二十話 全く知らない〝キミ〟の事
今日の試合も無事、勝利を収める事が出来た。
相手は小さめのアートードだった。
そして、それに挑んだのはプチ男である。
コイツも成長しているらしく、なかなか良い勝負をしてくれた。
特に、最後のアレは見事だったなぁ……良し。
では、今から簡単にだが話していくとしよう。
試合の終盤、アートードは思わぬ相手に苦戦し焦ったらしく、まだピンピンしているプチスライムを丸呑みにしようと口を広げて襲い掛かった……
が、それが運の尽きだった。
そう来ると読んでいたプチ男が、体を限界まで引き伸ばして敵の口周りに張り付いたのだ。
そして、そうなった捕食者は酸素を求めて水かきの付いた手をバタつかせる事しか出来ず、最後にはそのまま悶絶してしまったのである……
と、まあそんな具合だ。
分かってもらえたかな?
……まあそれは良いとして。
次の試合は準々決勝だ。
前回の倍以上の出場者がいる中で、そのベスト4を決める戦いなんて緊張するなという方が難しい。
だが、弱気になっている暇など無い。
むしろ俺だけでも、『必ず優勝するぞ!』という、ちょっと暑苦しいくらいの気概でいようと思う。
そうしなければ、一生懸命に戦ってくれているルーとプチ男に失礼だからな。
ちなみに、客入りの方も前回の倍以上だった。
Gランクで開かれるものではかなり大きな大会という事もあってか、客席は二回戦でも2、3割程が埋まっていたのだ。
ただコルリス先生の予想によれば、『プチスライムとか出してくるクセにベスト8まで残ってる奴』が話題になっているらしく、ソイツを見るため今後更に増える可能性が高いという。
……そんな、まさかぁ。
だってソレ、俺の事じゃん?
でもそう言ってしまうと、二匹の頑張りを否定してるようだし……まあ、あくまでコルリスの予想だから、ここはテキトーに受け止めておくか。
……と、思っていたのだが。
試合直後の俺達に接触してきた人物も、彼女と似たような意見を持っていたようで。
どうやら彼女は、俺をヨイショしようと口から出まかせを言っていたワケでは無かったという事が判明したのである。
まあ、その話はあまり長々とすると小っ恥ずかしくなるのでこの辺にして……ここからは、その接触して来た人物について話そうと思う。
それはキングさんだ。
何とこの人、俺が件の『妙なスライム』を仲間にしたという情報を何処からか聞きつけて来たらしく、出来れば実物を見せて欲しいのだそうだ。
まあ、彼の要望自体は一向に構わない、が……
だがその事はまだ、身内以外ではジェリアしか知らないはず……一体この人は、どうやってそれを知ったのだろうか?
全く、本当にこの人の情報網と、そしてスライムへの情熱には畏れすら覚えてしまいそうになるな……特に、後者には。
まあとにかく。
そんなワケで試合が終わった俺達は、これからキングさんも交えて家で元UMAガエルの見学会を行う予定なのだ。
勝手に目玉展示物にしたカエルよ、すまない。
『お前の謎は解き明かされるべきだ!』と叫ぶ俺の中の好奇心が、キングさんの申し出を受けた自身を快諾させてしまったのだ。
どうか、どうか許して欲しい……
そうして始まった見学会は大盛況(?)で、それをたった一人で盛り上げているキングさんはと言うと……
何と驚くべき事に、かれこれ一時間は展示品を眺め続けている。
そう……さっきからずうっと、穴が開く程見つめているのだ。
文字通り、いやそれどころか本当に、元カエルに穴が空いてしまわないか心配になってきた。
彼のため用意した紅茶も、飲んでもらえぬ事が不満であるかの如く冷ややかな態度……いや温度となってしまった。いやはや全くもって、とんでもない集中力だ。
(ちなみに……この紅茶には、マンドラゴラの生葉が使われている。来客用のちょっと高いやつなんだぞ)
ただ……その探究心自体は素晴らしいと思うのだが、主催者側の俺達は黙って見ている事しか出来ないため、少々退屈である。
プチ男が元カエルと隙あらば喧嘩しようとするので今現在はルーと二匹で外に出しているが、正直に言えばアイツらが羨ましい。
と、そのように、俺はこの見学会を開いた事を少しばかり後悔していた……最早、謎の解明すらもどうでも良いと思える程に。
「いやぁ、長々とすみませんでしたな。
お陰様で大変満足出来ました」
だが、止まない雨は無いとはよく言ったものである。やっとテーブルの方にキングさんが戻って来た。
はぁ、漸く終わったか……とは思いつつも。
終わった所で、今からこの人と何を話せば良いのか分からない自分がいる事にもたった今気が付いた。
やっぱり、スライム関連の話が良いだろうか?
