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第三二話「全ての疑いを晴らして、ミロクが夜な夜なえっちな先生のところに堂々と行けるように、この学院内の連続襲撃犯とおぼしき人を尾行してほしいと?」

 俺を捕縛しようとする風紀委員、チェルシーとの勝負は決した。

 俺の目から見てもチェルシーはかなりの実力者だと思ったが、それでも戦いの駆け引き自体は俺のほうに一日の長がある。

 豪華絢爛なバフ魔術で目くらましをしつつ、本命のトンファーで接近戦に持ち込んで終了。向こうの敗因は、一定以上の距離をキープし続けたら俺に優位を取れるはずなのにそれを維持できなかったことだ。


 チェルシーは、ちょっと引くぐらいにびいびい泣いている。

 複数の魔法陣を展開できるマルチキャスターであり、さらにチョークを使って状況に合わせて自由自在に魔法陣を描きかえられる彼女は、確かにセンスのある魔術師なのだろう。

 だが、それでもなお対応が弱い。

 彼女は、俺のように魔法陣を複数種類あらかじめ用意するタイプの魔術師との戦闘経験がまだまだ浅いと思われた。


 今回俺が切った切り札は、コートの裏地に織り込まれた聖書詩編と、胸に入れている入れ墨の曼荼羅の魔法陣(を血魔術で拡張したもの)である。

 どちらも術式の中心を【瑠璃-マイトレーヤ(メッティヤ/メシア)】で締め上げた乾坤一擲の大魔術。聖体降ろしの奇跡の御業。かつて俺が英雄と呼ばれていたころの奥義である。


 かつては世界最高の付与魔術と言われていたのだから、そうやすやすと止められたら俺も顔が立たないのだが、それならそれで彼女は中途半端な距離で戦うのではなく長距離戦に持ち込むべきだった。

 せっかく近距離・中距離・長距離いずれにも対応できるのだから、そのアドバンテージを活かせないのは"緩んでいる"と言われても仕方ないだろう。


「あー、まあ気にしないで。君も相当すごい。今回は俺が反則してたようなものだ。じゃんけんで言えば、君は必ず後出しじゃんけんできる、俺は最初からグーを三百個ぐらい隠し持ってた、みたいな?」


 自分でもよくわからない口上を述べながら、彼女を慰める。

 いきなり襲われた俺のほうが気を使うなんて変な話だが、でも彼女の悔しさもよくわかる。


「う、ううう、ううううう! 私、真面目に、頑張って、ずっと、三年間、馬鹿にされて、パジャマちゃんって、からかわれて、でもあきらめずに、ずっとこの魔術を鍛え上げて、ちゃんと頑張ったらちゃんと強くなるって、みんなに証明したくて、憧れの先輩から、風紀委員、譲ってもらって、絶対に頑張ってやるって決めて、あんたなんか、ううううう!」


「あー、そうかそうか、大変だったな、うん。わかるわかる」


「だまれ! わかった気になるな!」


 なんだよこいつ。

 いかにも被害者です、みたいな顔でびいびい泣いてるが、人の話も聞かずにそっちのほうから喧嘩を売ってきたんだぜ? しかも今も人の話を聞いちゃいない。

 カチンときたので「おら、はよ立て」と尻をぺしぺし蹴ると、ぴゃあと悲鳴を上げて地面にこけた。

 しかも今度は「蹴った! なんで蹴った!? 蹴ったああああ!」と俺に指をさして泣き出す始末。

 ガキかこいつは。正直うるさい。モモ(メスガキ)といい勝負だ。


「……で、誰が襲撃犯だって? どんな証拠があっての告発だ? というか誰から密告があったんだ?」


「うううううう……」


「うーじゃねえんだよ」


 ぼろぼろに泣き崩れる彼女を無理やり立たせる。

 喋るように何度か促すと、観念したように彼女は口を開いた。


「じょ、状況証拠よ……」


「なんだそれ、推論に依存してるってことか」


「馬鹿言わないで、消去法よ。うう、ぐすっ、普通の生徒は寮室で複数人一緒に寝るの、だから、夜中に怪しい行動をとることはできないはずなの……」


「つまり、俺以外の生徒で怪しい奴は誰一人もいなかったってことだな?」


「……」


 他にも何人かいるみたいだ。

 何だよそれは、と俺は顔をしかめた。気まずそうにした彼女が「……優先順位の問題よ」とか何とかもにょもにょ言ってたが、要するに俺が一番怪しかったから俺に鎌をかけてみたということらしい。

 正直その判断は否めない、俺も客観的に見て自分が一番怪しいことは理解できる。

 突然やってきた入学生で、寮室に帰らずに毎晩どこかに出かけるし、どこから仕入れてきたのか不明な魔物の素材を毎日いろんな先生に届ける――怪しくないはずがない。


 だが、それはそれとして腹は立つ。

 犯人に間違えられてしまうのも頭にくるが、そもそもそんな面倒なことをして回っている犯人の存在も不愉快だ。


「……怪しい奴を片っ端から言え。俺も手伝ってやる」


「……。あんた」


「しばくぞ」


 しばいた。

 途端、せっかく止まっていた目の涙がぶわっと吹き出して、またもやぼろぼろに泣き始めた。

 本当にすぐ泣く女だ。

 チェルシーの肩をつかんで顔を起こし、俺は面と向かって言った。


「心配ない、俺にいい考えがある。並大抵のやつには気付かれないぐらい尾行が上手な、そんな隠密スキルの使い手がいるんだ」






 二二三日目~二三四日目。

 クロエに拝み倒した。

 彼女は物凄く嫌そうな顔をしていた。


「……えっと、つまり? 全ての疑いを晴らして、ミロクが夜な夜なえっちな先生のところに堂々と行けるように、この学院内の連続襲撃犯とおぼしき人を尾行してほしいと?」


「ちょっと語弊がある、俺は学院の秩序のために義侠心から動いているんだ」


 義侠心は大事、そうだろ?


 今度シュナゴゲアの名店スイーツを買ってくることと、チョコレートによく合うポートワインを買ってくることを約束して、何とかクロエの助力をかこつける。

 彼女の目が不潔なものを見るようだったのが記憶に新しい。そんなに女にうつつを抜かすのはよくないことだろうか? 冒険者の流儀にすっかり馴染んでしまった俺には、その辺の感覚がやや麻痺している。

 ともあれ、クロエには俺と一緒に夜中に行動してもらうことになった。


(さて……俺の直感では、本筋はあいつ(・・・)なんだが)


 怪しいとされている人物リストにもう一度目を通す。

 加えて、襲撃犯のさらなる情報を収集するため、学院の掲示板にこっそりと書き込みを行ったり、詳細を検索して情報を精査・取捨選択する。

 大体の予想はついているのだが、裏を取るのは大事なことだ。


 あまり怪しくない人物をクロエと一緒に尾行して監視する――そんな地道な作業がしばらく続いた。






 二三五日目。

 錬金術科のアグラアト先生――彼女こそが被疑者である。

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