできませんもの」

「勇者がどんなもんか知らねえが、な!」

 竜胆は再び跳躍し、ビルの壁を利用して三次元的にフォルミーカを攪乱する。高速で飛び跳ねるスーパーボールのようにどこから攻撃が来るのか読ませないつもりだ。

 もっとも、読む必要などないのだが。

 フォルミーカが白い日傘を差す。そこに竜胆の蹴りが直撃した。

「チッ」

 どうせ狙って来るのは死角と相場が決まっているからだ。もしそれ以外だったら普通に対処している。

「喰らって差し上げますわ――〈喰魔の白帝剣(ブランシュテイン)〉」

 日傘が白い長剣へと姿を変える。それを見た竜胆は即座にその場を離れた。

 次の瞬間、ビルのコンクリートの一部が食い破られたかのように消滅した。元々殺さないつもりだったのであたりはしなかっただろうが、反応速度はやはりずば抜けている。

 と――

「いやぁああああああああああ帰るおうち帰るぅうううううううううううッ!?」

「待て待て~……うぷっ。飲んですぐ急に走るとキモチワルうぇえええっ」

 泣きながら全力で逃げ惑う瑠依と呼ばれた少年と、口からキラキラしたものを吐きながら追いかける酔いどれ堕天使が目の前を通過した。ちなみにキラキラしたものは、地面に落ちる側から地面を溶かしていた。

 アレは逃げる。

 フォルミーカでも逃げる。

「ぎゃあっ!?」

 なんてフォルミーカが竜胆の拳をかわしながらげんなり思っていると、瑠依と呼ばれた少年が空き缶を踏みつけて思いっ切り転倒した。

 そこから先は、ある意味で奇跡だった。

 瑠依は積まれていた木箱に顔面から直撃。崩れた木箱が転がってフォルミーカたちが起動していた機械――〈現の幻想〉をビリヤードのように弾く。〈現の幻想〉はマンホールの蓋の上で停止し、タイミングよく水道管でも破裂したのか凄まじい水飛沫が噴き上がって機械を空へと舞い上げたのだ。

 落ちたら壊れる!

 そう思って落下予測地点に移動したフォルミーカとカベルネだったが――


 スッ、と。


 空中で黒い何者かが機械を掠め盗って行った。

「はい?」

「あら~?」

 あまりに一瞬。

 あまりに芸術的。

 大事な機械が奪われたことをフォルミーカたちが理解したのは、五秒ほどが経過してからだった。




        ***




「件の装置を確保しました」

 魔王と堕天使から〈現の幻想〉を奪った者――ノワールは、魔法による通話でこのオモチャを欲しがっていた上司に報告する。

『意外と時間がかかったじゃないか』

「厄介な対象が守護していたので」

 装置が使われている場所は起動後すぐに判明していた。

 しかし魔王と堕天使が守っているとなると迂闊には手が出せず、気配を断って機を窺っていたのだ。最後だけ手を加えたとはいえ、あの少年のピタゴラドジッ子には感謝すべきである。

「すぐそちらに送りましょうか?」

『いいや、そのまま持っていて。このまま魔法通話越しにちょっと遊んでみるからさ』

「……なにをする気ですか?」

『ひ ま つ ぶ し♪』

 ノワールの脳裏に嫌な予感が過った。

『解析完了。意外と複雑だったけど、ま、こんなもんか。でもイメージ通りの実態ある幻想を具現できるのは面白いなあ。ちょーっと中身を弄って、〈類似の法則〉により幻想を異世界にいる()()と入れ換えてみようか』

