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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
続・百鬼夜行
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異世界邸最前線【Part夙】

 けたたましい剣戟音が夜の山中に響き渡っていた。

「えへへ、いいですねいいですよ! これでこそ戦いです!」

「……」

 大鎌と薙刀が幾度と衝突を繰り返し、山の夜闇を火花の赤で照らす。その攻防は凄まじく、周囲の妖怪たちは近づくことすら叶わない様子だった。

「あなたが人間じゃないことだけが残念です!」

 満面の笑みで大鎌を振るうジークルーネに、茨木童子は無表情のまま薙刀で応戦する。

「……某の目的も、強者と刃を交えること」

「気が合いますね!」

 薙刀の刃に炎が灯った。地獄の炎にも匹敵する茨木童子の鬼火は、互いの刃が衝突する度に灼熱波を撒き散らす。

 木々が焼け、土が焦げ、離れて戦いを見守っていた妖怪が弱い者から蒸発していく。

「あっつ」

 灼熱波は半神たるジークルーネにすら火傷を負わせた。

 だが、それだけだ。

「ちょ、山火事になって邸に飛び火したら私が貴文様に怒られてしまうんですよ!?」

 ブォン! と。

 ジークルーネは大鎌を横薙ぎに構えて大旋廻する。衝撃波が全方位に駆け抜け、一瞬で燃え盛っていた炎を有象無象の妖怪ごと消し飛ばした。

「……某の鬼火を。やりおる」

 高く跳んで衝撃波を回避した茨木童子が落下の勢いを乗せて薙刀を突き出す。ジークルーネはそれを紙一重でかわすと、隙のできた胴体へと大鎌を叩き込んだ。しかし茨木童子は地面に刺さった薙刀を軸に体を曲げて大鎌を蹴り返す。

「怒った貴文様は私と手合わせすらしてくれなくなるんです! それは困るんです!」

「……知らん」

 不満そうな顔をするジークルーネに茨木童子は無表情で吐き捨てた。

「でも、いいんです。今が私は楽しいんです。だからもっともっと戦っていたい。とはいえずっと手加減するのは私の主義に反します。ちょっと本気を出しますが、終わらないでくださいね♪」

 ニコリと笑うと、ジークルーネが消えた。

「――ッ!?」

 刹那、茨木童子は肩口からバッサリと切られ、鮮血が焼けた山肌へと飛び散った。

「あー、ダメでしたか。せっかくの理解者でしたのに、残念です」

 心底惜しそうに溜息をつくジークルーネ。地面に崩れ落ちていく茨木童子に物足りない視線を向け――その茨木童子が、急に踏み止まって薙刀を突き出してきた。

「はっ!?」

 油断を突かれたジークルーネの左腕が浅く斬られ、赤い血がつーと流れる。

「……某は、まだ終わらぬ」

 ジークルーネに斬られた傷が塞がっていく。茨木童子は初めてその顔に獰猛な笑みを浮かべた。

「……久々に致命傷を負った。悪いが、まだまだ某を楽しませてもらうぞ」

「命を削って傷を癒したってところですかね。えへへ、いいですよ。そうじゃないと拍子抜けです! 仕切り直しましょう!」

 再び刃と刃が激突し、幾重にも打ち合って山肌を削っていく。


        ***


「ぶち殺すぜよ! 人間に飼われた腑抜け犬は喉笛噛み千切ってやるぜよ!」

「なんであるかこいつ殺意高すぎであーる!?」

 ジョンは犬神に追われて涙目で山中を駆け回っていた。マンモスサイズだから木々をその身で圧し折りながらの猛進である。

「でかいくせにちょこまかと、うっぜえぜよ!!」

 牙を剥いた犬神の首がスポーン! と()()()

「ぎゃわああああああああああああん!?」

 射出されたように迫りくる少年の生首にジョンの目玉が飛び出た。首筋に噛みつかれたが、なんとかすぐ近くの大木に押しつけて難を逃れる。

 あんなおっかない妖怪を相手に戦うなど、尻尾が股に引っ込んだまま出て来ないジョンである。このまま逃げ切って向こうの体力切れを待つのが得策だろう。

「……それでいいのであるか?」

 そこまで考えて、ジョンはようやく自分の情けなさに気づいた。

 かつて様々な世界から恐れられた『鮮血の番狼』は、いつからこれほどの臆病になってしまったのか?

 先ほど思い出したばかりではないか。

 自分の強さを。誇りを。野生を。

 なのにちょっと強い敵が現れた程度で文字通り尻尾を巻くなど、昔の自分が見たらなんと言うだろうか?

「まったく、腰抜けである」

 ジョンは急ブレーキをかけ、首を戻した犬神と対峙した。

「鬼ごっこは終わりぜよ?」

「終わりである。我輩はもう逃げないのである」

 チワワは非常に臆病ではあるが、同時に活発で勇敢な面も持つ生き物だ。縄張り意識も強く、『番犬』としての役割を十分に果たせる存在である。

 それはジョンとて同じこと。ここから先、臆病な自分には引っ込んでもらう。そうでなければ、我が主君(マイ・ロード)に合わせる顔がなくなってしまう。

「来いなのである。我輩はノルデンショルド地下大迷宮第一階層支配者(フロアマスター)――〈鮮血の番狼〉! 貴様ごとき小犬など、我輩の血肉に変えてくれるのである!」

 ジョンの喉奥から熱が込み上げる。

 灼炎のチワワブレスが怒涛となって犬神を襲う。

「しゃらくせえぜよ!」

 犬神は自ら炎に突っ込み、その身を焼きながらジョンの眼前へと飛びかかった。さっきまでのジョンなら予想外の行動に驚き、怯み、また逃げ出していたことだろう。だが、一度闘志に火のついた今は違う。

