第十八話 隔絶 ④アイリスと獣星王国
特オタ、前回の三つの出来事!
一つ。アイリスがパラエナを抑える隙に、双子が改良型アサルトレイダーを起動させる!
二つ。パラエナにダメージを与えることに成功するが、封印を解かれてしまう!
三つ。ドクター・ワイルドにより、次は翼星王国の封印を狙うことを宣言される!
【お父様、ごめんなさい。折角魔力吸石をあんなに使わせて貰ったのに】
場所が王の私室で側近の姿がないからか、文章の感じは少々柔らかい。
しかし、状況が状況だけに文字を作るアイリスの様子はシュンとしたものだった。
六大英雄の封印を解かれてしまった上、古代獣星王国の痕跡たる獣人王の爪痕までもが崩壊してしまったのだから当然だろう。
それ以上に、獣人として無用な責任を感じてしまっている部分もあるのかもしれない。
「構わんさ。人的な被害はなかった」
そんなアイリスに対し、獣星王国国王にして彼女の父親たるティグレーは首を横に振りながら、謁見の間の時よりも柔らかい声で言葉を返した。
それから彼は表情を引き締め、真剣な声色でさらに続ける。
「あの破壊跡を見れば分かる。戦いはもはや我々が口出しできる領域にはない。戦いの場にも立てない我々に、お前達を非難する権利などありはしない。非難などさせはしない」
あの戦いの後、プルトナ達を家に帰してからアイリスと二人で王城に戻り、そのままティグレーと共に彼の私室に入った。なので、側近達はまだ戦いの結果を知らない。
だが、謁見の間での彼らの反応を見た限り、知ればアイリスを不当に糾弾する可能性が高い。その辺りはティグレーも同じ予想をしているようだ。
彼らは如何にもプライドの高い王族という感じだったし、アイリスが実力を示したからと言って素直に納得して遜るような殊勝な者達とも思えない。
(実力主義の癖に矛盾してる、っても思うけど)
何かしら特殊な曰くがあるのかもしれない。
「それよりも、体は大丈夫なのか?」
と、その辺りの懸念は然程重要ではないとばかりにティグレーが話題を変える。
実際、余り関わり合いにならなければ、彼らのことなどどうでもいい話だ。
アイリスの体調の方が余程大事だろう。
【大丈夫。問題ない】
対してアイリスはそうフラグ染みた文字を作って浮かべるが、顔色は少々悪い。
当然と言うべきか、この父親がそうした娘の変化に気づかない訳もなく、ティグレーは葛藤するように眉間にしわを寄せた。
過酷な戦いの只中にあれば、当たり前に苦痛を抱くこともある。
心配しない親はいまい。
「すみません。アイリスを戦いに巻き込んでしまって」
だから、雄也は追及される前にティグレーに頭を下げた。すると――。
【それは違う。巻き込まれたんじゃなくて、私が勝手に飛び込んだだけ】
アイリスは慌てたように雄也の言葉を否定し、父親の目を見ながら文字をさらに綴る。
【ユウヤを責めないで欲しい】
そう求める彼女に対し、ティグレーは複雑な感情を吐き出すように一つ大きく嘆息した。
「本音を言えば、娘を危険な目に遭わせたくはない。当然だ。しかし、奴らに対抗する力がなければ、龍星王国の民のように無惨に命を奪われかねないこともまた事実だ。ならば、戦いの渦中にあった方が結果としていいかもしれん」
身近に脅威が間違いなく存在しているのなら、力を確保しておかなければならない。
実に合理的な判断だ。
その辺りはさすが一国の主というところか。
「何より、アイリス自身が本当に望んでいると言うのであればな」
しかし、ティグレーは強調するように一部にアクセントをつけながら言うと、問い質すようにアイリスを見据えて言葉を続けた。
「アイリス、いいのか? 辛く苦しい道になるかもしれないぞ?」
念を押すように改めて投げかけられた問いは、父親としての葛藤の証だろう。
一度は認めた話を覆し、王としての判断とも矛盾している言葉だが、実際に戦いを終えて苦痛に耐える娘を目の当たりにした今、多少ぶれるのも仕方のないことだ。
【構わない。ユウヤと一緒なら】
とは言え、アイリスの中の結論は微塵も揺るがず、彼女は即答する。
【私は私の心に従う。そのための障害は全て乗り越えてみせる。自由に生きるのに壁はつきものだし、そもそも自己責任】
「……そうか」
さらに続けられたアイリスの文章を以って、ティグレーも自分自身を納得させる決め手としたようだ。彼は少しの間目を閉じてから一つ頷いた。
「アイリスは、兄上に似ているな」
