百三十八話 VSキングさん! その7
簡単なあらすじ『「プチスライムでも分かる戦闘講座」スタートです!……あれ、今試合中だったような……』
突如として始まった「プチスライムでも分かる戦闘講座」。俺はその講座の先生が喋り過ぎなせいですっかり指示役の立場を失い、まるで右も左も分からぬ新任教師のようにひたすらに立ち尽くしていた。
だが、生徒達の動きは様になりつつある。
事実、プチ男とケロ太は例の投げ技を応用した動作を攻撃のために用い、前後にそれを繰り返した後に最後は前方に向けてそれを放つ事でかなり速度ある体当たりを習得していた。
……彼等がこの短期間で物凄い成長を遂げているのは一目瞭然である。
「そう!そうです!
さあ、次は私に向けてやってみなさい!
ただし、全力で!!」
すると、キングさんは動きを止めてそのように言った。
彼は間違いなく、まもなく自分自身に解き放たれるであろう二匹の最大出力の攻撃を受け止めるつもりだ。
随分と度胸、いや自信だろうか?
それがあるんだな……というか、それはもう試合とは呼べないのではないだろうか?
相手の攻撃をわざと受けるだなんて……
とは思いつつも、プチ男、ケロ太が次に放つのは今まで見た事もない威力の攻撃であろう事は間違い無さそうであり、それに興味があった俺はひとまず今は静観している事とした。
「そうですそうです!!
後もう少し踏ん張りなさい!!」
前後に伸縮を繰り返し、その場で激しく揺れる二匹のプチスライムを前にしたキングさんは彼等にそう声を掛ける。
二匹の『揺れ』。その速度は先程までとは比べ物にならない程速く、今はもう『ミキサーの中で暴れ狂う林檎』くらいになっていると言えるだろう。
最早目では捉え切れない。
……こんなものを喰らっては流石のキングさんも少しヤバいんじゃないだろうか?
「もう少し!もう少しですよ!」
いや、そうでもなさそうだ。
その場でぷるんぷるんと揺れて動いている彼は、今から来る攻撃が楽しみで仕方がない。そんな風に見える。
……そして遂に、その時は訪れた。
「今ですっ!!」
今二つの閃光が会場を駆け抜ける……
一瞬、電車か何かが走り去る時に起こすような風を感じたかと思えば、その直後に物体が激しく衝突するような音が聞こえた。
その際、風に驚き目を閉じていた俺がそれをこじ開けると……その時にはもう、辺りは一面の砂埃に包まれていたのだった。
攻撃が終わったか……
こんな風、こんな衝撃、今までのアイツらの攻撃では絶対に起こる事は無かった。過言では無く、これはアイツら史上最高の威力を誇る攻撃であったはずだ。
そんなものを受け止めたキングさんはどうなったろうか?プチ男は、ケロ太は、大丈夫だろうか……?
そして、試合は…………?
俺は砂塵を手で払いながらスライム達へと歩み寄って行った……
「いやはや、素晴らしい!!」
すると、彼等のいたであろう場所から、先程までよりも随分とキレのある、ぷるっとした動きのキングさんが飛び出してきた。
余程興奮しているのだろうか。
というか、アレを喰らってもまだこの人はピンピンしているのか……
とにかく、俺はそんな彼に話しかけ……ようとしていたらキングさんの方から俺に話し掛けてきた。
「クボタさん、よくここまで魔物達を育て上げましたね!今のは流石の私でも驚きましたぞ!
本当に大したものです!これならば……あれ?クボタさん?クボタさ〜ん?」
だが、答える余裕など無かった。
彼の近くに横たわる、二匹のプチスライムが俺の目には映っていたのだから……
「プチ男!!ケロ太!!」
俺は二匹に駆け寄った。
普段まんまるでいるはずな彼等のその形状は今は崩れており、かつ砂に塗れている。
今だけはまるで砂山のようだ。
しかもずっと動かずにいるので余計そう見える。全ての力を使い果たしたのだろうか……
だが当然、その使い果たした力と言うものの中には、命までは入っていないはずだろう?
だから目を覚ましてくれ。この声に応えてくれ。
俺は必死に二匹の名を呼び続けた。
「おい!起きろプチ男!
お前あんなので終わるタマじゃないだろ?なあ!!
ケロ太!目を覚ませよ!
お前は良い子だから俺の言う事ちゃんと聞いてくれるよな?そうだよな?」
しかし、彼等がそれに応える事は無かった。
プチスライムであるせいで脈を測る事も出来ず、俺の中には焦りばかりが募ってゆく……
「あ、あの〜、クボタさん?
あの〜……」
その時、キングさんの声が耳に届いてきた。
というか多分、雰囲気から察するに彼は先程から何度か俺に話しかけていたようだ……が、俺がその呼び掛けに反応出来るほどの余裕が無かったせいで聞き逃していたのだろう。
それを聞き、無言でキングさんに目を向けた。
彼は俺の肩に手を置く。彼が『人間形態』に戻っていた事にも気が付かない程、俺は焦燥していたようだ。
「クボタさん。私からは一切攻撃していないので心配要りませんよ。恐らく、自分達の放った技の反動で気を失っているだけでしょうから」
「…………
そう、ですか……」
「……貴方と、そして彼等には謝罪しなくてはならないようですね。
私とした事がつい興奮してしまい、彼等に無茶をさせてしまいました……申し訳ない」
現在の心境的にどうしても、『そうですか』としか言えずにいた俺にキングさんは謝罪する。
彼が興奮していたのは間違い無いだろうが、それについては謝罪されたのだし、これは試合なのだからこちら側がどうなろうと彼を責めるのは違う気がする……
そのような考えに至り、俺は申し訳なさそうに眉尻を下げている彼に対してこう言った。
「いえ……謝る必要は無いです」
ただ胸中に残留する焦燥感のせいで、それだけしか言えなかったのだが……
……ぴくり。
暫くするとそんな音が聞こえた。
プチ男とケロ太のいる辺りからだ。
「目を覚ましたようですね」
キングさんは言う。
良かった……漸く目を覚ましてくれたか。
俺はすぐさま二匹に近付くと、それを力強く抱き締めた。今回はぷるりとした質感の前にざらつきを感じたが、それで肌が傷付こうがどうでも良かった。
「プチ男、ケロ太!良かった……!
お前ら、本当によく頑張ってくれたな……」
……そうして安堵すると共に、俺は〝ある事〟を思い出した。
このような結果となり、確実となった……
今回の昇格試合、それに敗北してしまったのだと言う事を。
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