「……」

 ノワールは無表情のまま呆れつつ戦慄した。そんな高度で複雑な術式の改竄を、この上司は通話越しに別世界から行っているのだ。……暇潰しに。

『なんにしよっかなぁ♪ あ、そうだ。確かどっかの世界にたった一匹で魔法士協会の一個大隊を全滅させた悪竜がいたよね。とりあえずそれ召喚してみよう♪』

「……9,10級の魔法士で編成されていたとは聞きましたが、いくら何でもこの街の戦力ではどうにもならないかと」

『だから?』

 怜悧で冷酷で無邪気な子供のような声に、ノワールは微かに眉を顰めた。


『最初から言ってるだろ? これは暇潰し。その街が滅んだってどーでもいいの。結末含めて、娯楽でしかないんだよ』




        ***




 消滅したクジラの代わりに出現したのは、黒い鱗に覆われた全長五十メートルは優にある竜だった。

 骨と薄い膜だけの翼に、背中側は頭部から尻尾の先まで剣山のような鋭い棘が突き出している。目は片側に三つずつ、計六つが血色に輝いて得物を探していた。吐息は紫色をしており、呼吸をする度に空気が死んでいくのがわかる。

 あのようなモンスターを出現させる設定はしていない。

『センセー!? あんなの聞いてないし!? どうなってるの!?』

『なんだか今までのサクシアと比べたら可愛くないね~』

『ていうかアレってガチの怪物でしょ♪ 幻じゃなさそうだよ☆』

 インカムから地上にいる水矢たちの狼狽した声が聞こえる。

『ちょっと作家先生!? 白羽の記憶してるシナリオにこんな展開はありませんわよ!?』

 竜と対峙しているだろう白羽からも文句が飛んでくる。当然だ。こんな展開は最初から用意していないのだから。完全なるイレギュラー。

 在麻は落下しながら額に手をあて、ククク、と愉しそうに嗤った。

「誰の仕業かは知らないが……まあ、大方『彼』の上の人間だろうけど、まさかオレのシナリオに干渉して書き換えようなんてな。いいね。面白い! いいねボタンがあったら連打しちゃう!」

 在麻はインカムを外し、捨てた。

「アレは確か荒廃魔界の悪竜――スキジカークス。存在するだけで世界に不治の疫病を撒き散らす言葉通りの災厄だぁね。このままじゃちょっとシャレにならないなぁ」

 ユーキちゃんたちだけで倒せる相手じゃない。現在は協力者の彼が即座に対応して、疫病が地上に降り注ぐのを防いでくれているが、地上に降りてしまえば防ぎ切れまい。『白蟻の魔王』の襲撃や百鬼夜行なんか比べ物にならない被害が出るだろう。

 確実に人が死ぬ。

 何度も言うが、異世界邸の日常はコメディー作品だ。人が死ぬなど論外も論外。

「設定の破綻。ジャンルの崩壊。シナリオを修正するには……あの悪竜にはギャグっぽく爆発で消えてもらうしかないね」

 在麻は懐から薬品ケースを取り出し、一錠だけ口に放り込む。

「ここで新キャラをもう一人追加するつもりはなかったけど、白羽ちゃんはタイトル回収のミスリードにするのも悪くない」

 在麻の体が眩く発光する。背丈が収縮し、くたびれた白衣姿から黒いフリルのミニスカート姿へと変身する。

 オッサンから、少女へと。

「まさか、()()自身が作品に登場するなんて思いつきもしなかったよ!」

 魔法や魔術で監視している存在に対しての認識阻害をかける。この姿はまだ協力者の彼にも見せるわけにはいかない。

「干渉者に感謝を。ボクに新しい発想を与えてくれたお礼に、そのオモチャはくれてやるよ!」

 奪った者がいる方角を一瞥し、すぐに悪竜に視線を戻すと、『降誕の魔女』アルマ・クレイは転移した。




        ***




 中西悠希は混乱していた。

 クジラを倒したと思ったのに、その後からなんかめっちゃヤベー感じのドラゴンが出現したからだ。今までのどこかファンシーな敵とは世界からして違う、異質な存在感を放つ怪物。

「……ここからはアドリブですの?」

 白羽がなにか絶望的な顔で呟いているが、悠希にそれを問い詰めているような余裕はない。

 ドラゴンの六つ目が、悠希たちを視認したからだ。


 ――ゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!