【おじさんに?】
「ああ。王家に拘らず、心のままに生きる。そっくりだ」
「そう言えばオヤッさ……協会長は何故賞金稼ぎに?」
癖で通称を言いかけて、少し慌て気味に言い直す。
不敬になるかとも思ったが、ティグレーは気にした様子を見せなかった。
「兄上は実力的に私よりも王に相応しかったのが、堅苦しい王家の柵が性に合わなかったようだ。だから、その力を以って王の座を捨てたのだ。当時の王、私達の父親との一騎打ちに打ち勝ってな。そうして国を出ていった」
賞金稼ぎになったのは、それこそ性に合ったから、というところか。
【お父様はそれでよかったの?】
「私は兄上程豪胆ではないからな。自由は私には少々重い」
【重い?】
その論理の意味がよく分からない、とでも言いたげに首を傾げて問い気味に繰り返すアイリスに、ティグレーは深く頷きながら再び口を開いた。
「自由ということは、後ろ盾もなく己自身に依って立つしかないということでもある。王の座という重荷を捨てたと兄上が蔑まれたこともあったが、それとは別の意味で自由を貫くこともまた軽くはない。結局、どちらを自由な意思で選ぶかなのだろう」
【自由を選ばない理由は分かる。でも、自由を選べない理由は分からない】
「いずれ分かるさ。世の中にはそれを背負うことができない者がいるということが。そして、中には病的に束縛されることを望む者がいることもな」
その言葉だけでは納得するには至らないようで、アイリスは考え込むように首を逆側に傾けた。基本マイペースな彼女らしいと言えば、らしいと思う。
(まあ、仕事人間が急に休みになると何をしていいか分からなくなるようなもんだな)
とは言え、自由を捨て去ることもまたその人の自由な選択の一つなのだから、それが別の誰かの自由を奪わない限りは他人がとやかく言うべきではないだろうが。
「何にせよ、アイリス。無理はするな」
【相手が相手だから確約はできない。無理は必要。けれど、無茶はするつもりはない】
「……まあ、今はそれでよしとするか」
その場凌ぎをせずに率直に言うアイリスに、ティグレーは少々呆れ気味に嘆息した。
そこで一先ず話に区切りがつき、会話が止まる。
おいとまする丁度いい頃合いか。
「じゃあ、そろそろ七星王国に戻ります」
「ああ。なら、賞金稼ぎ協会まで送ろう」
「い、いえ、国王にそこまでして頂く訳には……」
さすがにまずい気がして控え目に断ろうとするが、アイリスに手を取られて止められる。
【ここはお父様の厚意に甘えた方がいい。城を出るまでに面倒に巻き込まれかねない】
そして彼女は、そう作った文字を雄也の目の前に差し出してきた。
「どういうことだ?」
アイリスがそう考える理由がピンと来ず、首を傾げながら尋ねる。すると――。
「オルタネイトの噂はこの国にも届いている」
ティグレーがアイリスに代わって雄也の問いに答え始めた。
「その正体を知れば、その血を取り入れんと画策する者が出かねない。そういう恥知らずがそこらにいる。オルタネイトの相手が、疎ましく思っているアイリスとなれば尚更だ」
自分のことなので即座には受け入れにくい話だが、理解はする。
この世界の常識を遥かに凌駕した存在を取り入れたいと思うのは当然のことだ。交渉が効く相手であれば、の話だが。
「……けど、何でアイリスをそこまで目の敵に?」
「ああ、いや、それは……」
そこでティグレーは急に言葉を濁しながら視線を逸らした。
【身分以上に生命力、魔力共に低いお母様から、それなりに優れた力を持つ私が生まれたことに危機感を持ったんだと思う。私は珍しい事例なのだけれど】
「確かに、最近はそれが主な理由だな」
「最近は?」
「潜在能力が高くとも実際にはそこまで成長しない者は多い。しかし、アイリスが今のような扱いを受けるのは生まれた時からの話だ」
申し訳なさそうに力なく視線を下げて言うティグレー。
「つまり、何か別の理由も?」
「あ、ああ……」
彼は話しにくそうに頷くと、〈テレパス〉で『実はな』と続けた。
隣のアイリスが反応していないところを見るに、〈クローズテレパス〉と思って間違いない。彼女に聞かれたくない類の話のようだ。
『知っての通り、この世界は女神の祝福によって人口が一定に保たれている。そのため、王族が子供を残し易くするために該当種族の子作りをしばらく禁止することがある』
『え、ええ、らしいですね』
唐突な話に疑問を抱きながら、一応同じように〈クローズテレパス〉で返す。
