三十一話 俺達の冒険は…

ウチに怪我人が増えた。

勿論、その怪我人とはルーの事だ。

彼女にはアートードの親と一緒の部屋で絶対安静の命令を与えている。

が、流石トロール。もうすっかり回復しているらしく、今はニコニコしながらアートードのお肉を摘んでいる。

「……あんまりちょっかい出すなよ？」

それを見た俺は苦笑しつつルーの頭を撫で、部屋を後にした。

そうして、何となしに出た庭先では、プチ男とケロ太が肩を寄せ合いぷるぷると震えていた。

コイツらは最近、互いに慣れてきたようで喧嘩がめっきり少なくなった。実に良い事である。

などと考えながらも、暇だった俺はそのバイブレーションを止めようと二匹を弄くり回していると。

「フフッ、暇そうですね。

やっぱり、その子達と依頼でも受けたら良かったんじゃないですか？」

その姿をコルリスに目撃されてしまい、また彼女からはそう言われた。

「ハハッ、良いんだよ。

皆頑張ってくれたから今日はお休みで。

それに、ルーの怪我の事も少し心配だったからね」

俺はその場に寝転がり、空を見上げた。

するとスライム達が何故か、俺の両頬にくっつき再びぷるぷるとし始めた……冷たくて気持ちが良い。

「私にも一個下さい！」

暫くの間それを眺めていたコルリスだったが。

突然そう言うと俺の横で寝そべり、ついでのようにケロ太を奪い取った。

そうして、彼女もその心地良い冷たさを体感しているらしく満足げな顔をしている……

「……あのさコルリスちゃん。

俺、暇そうに見えた？」

「はい。とっても」

「だよね。まあ、実際その通りなんだけど。

でも、今度のはちょっと違うんだ。

なんか、やりきった感が凄いって言うかさ……」

「あっ！それ私も分かります！

う～んと、なんて言うか……

まだ、今の状況が信じられない……みたいな感じですよね！」

……おお、分かってくれるかコルリスちゃん。

つまりは彼女も決勝戦兼昇格試合を終え、俺と同じように感じていたようだ。

魔物使いとしてはまだまだ始まったばかりではあるのだが、物事に一区切りつくというのはやはり達成感があるものらしい。

それから俺達は、あの時どちらの方が泣きじゃくっていたか、などと他愛もない話をして笑い合った。

「いや、あれは仕方な……」

すると、いつの間にかコルリスの顔が両生類じみたものへと変わっており、俺は心臓が止まりかけた。

「ぎゃああ！」

が……落ち着いてよくよく見ると、アートードの子供が俺達の間に入り込んでいたと言うだけだった。

「……プッ！あはははは！

クボタさん驚き過ぎです！」

どうやら彼女は坊やの存在に気付いたうえで、俺に黙っていたらしい。まるで悪戯っ子のようなその顔が全てを物語っている。

「ヒドいなぁ……ん？」

驚いて上体を起こした俺の目の前には。

いつの間にか、サンディさんとサイロ君がいた。

「いやぁ、すみませんな。

盗み見るつもりはなかったのですが、お二人があまりにも楽しそうにしていたもので声を掛けそびれてしまいました」

「どうもクボタさん。

……何か邪魔しちゃってスイマセンね」

「うわぁ！」

「きゃああ！」

この時、俺とコルリスが同時に叫んだのは驚きではなく、恥ずかしさによるものであった事は秘密だ。

サンディさん達は俺に優勝杯と盾（盾は昇格試合のヤツらしい）を渡しに来たのだった。

どちらも良く言えば可愛らしく、悪くいえばちょっと……ショボい、勝利の証だった。

その後、何のもてなしも無いというのも何だか申し訳なく感じたので二人に茶を勧めると、彼等も快くそれを受け入れたので皆で家へと戻り。

（ちなみにコルリスは赤面して厩舎の方へ走って行ったのでいない）

そしてさあ、あの戦いを振り返ろうというまさにその時。

今度はロフターとトーバスさんまでもがウチを訪れた。聞けばロフターはルーの見舞いに、トーバスさんはその付き添いとしてここに現れたらしい。

「クボタさん！ルーさんの容態は……うっ！

サ、サンディさん……どうも」

家に上がり込もうとしたロフターはサンディさんを見つけた途端にたじろいだ。

まあ、そうなるだろうな。

俺だって自分が負けた相手とばったり出会ってしまったら、そんな反応にもなってしまう。

「おっ！ワガマ……ロフター！

この子もクボタさんと知り合いだったんすね！」

サイロ君はうっかり蔑称を使いかけたが、彼の背後にいるトーバスさんを見て何とか踏み留まったようだ。

「ん？今何か悪口を言われたような……？

……ハッ！そんな事は良いんです！

お邪魔しますよクボタさん！」

「まあ良いけど、治療だからあんまり……って、もう聞いてないな」

「クボタ様、坊っちゃまがすみません。

しかし、ルー様のお顔がどうしても見たいと聞かず」

どたばたと駆けて行くロフターとは真逆の低姿勢で、トーバスさんが俺に謝罪の意を述べた。

「あぁ、気にしないで下さい。