 凄まじい咆哮が空気を振動させる。咄嗟に防御魔法を展開していなければ、それだけで悠希たちは地球の反対側まで吹き飛ばされていたかもしれない。

「悠希……」

 こののが不安そうな顔で悠希の袖を摘まんだ。大丈夫です、と根拠のない慰めを言える空気ではない。

 身に迫る明確な『死』の予感は、かつてどれほど強力なサクシアと対峙しても感じなかったガチもんの恐怖。

 フォルミーカや無角童子が異世界邸に攻めてきた時以上の、絶望的な彼我の差。

「無理、だわ。アレには勝てない……」

 真理華が自分自身を抱き締めるようにしてぶるりと震える。

「なら、結婚を申し出てみてはどうですか?」

「私にもタイプはあるのよ! 強ければなんでもいいわけじゃないわ!」

 メガネのクマには惜しいとかほざいていたのはどこの誰だったか。

「無駄話している暇はないですわよ!」

 白羽からの警告。

 黒きドラゴンが骨の翼を大きく広げ、悠希たちに向かって猛然と突っ込んできたのだ。悠希たちはそれぞれ散開してドラゴンの突撃をかわす。

「防御壁は解かないことですわ! 奴の周囲の汚染された空気を吸うだけで即死しますわよ!」

 言われなくてもそれはわかる。あのドラゴンが吐息を漏らす度に空気が淀んでいくのだ。伊達に毎朝劇物のガスに対処している悠希ではない。

 正直、逃げたい。

 でも、悠希たちが逃げると街が、世界がどうなるかわかったものじゃない。

「メディカルフォース・ブレイバー!!」

「ジャスティス・メテオアターック!!」

「フォックス・マジカルブレイズ!!」

「ソードアーツ・ハヴォックストリーム!!」

 悠希が射出した魔力光線が、真理華が投擲したバーベルが、こののが放射した熱光線が、白羽が繰り出した斬撃の竜巻が、一斉に黒きドラゴンを狙い撃つ。

 全身全霊全力全開の一撃。

 四人の力を合わせたユニゾンアタックは――黒きドラゴンが骨の翼を羽ばたかせただけで掻き消されてしまった。

「じょう……だん……」

 技が効かなかったことは今までだってある。だが、蝋燭の火の如く簡単に消されてしまうことなど一度もなかった。

「ちょっと白羽ちゃんお兄さん呼べないの!? あの人ドラゴンの専門家でしょ!?」

「今お兄様この街出禁になってますわよ!?」

「相変わらず重要なところで使えない!?」

 黒きドラゴンが顎を開く。

 その中心に暗黒のエネルギーが収束する。

「ブレスが来ますわ!?」

 白羽が叫ぶも、恐怖に固まってしまった悠希たちは動けない。

 暗黒の咆哮が、絶対的な死の一撃が放たれる。

 終わったと思った――その瞬間。


 黒きドラゴンの暗黒ブレスが、ガラス細工のように粉々に砕け散った。


「え……?」

 悠希は呆然とする。目の前に、見知らぬ五人目が浮かんでいた。

「バッドエンドは描かない。みんなが笑えるハッピーな世界造りのため、過剰なシリアス要素はボクが排除する! マジカルライター! いざ出陣!」

 青い宝石のついたステッキ。フリルのついたトップスと黒いミニスカート。青みがかった長い黒髪は艶やかに煌めき、うなじの辺りで二股に分かれている。

 年は悠希とそう変わらないように見える、青紫の瞳をした可憐な少女。

「「「「誰」」です」の!?」

 伏線なんてなにもなかった。いきなりこの大ピンチに出現した謎の魔法少女は、悠希たちに振り向いてニコリと微笑んだ。

「アレは君たちにはまだ早い敵だ。ボクがなんとかするから、下がっていて」

「誰だか知らないけど一人じゃ無茶よ!」

「そ、そうです! 力を合わせないと!」

 真理華と悠希は謎の魔法少女を止めようとしたが、その前に両手を広げたこののが立ち塞がった。

「ダメ! 悠希、真理華、言う通りにしよ?」

