二十七話 蛇の道は袋小路
No.19 ツインヘッドボア
魔獣類シシナシクンピラ科
これはカムラ地方に存在する蛇型の魔物の一つ、ツインヘッドボアという名の魔物だ。
前回紹介したダブルヘッドボアの異称ではなく、近縁種だから気を付けて欲しい。
でも、見分けるのはとっても簡単だ。
頭が両端に付いてる方がダブルで、鈴生りに二つの頭が付いてるのがツインだからな。
文字だけ読んで覚えると間違える人が多いので、実際に見てみる事をオススメするぞ。
それと大きさだが、全長は5m、体重は500kgと、ダブルと全く同じくらいのサイズである。
あ、そうそう。
一つ言い忘れていたが……
皆さんの世界にいるアナコンダのような大型の蛇とコイツらとを比較すると、全長は前者に劣っているにも関わらず体重がそれの倍程もある……と、言う事に気付いた方もいるかも知れないが。
それは、コイツらの胴が極太であるからだ。
正確に測られた記録は無さそうだが、成体は俺の胴体くらいあると思われるくらいだからな。
とまあ、コイツはこんな感じの魔物なのだ……以上。
実は、コイツの頭同士が仲違いしている所はまだ発見されておらず、ダブルヘッドボアよりも考察、記述できる事柄が少ないのだ。
まあ、悪く言えば、アイツよりもツインヘッドボアは面白みに欠ける魔物って事だな。
ただし、近年ツインとダブルとの自然交雑が確認されたらしいので、そのうちにトリプルヘッドボアとかいうインパクト重視な魔物が誕生する可能性は高い。
(まあ、生息区域がほぼ同じなのだから、自然交雑はそこまで驚くべき事実というワケでも無いのだが)
物足りなかった諸君はそれに期待していてくれ。
観戦後、俺達はすぐに行動を開始した。
昼食を取ったその足で酒場へと赴き。
アルバイトっぽい、真面目そうな女の子が几帳面に壁へと貼り付けていた依頼書の中から、手頃なものをひっぺがし。
すると涙目になった彼女に詫び。
次に、これにも粘着しようとしたサイロ君を傷付けること無く追い返し。
そして今は、既にカムラ地方で討伐依頼のあった魔物の索敵を行っている……どうだ、我ながら稀に見る迅速さだろう?
一応言っておくと、この行動力は敗北への恐れが燃料になっているのではない。
ただ単に、最近練習ばかりで実戦をしていなかったから決勝戦の前に勘を取り戻しておこう……と、そう言うワケなのだ。
まあ、それはさておき。
今回の討伐対象はツインヘッドボア。
言わずもがなの事だがコイツは蛇の魔物だ。
最近、人里近辺に奥地での縄張り争いに敗れたのであろう若い個体数匹が現れるらしく、これを倒して欲しいのだそうだ。
しかし、まーた人里に魔物か。
少し前にアートードの討伐依頼もあったよな?
全く、近頃はどうなっているんだ……と、思うかも知れないが。
むしろアートードは被害者で、黒幕はそれを食すために追い駆け回していたツインヘッドボアだったらしいのだ。
だからまあ、可哀想なカエル君達を責めないであげて欲しい……俺からのお願いだ。
ちなみに言うと、コイツはアートードよりも格上なので、本来ならばこの依頼はFランク以上の魔物使いしか受けられないのだが。
しかし、未成熟の個体だと言う事で、俺達でも受諾出来たようだ。
「にしても、今度はツインか。
ダブルヘッドボアとは何が違うのかな?」
歩き疲れたがやる気はまだ残っている。
そこで、アバターの選択画面のように立ったままぐるぐると回転して索敵を行なっていた俺へと。
「クボタさんも見れば分かりますよ~」
コルリスは酒場で情報収集していた時、嫌と言う程聞いたその台詞と全く同じものを口にした。
「なっ!?……またソレ!?
ねえ、酒場でも聞いたんだけど、何で皆ソレしか言わないの!?」
「その方が早いから、でしょうね!」
だが、彼女はそう言って微笑むばかり。
まさか……コルリスもグルなのか?
そうやって皆、何も知らない俺の事をバカにしてるのか?
こちとら予備知識も無いから大変なんだぞ……?
とにかく、そう言った事は止めて欲しいんだが……
すると、そのように思い悶々としていた俺の元に突然。
偵察部隊に任命したはずのプチ男とケロ太が、びたんびたんと妙な足音を鳴らながら戻って来た。
「ん?お前達どうした?」
俺とこのぷるぷる生命体との間には、コミュニケーションツールが介在していない。
が。この世界に来てから最も長く付き合ってきた生物なので何と無くは分かる。三匹は少々慌てているようだ。
……ん?三匹?
そう言えばもう一匹、カエルみたいなのがいるような……?
「……あれ、アートードいるじゃん?
お前らどっから連れて来たんだ?」
どうやらあの足音……質の悪いバスケットボールが跳ねるようなあの音は。
今何故か俺の目の前にいる、子供のアートードによるものだったようだ。
「まだ子供ですね、キモ可愛いです!!」
「そうかな?可愛くはな……いっ!?」
だが、まだ話していた俺を無視して、突然にもミニアートードが俺の服を。
そしてスライムズはルーを掴み、ぐいぐいと引っ張り始めた。
「ご、ごめんって!可愛い!可愛いから!」
俺はミニアートードへとすぐに謝罪したが、それでも子蝦蟇の勢いが止まる事は無かった。
と言うかコイツ、別に怒ってるワケでは無さそうだ。
それにどちらかと言えばこの行動は、俺とルーを何処かに連れて行く事を目的としているような……??
