番外編 牧場帰りのクボタメモ
ジェリアは機嫌を直してくれたようだ。
その証拠に隣の部屋からは、食器の触れ合う音と共に女子達の騒ぐ声が聞こえてくる。
俺は今日、牧場で出会った魔物達の事を忘れないうちに書き残しておきたかったので、少し前に部屋へと退散させてもらった。
だが、まずは肘置き代わりにプチ男を机の上に置いてと……良し、これで完璧だ。
それでは始めるとしよう。
No.13 コカドリ
魔鳥類ヘビドリ科
体長が70cmで体重4kgのこの魔物は、ほぼ普通のニワトリである。
特徴と言えば名前からも何となく分かる通り、ヘビのような尻尾が付いている事くらいだろう。逆に言えばそれ以外はやっぱり普通のニワトリだが。
しかし、コイツは成長するとコカドリスという強力な魔物になるのだ。だから舐めてはいけない。
そう、成長すれば強力な魔物となる……それは紛れもない事実ではあるのだが。
しかしもう一つの事実を聞けば、前者の情報が悲しみで染められてしまう事だろう。
……それではお教えしよう。
〝コイツはその殆どが食肉用の家畜であるため、そこまで成長させる畜産業者、もとい魔物使いはいない〟のだ。
悲しい、なんて悲しいんだ。
ついでに言っておくと、一般人の中でもコカドリをコカドリスまで育てる者はごく稀、都市伝説レベルだと言われている。
その理由としては、コカドリスにまで成長させた所で餌代が嵩むだけであり、食肉としても大味でそれを喜ぶ消費者はおらず。
しかも性格は凶暴で、加えて知能もそこまで高くないため怪我をさせられる恐れまである……という、我々人間サイドからすれば、デメリットの塊みたいな存在になってしまうからなのである。
まあ、もっともな理由だとは思うが……だがそれでも思う、人間とは傲慢な生物だとな。
……とにかく、そう言うワケなのでコカドリスについての正確な情報は分からずじまいであり、今の所生息地も不明のままだ。
(まあ恐らくではあるが、それはユニタウルスと同じく現存しているコカドリも、人間の管理下にあるものしかいないからなのだと推測出来るが……)
なので、俺がコカドリスについて唯一知っている事と言えば。
コカドリスとコカドリは昔『コカトリス』と一括りにして呼ばれていたが、農畜産業に従事する者達が未成熟のものを『コカドリ』と呼び始めた事がきっかけで、成体であるコカトリスもいつしか訛って『コカドリス』と呼ばれるようになった……とか言う、雑学くらいである。
ちなみにこのコカドリ。先祖代々家畜としての人生……いや鳥生が長いためか、近くにユニタウルスがいて、尚且つそれが興奮状態にある時。
尻尾を頭より高くし、角のように見せてユニタウルスに擬態(?)する事で、攻撃される可能性を少しでも低くしようとする習性があるのだと言う。
ところがこの擬態、全くと言って良い程意味が無いらしい。
そもそも興奮したユニタウルスなんて魔物使いでも扱いに困る代物なのだ。
むしろ、そんな状態のユニタウルスに尻を向ける彼等は真っ先に一本角の餌食となってしまう……
俺はこの習性を知った時、コカドリのこのちょっと足りない所というか、バカっぽい所が非常に好きになった。
だから、鶏肉を食べるのはしばらく控えようと思……いや、それでは売り上げが落ちてコイツらの居場所がなくなってしまうかもしれない。
じゃあやっぱり、もっといっぱい食べる事と改めさせてもらう。
良し、コカドリについてはこのくらいでいいや。
お次は……
No.14 先遣隊ゴブリン
魔人類オニビト科
身長は180cm~2m、体重は120~170kgだ。
プロレスラーとかを想像してくれれば良い。この魔物はあの人達とだいたい同じくらいなのだ。
最初に言っておきたい。
コイツは普通のゴブリンとはワケが違う。
名前の頭に『先遣隊』と付けられ、同種とは分けて分類されているのは伊達では無いのだ。
まず、デカい。
身長は普通のと比べて約1.5倍、体重は約2倍もの差がある。牧場で最初見た時、俺はチビりそうになった。
そして戦闘能力も非常に高い。戦い慣れた個体が二、三匹もいれば、相手があのギガントトロールだろうと間違いなく苦戦する事だろう。
また性格は残忍で好戦的……とあるが。
群れ及び仲間と認めた者には柔和な態度で接すると言う。
だから敵にすれば恐ろしく、味方にすれば心強いこの魔物は、後者にとっては英雄のような存在であるのだ。
……おっと、今『英雄のような』と書いたがこれは間違いだ。彼等は本物の英雄である。
ゴブリンは街や村の近辺で人間達と共存している者と、群れを作り(ただし、単体で生活している者もいる事にはいる)野に生きる者達の二種類に分けられ、先遣隊ゴブリンは後者に属している。
ゴブリンにはこれと言った生息地は無い。
何故ならば彼等は非力な個体も多く、にも関わらず雑食で食べる量も多い。
なので一箇所に留まってばかりいれば、食料の枯渇や捕食者に居場所が特定されてしまう等の理由で群れはたちまち全滅してしまうだろう。
そこで一月に一度程、全員で大移動を行うのだが、その時に先陣を切る者達が文字通り先遣隊ゴブリンと呼ばれるのだ。
先遣隊のゴブリンは身を盾にして仲間を守りながら未開の地を進み、敵と戦う事が仕事だ。
その代わりとして群れの仲間からは英雄視され、食物の分け前も一番多い。
そしてそんな彼等はどうやって産まれ、どうやって他のゴブリンよりも大きく育つのかが気になる所だが……それは恐らく、彼等が世襲制度をとっているからだろう。
強靭な肉体と先遣隊という役職が脈々と受け継がれているお陰で、今もゴブリン達は過酷な生存競争に勝ち残り続けているのだ。
……ふむ。改めて書き起こしたものを読んでみると、かなり強力な魔物である事が分かるな。
あ……強力で思い出した。
コカドリスとコイツとが戦ったら、どっちが勝つんだろう?
と言うかそれも気になるが、一番気になるのはその先遣隊ゴブリンがサンディさんの牧場で働いている事だ。
この魔物の性格からも分かるように、ただ単に餌で釣るような方法だけでは仲間にするのは難しいはず……もしや実力で捩じ伏せたか?
だとすると……サンディさんって実は、結構凄腕の魔物使いなのかもしれない。
「クボタさん、何してるの?」
その時、静かなはずである俺の寝室に無駄に艶やかな声が響いた。
「あ、ジェリアちゃん。
今日、牧場で出会った魔物について書き残してるんだ、ただでさえ俺分かんない事多いからさ」
「へぇ、真面目ねぇ……それとも。
私をほったらかして行った牧場が、そんなに楽しかったのかしら?」
「ご、ごめんって!それは本当に悪いと思ってるよ……もしかして、まだ怒ってる?」
「ちょっとだけね。でも、今から言う二つのお願いを聞いてくれたら許してあげるわ。
まず、貴方が肘を置いてるモノをこっちに渡して」
「あ、ハイ」
そう言われて、俺はぷるぷるの肘置きをジェリアに差し出した。
「よろしい。あと一つは……」
「…………なんか面白そうだな。勿論良いよ」
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