良かったら、トーバスさんも何か飲み物でもいりますか？」

「お気遣いありがとうございます。ですが来客の方もいらっしゃるようですし、すぐに帰らせて頂きますのでその必要は……」

「まあまあ、クボタさんもこう仰っているのだからゆっくりしていけば良い。君も一杯どうだね？」

それは家主である俺のセリフだろう。

と、言いたくなりそうな発言をしたのはサンディさんだ。

それに何故だか、彼はトーバスさんをからかうような目をしている。

「……フッ。ではクボタさん、厚かましいとは存じますが、私も」

「フッフッフ」

そして二人は謎の笑みを交わし、椅子に腰を下ろした。

まあ別に良いけどね。

ハイハイ、それじゃあお茶を用意しないと……

「ぎゃああああー！」

とその時、ロフターの叫び声が聞こえた。

あ……しまった、忘れてた。

絶対アイツ、アートードにビックリしたんだろうな。今は確かルーと一緒にいたから……

しかし、それを聞いても尚二人は、サイロ君を交えて談笑している。

そこからも分かるように、誰一人として動く気配はない……あれ？

ロフターの介抱も俺がやらないといけないのか？

……こうして、俺の家には一時だけではあるが。

看病しなければならない者がまた一人、増えた。

トーバスさんとサンディさんは友人の間柄だったらしい。

そうなると、サンディVSロフターの際、トーバスさんの姿が見えなかったのは何か目論見があっての事だったのかも知れない。

まあ良い。よそ様の教育方針に口出しするつもりは無いのだから、俺がこれ以上気にしても仕方あるまい。それに、ちょっと疲れたし。

そんな俺は、溶けたようにぐったりとした姿勢で椅子にもたれ掛かっていた。

あのまま失神してしまったロフターの様子を見ながら、三人をもてなしていたのでクタクタになっているのだ。

「クボタさん……サンディさん達、帰りました？」

すると、あの時何処かへと走り去って行ったはずのコルリスが、弱々しい声を発しながら戻って来た……が、その顔はまだ赤みがかっている。

「うん、それどころか、ロフターとトーバスさんまで来てたよ。皆さっき帰ったけど」

「そ、そうですか。

大変、だったみたいですね……

ごめんなさい。今まで隠れてて……」

「別に良いよ。

こんな風にはしてるけど、別に大した事はしてないからね」

「にしても、今日はお客さんいっぱい来たんですね」

「本当にね、昨日の事もあるんだろうけど、まさか知り合いがほぼ全員訪ねて来るとは思わなかったよ」

「あら？一人忘れてるじゃない？

クボタさんって酷い人なのね、傷付いたわ」

とは言っているものの、そこまで傷付いていなさそうなジェリアの声が、病室代わりの部屋から突如として聞こえてきた。

「アンタ、頑張ったわね」

そんなジェリアは呟きながら、ルーの髪をくるくると弄んでいた。

一方、されるがままのルーはまたまたニッコニコだ。彼女は番犬……いや、番トロールとしての適性がゼロかマイナスであろう事が非常によく分かるワンシーンである。

「あれ？ジェリアちゃんもいたんですね」

「おい嘘だろ……？いつ入ったんだ……？」

「バタバタしてたみたいだったから、勝手に上がらせてもらったの」

「な！？当たり前みたいに」

「ねえ、クボタさん…………ありがとう。

素敵だったわよ……まあ、私のためにやったワケじゃないのは勿論知っているけどね」

ジェリアは俺の言葉を無視してそう言うが、後半は声が小さ過ぎて聞き取る事が出来なかった。

「え、何？

ごめん。よく聞こえなかった」

「何でもないわ……フゥ、さあクボタさん！

昇格試合も済んだ事だし、早速Fランクの依頼を受けるわよ！」

そして、ジェリアは呼吸を整えるように息を一つ吐き出すと。

俺へと向き直り、またとんでもない発言をした。

「えっ！？何で知ってるの！？

あれが昇格試合だったのは秘密にしてたはず……」

「いやいや、〝ソレ〟があればすぐ分かりますよ」

驚く俺の横で、コルリスは優勝盾（昇格盾？）を指差す……ああなるほど、それもそうか。

「……ボソッ（て言うか、私はサンディさんと戦ったんだから、あれが昇格試合だったって知らないワケないじゃない）

まあ、それはそういう事で良いわ。

それじゃ……さ！早く準備して！」

「……えっ！？嘘でしょ！？

今から！？」

それから暫くの間、クボタ家周辺には。

『行くの！』『行かない！』と、押し問答をする二人の声が響き渡っていた事だろう。

今日休みにしたのは失敗だったようだ。

「俺達の冒険は、まだまだ続く！！」

「何を言ってるんだ？」

「だって、クボタさん達良い感じに締めなかったんだもん。て言うか、僕も話したかったんだけどなぁ……」

「お前のそのポリシーとやらを捨てて、今から会いに行けば良いだろう」

「それはダメなの！」

「ハァ、相変わらず妙な所で頑固な奴だ」

一章 ～雑魚魔物使い～ 終わり