この人にとっては鉄板ネタみたいなものだろうし。
「それで、あのスライムの事なんですが……」
どうやら、そこまで悩む必要は無かったらしい。
そんな風に悩んでいた俺よりも先に、キングさんが口を開いた。
「あれは新種です。間違いありません」
そして、唐突にもキングさんは言った。
ほう…………マジか!
「マジ……本当ですか!?」
「えぇ、体内に強い魔力を溜め込んでいる非常に珍しいスライムです。クボタさんが見たという姿も恐らくはそれによるものでしょう」
「へぇ、僕はてっきり、アートードとかを食べ過ぎてあんな姿になっていたのかと」
「いえ、その可能性は……おや」
すると、噂をすれば影とやら……
そこで急に、元UMAガエルが体を震わせたかと思うと、とうとう本来の姿を俺以外の皆に初披露した。
「あっ!ク、クボタさんアレ!」
それを見たコルリスが慌て始める。
そうだ、そうなるだろう?やっと信じてくれたか。
「いや、俺は見た事あるし。
ほら、嘘じゃなかったじゃん?」
「あっ、いやでも……あの時は流石に……」
「まあまあ、お二人共。
それでクボタさん、貴方が見たというのはこの姿の事ですよね?」
「ええ、そうです。
さっきも言いましたが、これを見て僕は似たような魔物……アートードを主食にしていたスライムなのかなぁ、って思ったんですけど」
「確かに私は講座で、貴方達に『体内に溜まった物質が飽和状態になるとスライム達の肉体に影響を及ぼし、進化を促がすのだろう』との仮説をお教えしましたが……今回クボタさんの言う、その可能性は非常に低いと言えるでしょう。
野生でアートードに勝利し、それを捕食出来るプチスライムなどまずいませんし、この見た目もアートードとは少し違うと思いませんか?」
なるほど確かに、そう言われればその通りだ。
まずそもそもとして、このカエルはよくよく見ればトードとかガマガエルと言うよりも、どちらかと言えばアマガエルに近い見た目をしている。
「理由までは分かりませんが、恐らく自らの意思で魔力を使い、この姿に変化しているのでしょう。
……いえ、もしかすると。
〝この姿にしかなれない〟のかも知れません」
キングさんは顎に手を当ててそう言った。
ふむ……分からないのだとしても、だがどうしても気になってしまう。
コイツは何故、このような姿になるのだろうか?
謎は深まるばかりだ……
「ところでクボタさん、それよりも重要な話があるのですが……」
と、そこで突然、興奮した様子のキングさんに両肩を掴まれた。
新種だと言う事以上の、何か重大な事実でも発覚してしまったのか……!?俺は唾を呑み込む。
「……名前!名前はどうするんですかクボタさん!?第一発見者である貴方には、このスライムに名前を付ける権利があるんですよ!」
あれ……全然違った。
まあ、テンションが上がる事自体は分からんでもないが。
「あ……あぁ、そうなんですね。
全く考えてませんでした。どうしよっかな……」
「せっかくだから『クボタスライム』にしましょうよ!」
「おお!それは良い!」
だが俺が悩んでいるというのに、コルリスとキングさんは勝手に意気投合し。
尚且つ、このスライムを物凄くダサい名前にしようとしている。
そんな名前にするワケないだろう。
と言うか、絶対にさせない。何が何でもだ。
「……却下で」
そして、その後も二人はヘンな名前を提案し続けたのだが。
俺がその度に拒絶するので、『じゃあもうクボタさんが決めれば良いじゃないですか』という所に落ち着いたのであった。
いや、元々その予定だったんだけど……
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