そう思った俺が、彼等に引かれるがまま歩き出すと……その先にあった草藪の奥からは、何かが争うような物音が聞こえてきた。
もしやコイツら、ヤバそうな魔物と出会ったからって、保護者である俺を召喚しようとしているのか?
止めてくれ、魔物相手じゃ俺の戦闘能力など皆無に等しいんだぞ……?
……まあ良い。
逃げるかどうかを決めるためにも、まずは敵の情報を集めなければ。
俺は息を潜めて様子を窺……おうとしたが。
そんな暇は無かった。
潜伏するため屈もうとした俺とルーの背中を、ミニアートードが前方へと思い切り突き飛ばしたのだ。
そうして、渦中に放り込まる事となった俺達は、急いで周囲を見回す。
すると、そこには……
三匹の巨大な蛇型魔物と、それに立ち向かう傷だらけの大きなアートードの姿があった。
それを見た瞬間、事の次第がすぐに分かった。
と、言うワケですまないが、説明は省かせてもらう。そんな暇も無いのだからな。
「おいお前!お前は、親を助けて欲しかったんだな!?」
そう言うと、ミニアートードは。
返事の代わりに親だろう蝦蟇へと向けて、両生類とは思えない程悲しみのこもった声を上げる……
それを聞いた俺は、その叫びを肯定と捉えた。
「良し、頼むぞルー!それにお前らもだ!
全員で行くぞ!!あのアートードを助けるんだ!!」
俺の号令を受け、一匹の蛇にルーが飛び掛かった。続いてもう一匹に、プチ男とケロ太が立ち向かう。
そして最後に残った一匹の相手は……勢いに身を任せ、死にかけたアートードの前に躍り出てしまったこの俺だ。
あーあ、やってしまった……とは思いつつも。
そこまで後悔はしていない。
あの坊やの叫びを聞いて、動かない俺など俺では無い……何だか、そんな気がするからな。
まあそう言うワケだから、退く気など毛頭無い。
今は目の前の相手に集中するとしよう。
相手は蛇の魔物、これは、頭が鈴生りに二つ付いているから……ああ、なるほど。
これこそがツインヘッドボアだ。
恐らく、いやきっと、それで間違い無いだろう。
そして、そのツインヘッドボアはと言うと、『新手だか何だか知らんが、腹の足しになれば構わん』とでも言いたげな様子でゆっくりと首を動かし、俺に照準を合わせた。
……正直に言うと。
先程までの威勢は何処へやら、この時点で俺は漏らしそうになっていたのだが。
だかそれでも、どうにか尿意を抑えて深呼吸を行い。次に、左脚を一歩踏み出して両の拳を握り締め、身構えた。
とは言え、ここからどうする?
まずパンチは止めておこう、出した瞬間、噛まれそうだし……んな事考えてると、ますます弱気になるし……毒とか持ってるのかな?
いや!もう考えちゃダメだ!
ダメダメダメダメ…………
「クボタさん!」
コルリスが叫んだのは、痺れを切らしたツインヘッドボアが俺に噛み付こうとしたのを伝えるためだった。
それを見た俺は思わず、反射的に左のジャブを出してしまったのだが……ビビって途中で止めてしまったので、それはまるでフェイントを掛けたかのような形となった。
すると。
思わぬ反撃に驚いたらしき蛇が、顔を引っ込めた。
……もう、やるしかない!!
俺は覚悟を決め、咄嗟に出したフェイントの動きをそのまま利用し、攻撃を開始した。
まずは左腕を下げた勢いで右ストレートを放ち。
それと同時に、前へと出しておいた右脚を軸にした左の上段蹴りを続け様に繰り出す……と。
俺の技を受けた蛇は、鈴蘭の花のように首を垂らした。
が……倒すまでには至らなかったようだ。
まあ、当然と言えばそうだが。
しかし、再びそれが持ち上がろうかと言うまさにその時。
突如として、この戦いに参戦して来たルーの強烈な飛び蹴りが、ツインヘッドボアへと突き刺さるのを見た。
「えっ、ルー!?
そっちは大丈夫な……の……」
驚いた俺は、彼女の元いた方向を見遣る。
すると……なるほどよく分かった。
気が付けば、いつの間にか俺以外の戦いには既に決着がついていたようだ。
二匹の蛇は一方が完全に伸びていて、もう一方はと言うと泡を吹いて倒れている。
恐らくだが一体はルーにぶちのめされ、もう一体はスライム達によって気道を塞がれたのだろう。
そして、数秒後には。
ルーの手によって、戦闘不能となったツインヘッドボアは三匹となった。
「ハァ、ハァ…………あ」
その瞬間、腰が抜けた。
それは多分、戦いが終わったのだと言う事を知り、緊張の糸が切れてしまったからなのかもしれない。
とにかく、助かった。
あのまま俺が戦っていたらと思うとゾッとする。
今の戦闘に比べたら、人間相手のキックボクシングなど児戯に等しいと言っても過言では無いのだから。
……と言う事は、つまりだ。
魔物相手にこうして戦い続けていれば、いずれはチャンピオンどころか人類最強となるのも、片手間で出来てしまうのではないだろうか……??
ただし、命が幾つあっても足りはしないだろうが。
「……ごめん、誰か起こしてもらえないかな?」
「頑張りましたね、クボタさん。
けど私、今でも信じられないです。
目の前で起きた出来事が……」
「大丈夫、俺もだよ。
……そうだ!!アートードは!?」
俺のその一言により、一同は真っ先にやらねばならない事を思い出したようだ。
そうして、親のアートードは無事に治療を施され。
だがしかし、俺を介抱すると言う作業は一番最後に回されてしまうのだった。
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