『実力主義故に大抵のことは自由になる国王だが、掟のために番いの相手には少々制限が課せられる。少なくとも正妻には実力者を据えなければならんのだ』
アイリスは珍しい例と言うのなら、やはり経験則的に実力者同士の方が子供の潜在能力は高いようだ。となれば、強者を生み出すことを掟で定められている以上、こと生殖に関しては国王と言えど余り自由が効かないのは仕方のないことかもしれない。
いや、むしろ国王だからこそ、か。
『私はアイリスの母親を愛していたのだが、彼女はその身分と能力の低さから正妻とは認められなかった。妾として傍に置くことしかできなかった』
半端な昼ドラを聞いているようで、どうにも反応に困る。
『は、はあ』
正直、曖昧に相槌を打つことしかできなかった。
『そして、あれは獣人に子作りの制限を布告していた時だ。通常は一ヶ月もすれば妊娠が判明して、その時点で制限を解除するのだが……』
世界に各種族の人口を一定に保つ強制力が働くのなら、確かに一時的に生殖活動を制限すれば確実に子供ができるのは想像に容易い。
魔法があれば妊娠しているかどうかを調べるのも簡単だろうし、一ヶ月という数字は妥当なところか。
『その時は少々長引いてな。二ヶ月程何の兆候もなく、中々制限を解除できなかった』
恐らく比較的寿命などで死ぬ獣人が少なかったりしたのだろう。それによって確率が若干下がっていたに違いない。
しかし、ここまで聞いた限り、この話のオチは――。
『正妻は能力こそ優れていたが、余り私の好みではなくてな。彼女ばかりを二ヶ月も、となると少々飽いてしまって……まあ、そういうことだ』
ばつが悪そうに言うティグレー。想像通りだが、これまた反応に困る。
その件自体についてはこの父親が割と悪い気もするが、そうしていなければアイリスは今この場にいなかっただろう。彼女と出会うこともできなかったに違いない。
(うーん。何と言えばいいものか……)
しかし、正直割合的に言えば、生命力や魔力に乏しい母親からアイリス程の力を持った子供が生まれた、という話の方が影響は大きいと思う。
経験則的に確率は小さいとは言え、身分も能力も低い相手からも優秀な子供が生まれるのであれば、王族という身分そのものが脅かされかねない。潜在能力が高い時点で疎まれていたのだろうと想像できる。
(まあ、ルールを乱した事実が出発点にくっついてるせいで、その罪悪感からそれが一番の理由だと思い込んでるんだろうな、この人。半端に真面目な小心者なのかも)
ルールを乱した件についてはちゃんと自省しているというのであれば、部外者が殊更口を出す必要もない。
そうした行動の結果として今アイリスが隣にいると思えば、責める気にもなれない。
何にせよ、そこで開き直れない辺り、自分には自由が重いと言った所以が見て取れる。
【目の前で内緒話は感じ悪い】
〈クローズテレパス〉での会話が一段落したのを感じ取ってか、そう文字を浮かべて不機嫌そうに頬を微妙に膨らませるアイリス。
まあ、普通に不自然な沈黙から、〈テレパス〉で話をしていたことは即座に見抜くことはできていたに違いない。
とは言え、余り彼女には言い辛い話だ。
当人であるティグレーは特にそうだろう。
「こ、これは男と男の話だ」
慌てた様子で暗に教えないことを宣言する父親に、アイリスは彼に聞いても仕方がないと思ったのかジトッとした目をこちらに向けてくる。
「あ、あはは」
それに対して、雄也は曖昧に笑って誤魔化しながら目を逸らしておいた。迂闊に話してティグレーがアイリスから幻滅されるのも忍びない。
「と、とにかくだ。送っていくから手を取ってくれ」
そして彼は少々強引に話を打ち切って手を差し出してきた。
【分かった】
釈然としない顔をしながらも、アイリスは諦めたように手を伸ばす。そんな彼女に倣って雄也もまたティグレーの手を掴んだ。
「〈テレポート〉」
それとほぼ同時に視界が移り変わり、ポータルルームに転移する。他と違いがほとんどない白い部屋なので分かりにくいが、外の気配から賞金稼ぎ協会のそれだと分かる。
「では、アイリス。元気でな」『ユウヤ。アイリスを頼んだぞ』
アイリスには肉声で、雄也には〈クローズテレパス〉で同時に言葉を残し、そうしてティグレーは再び〈テレポート〉を使用して去っていった。
【ユウヤ。結局何を話してたの?】
「え、いや、ごめん。国王の名誉のために言えない」