「コノノちゃんの言う通りですわ。よくわかりませんが……たぶんアレは、マジもんの魔法少女ですわ」

 まるで自分たちが偽物だとでも言うように、白羽。こののも、直感的になにかを感じている様子だった。

 これは、従った方がいい。

「……わかりました」

 悠希は頷くと、一度だけ謎の魔法少女を見てから、仲間たちと共に地上へと降下していった。

 最後に見た光景は、悠希たちを追いかけようとしたドラゴンがなにかの力で大爆発を起こして灰も残さず消滅した瞬間だった。



        ***



 その日の夜、呉井在麻の自室では今回の打ち上げパーティー&反省会が行われていた。

「さてさて、ユーキちゃんの物語からは若干外れてしまったけれど、謎の新キャラと今のままじゃ勝てない第三者の強敵という伏線を残すことができたわけだ」

 やはり敷かれたレールを進むのは異世界邸らしくない。現実は小説より奇なり。想定外のイベントが起こってこそ楽しいというものだ。

「あのドラゴンは〈現の幻想〉を奪った魔法士協会の仕業だってことはわかったよ♪ でも新キャラの魔法少女は結局誰だったわけ?」

「遠くてよく見えなかったけど~、たぶん見たことない子だったよね~」

 マジカルライターの正体がオッサンでしかも敵のボスであるドクトル・マルアーだなんてスタッフ一同にも喋るわけにはいかない。その辺りの設定をどうするか、次までに練っておく必要があるだろう。

「しかし魔王と堕天使が守っていながらまんまと強奪されるなんて、不甲斐ないぞ」

 なのでとりあえず失態を犯した二人に矛先を向けることにした。

「だって~、あんなに面白可笑しく連鎖するなんて誰も予想できないし~」

 ワインボトルをラッパ飲みしつつ、唇を尖らせるカベルネ。フォルミーカは『自分は違う相手と戦っていたから関係ない』とばかりに木片を齧っている。

「にゃあ、ところで白羽ちゃんの姿が見えないし?」

「白羽ちゃんならさっきお姉ちゃんが迎えに来て連行されてったよ♪ めっちゃ怒られてたけど、事情を説明したら爆笑してたっけ☆」

 故にこの場にはいつもの主犯格だけが集まっている。協力者の彼は結局一度も姿を現さなかったが、恐らく今頃は魔法士協会の彼と接触しているのではないかと思われる。

 その魔法士協会だが、アレから新しいアクションは起こさなかった。オモチャを一回使ってみて速攻飽きたのだろう。これ以上引っ掻き回してくるつもりだったのなら、彼らもしっかり物語に組み込んでやろうと思っていたのに残念だ。

「新しい〈現の幻想〉の手配と、今後の展開の練り直し。そう言えばドクトル・マルアーの生死が不明なままになってるね。そこら辺をこーしてあーして、ちょっと時間かかるかなぁ。アニメ化と書籍化の作業もあるし、本編の執筆だって疎かにできない。いやはや、これから大変だぁよん」

 マジカルナース☆ユーキちゃんはあくまで『異世界邸の日常』の外伝である。余裕ができるまでは、しばらく筆を置くことに――


 ちゅどぉおおおおおおおおん!!


「なんでわざわざ自分の部屋の前で消臭スプレー爆発させんですかこのトカゲ野郎!?」

「やめろその危険な注射器を向けるんじゃねえ!?」

「医者先生の娘は最近コスプレにハマっているらしい」

「ユーキちゃん発見! 今日こそ勝負してください!」


 打ち上げパーティーの途中だったが、今日も今日とて異世界邸の騒がしさが響き渡る。

「お? 取材に行く合図キター! これは行くしかねえ! よいこらしょっと!」

 さっそく紙とペンを持って立ち上がり、在麻は意気揚々と部屋を出て行くのだった。



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