「ワォオオオオオオオオオオオオン!!」

 咆哮。

 凄まじい音が衝撃となって犬神を吹き飛ばす。無論それだけでは終わらない。空中で態勢を整えた犬神の背後に一瞬で回り込み、その鋭い爪による一撃を叩き込んだ。

 斬撃が少年の体を容赦なく引き裂く。

「無駄ぜよ!」

 犬神の首が飛ぶ。犬神は生き埋めにした飢えた犬の頸を切断することで生まれる。つまりアレが本体なのだろう。

「食い千切ってやるぜよ!!」

「やれるものならやってみるのである!!」

 飛来してくる犬神の首に向かってジョンも突進。体当たりで首を跳ね飛ばしたと思ったら、犬神はジョンの頭に噛みついて牙を食い込ませていた。

 ジョンはそのまま突進を続ける。何度も何度も木々に頭をぶつけ、最後は剥き出しになっていた岩肌に激しく衝突した。

「……がっ……は……」

 岩肌に減り込んだ犬神の首は力尽きて白目を剥いた。

「勝った……のである」

 頭部に深刻なダメージを受けたジョンもまた、フラフラと危なげな足取りで数歩だけ歩き、ドスンとその巨体を横たわせるのだった。


        ***


 夜雀は驚愕していた。

「あらら~、捕まえちゃった~♪」

 完全に視覚を奪ったはずのカベルネを背後から暗殺しようとしたのに、まるで見えているかのようにあっさり首根っこを掴まれたからだ。

「チッチッチ、なぜ? 見えてないはずだよね?」

 声はかろうじて出せる程度に絞められている。が、まるで万力にそうされているようで夜雀の腕力では抜け出せない。

「ん~、よく考えたら~」

 カベルネはのんびりした動作で顎に指をあてる。

「私ぃ~、いつも酔っ払って戦ってるから~、元々視界なんてぐっちゃぐちゃなんだよね~」

 つまり、元から視界が悪くても戦えるということらしい。

「逆に真っ暗な方がやりやすい感じ~?」

「なんだよそれ……この、放せよ!」

 カベルネの左腕は動いていない。神経遮断は効いている証拠。ならばと夜雀は翼を震わせ、羽の矢を飛ばそうとするが――

「お~け~、じゃあ~、放してあげるね~♪」

「へ?」

 その前に、カベルネが物凄い腕力で夜雀を地面に向かって投げた。

「ぴぎゃあああああああああああああああっ!?」

 翼でブレーキをかけようとするが叶わず、夜雀は地面に激突し、爆撃のような音と共に土煙を巻き上げた。

 と、それと入れ替わるように白い光線が天を衝く。


「おや~? あっちも終わったみたいだね~」


        ***


 幾重にも張り巡らされた蜘蛛糸の防御陣をあっさり貫かれ、絡新婦はぺたりと腰を抜かした。

「……は、反則すぎどす」

 そんな彼女に日傘の先端を突きつけながら、フォルミーカは冷えた視線を送る。

「一介の妖魔ごときが魔王であるわたくしの相手になると思っていましたの?」

「魔王? そうか、あんたが『白蟻の魔王』どすか。そらあてじゃ勝てまへんよ」

 乾いた笑いを漏らして気絶する絡新婦は無視し、フォルミーカは踵を返して邸の方へと歩いていく。

「さて、管理人もそろそろあの殿方を倒した頃合いですわね」

 そうなると今夜の仕事は終わりである。まだ妖魔はかなりの数が残っているようだが、それは別にフォルミーカが相手をするほどの連中ではない。先程の絡新婦がまだそこそこ強かったレベルだ。

 と、異世界邸へと続く山道で戦っている者たちを見つけた。

「オラァ死ねやトカゲ野郎ぉおッ!!」

「そんなへなちょこパンチがこの竜鱗に通用するか角野郎!」

「ハッハーッ、俺様とあんた、どっちが先に残弾が尽きるか勝負だ!」

「望むところ! 我が弾数に限りなし!」

 一本の大きな角をした妖魔と竜神が殴り合いをし、燃える車輪を背負った妖魔が放つ炎弾をアンドロイドがミサイルで撃ち落としている。

「まったく、野蛮ですわ」

 なんとも泥臭い戦い方に、フォルミーカは近づくのも忌避して少し離れた場所を歩くことにした。

「おいトカゲ野郎、てめえ、なかなかいい(もん)持ってんじゃねえか」

「そっちもな。さっきは強がったが、実はそこそこ効いてたぜ」

「機械の兄ちゃんやるなぁ。ハッハーッ、俺様の炎弾を全部撃ち落とすたぁ」

「貴様こそあの弾幕見事であった」

 ちょっと目を離した隙に彼らはなんか硬い握手を交わしていた。

「どういうことですの?」

 戦いの中で友情でも芽生えたのだろうか。なんだろうとフォルミーカにはさっぱりわからない心情である。

「それで……」

 異世界邸の正面口まで戻ってきたフォルミーカは、そこで展開されていたバトルに思わず呆れて目を平たくした。

「なにをしていますの、管理人?」

 管理人こと伊藤貴文は、なんだかとても弱そうな妖魔に囲まれていた。竹串で何度刺されても立ち上がる者。妙な術で貴文の運気を吸い取る者。足下に草結びをして貴文を転ばす者。ここぞとばかりに貴文のズボンを引っ手繰る者。「ほもー」と鳴く鶏。

「あ、悪いフォルミーカ! ちょっと手伝ってくれ! こいつら雑魚のくせに無駄にしつこくてうざいのなんの!」

「えーですわ」

 転ばされてパン一というマヌケな姿で助けを求める貴文に、フォルミーカは完全に毒気とやる気を抜かれてしまうのだった。

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