にじり寄って睨むように見上げてくるアイリスに、雄也は目を泳がせながら答えた。
「そ、それより、早く帰って次の対策を考えないと」
そうしながら露骨に話を逸らす。
【それは、そうだけれど】
納得がいかなそうにしながらも、今優先すべきことはアイリスも十二分に理解しているため、それ以上の追及はできなかったようだ。
少々卑怯な気もするが、事態は実際それどころではないので仕方がない。
【でも、どうするの?】
意識を完全に切り替えて、真剣な表情と共に問うアイリス。
あの戦いの後からここまで現実逃避気味に考えないようにしてきたが、彼我の戦力差をこれでもかという程に思い知らされたばかりである。
状況はかなり不利だ。
「まずはメルとクリアに、あのアサルトレイダーの力について聞くところからだな」
間違いなく彼女達の改造の成果だろうが、あの一撃は六大英雄にも有効だったようだ。
希望が持てる数少ない要素と言っていい。
「とにかく、何が何でも何とかしないと」
【ん。三日以内に】
事態は逼迫している。焦りは募る。その中で彼らに対抗できる何かを得なければ、今度こそ取り返しがつかないことになりかねない。
戦闘狂の真水棲人パラエナのような存在が現れ始めたのだから。
ドクター・ワイルド達の思惑など無視して行動する可能性も、ないとは言い切れない。
「……帰ろう」
【うん】
そうして雄也とアイリスは頷き合い、改めて己の中の危機感を強く強く意識しながら賞金稼ぎ協会を出て家路を急いだのだった。
***
悪の組織を標榜するエクセリクシス。その拠点において。
「これで四人。残るは二人か」
ワイルドは改めてそう口にしながら、その四人を見回した。
真魔人スケレトス。真龍人ラケルトゥス。真水棲人パラエナ。そして、今回封印から解放した真獣人リュカ。
ラケルトゥスとリュカは別々の方角で離れた位置に微動だにせずに立っており、スケレトスは丁度全員の中間辺り。パラエナは一段高いところにいるワイルドの近く。
彼女はそこで鯱の如く裂けた口を開いた。
「次がコルウスということはあ。ビブロスは最期ってことねえ」
「ああ。事情があって、奴はギリギリまで起こしたくない」
「正直助かるわあ。彼、ちょっと堅苦し過ぎて苦手なのよお」
言葉の通り、嫌そうな顔をするパラエナ。
それに対して、スケレトスとラケルトゥスは不快そうに眉をひそめた。
二人はビブロスよりも彼女の方が苦手なのだろう。
そんな中、一人リュカだけは無表情で何を考えているか分からなかった。
「ところでえ。三日後の話だけれど、私はパスさせて貰っていいかしらあ」
「戦闘狂の貴様が珍しいな」
間延びしたパラエナの言葉に、驚きの表情を浮かべながらてラケルトゥスが言う。
「あの子達の最後の一撃が意外と効いてるみたいで左手の動きが鈍いのよお。戦いはやっぱり万全の状態で楽しみたいじゃなあい?」
「成程、そろそろ多少は緊張感を持って楽しめるレベルになってきたということか」
真面目な顔で頷くスケレトスだが、声に喜色が滲んでいる。
何だかんだと言って、この場の誰もがパラエナを笑えない戦闘狂だ。
「そういう訳だからあ。私の代わりはリュカ、お願いねえ」
離れた位置にいるリュカに近づき、彼女の肩に馴れ馴れしく手を置きながら言うパラエナ。すると、リュカはその手を素早く払い除けた。
「現在の私の主はワイルドだ。貴様が指示を出すな」
「……はあ。貴方もお堅いのよねえ。まあ、ビブロスと違って、その堅苦しさを押しつけてこないからいいけれどお」
やれやれと言わんばかりに肩を竦め、それからパラエナは再び口を開く。
「じゃあ、私は魔力淀みに行ってくるからあ。後のことは任せたわねえ。〈テレポート〉」
そして返事を待たず、いずこかへと転移していった。
「調子が悪かろうと暇があれば修行か。変わらないな」
「だから、俺達は千年眠っていただけなんだから、変わる訳がないだろうに」
「……ああ、そうだな」
苦笑気味のスケレトスの言葉に、ワイルドは少しの間だけ目を瞑り、それから複雑な思いを吐き出すように一つ息を吐いた。
「では、リュカ。パラエナの分まで頼む」
「了解」
パラエナの時とは打って変わって素直に返事をするリュカ。
そんな彼女に頷きながらワイルドは天井を見上げ、さらにその先を透かして見るように睨む。
「一つ一つ積み上げて、必ず貴様のところまで登り詰めてやる。待っているがいい」
そうして口にした言葉には深い深い憎悪の感情が滲み出ていた。






