第二章 アハトの事情5
「ジーク、お礼と言ってはアレですが……わたしに何かできることはありますか?」
ひょこりと、首をかしげてくるアハト。
ジーク的には、別に恩着せがましい事を言うつもりはない。
けれど、しいて言うならば。
「聞きたい事がる」
「わたしに応えられる事ならば、どんな事でも」
と、言ってくるアハト。
ジークはそんな彼女へと、言葉を続ける。
「俺が聞きたいことは、大きく分けて二つだ。一つは『この街で何が起きているか』。もう一つは『ミハエルが研究している勇者の資料』について」
「前者にかんしては、聞いていて気持ちいの良い話ではありませんが……」
「気にしない。存分に話してくれ……できるなら、お前を取り巻いている事と絡めて、詳細に話して欲しい」
「えぇ、構いませんよ。わたしを助けてくれた、おまえの頼みですから」
と、この街の事を語り始めるアハト。
彼女の言葉をまとめると、だいたいこんな感じだ。
ミハエルは街や、周囲の村から人を誘拐。
彼等を地下実験施設の地下牢に入れ、錬金の秘薬を作るモルモットにしている。
当然、生きて帰ってきた者はいない。
街から逃げようとした者は、捕えられこれまた実験材料にされる。
そして、アハトは六ヶ月前に作られたホムンクルスであり、彼の護衛として作られた。
「当然、当初のわたしは善悪の判断がついていませんでした。だから、ミハエルがやっている事を悪とは、まったく思いませんでした」
と、言ってくるアハト。
彼女は俯きながら、なおもジークへと言葉を続けてくる。
「ですがある時――わたしは見て、聞いてしまったのです。人々が助けを求め、泣いている姿を」
「その時、ミハエルが悪だと気がついたと?」
「少し、違います。わたしは何よりも先に『捕まっている彼等を助けなければ』と思ったのです」
「…………」
「わたしがホムンクルスだからでしょうか。わたしには命ある者が――日々を清く正しく生きる者達が、とても尊い存在だと思えるのです。そんな尊い者達が、苦しめられていいはずがない」
「…………」
「わたしは彼等を守るためなら、この身が滅びたとしても構わない。例えどんな敵が立ちふさがろうとも、絶対にそれを打ち破り彼等を守る――その結果、尊い者達が美しく、とても優しい未来を歩めるのなら……犠牲になったかいがあるじゃないですか」
「そう、か」
アハトはミアから作られているが、あくまで外見と身体能力が似ているだけ。
その性格も思考回路も全くの別物だ――なんせ、魂が異なっているのだから。
だがしかし、ジークは思ってしまう。
(今のアハトの表情はミアと――俺と戦っている時のあいつと、同じに見える)
きっと五百年前、ミアはアハトの様な気持ちで戦っていたに違いない。
もしも本当にミアが『人間達が美しい未来を生きられるため』などと、考えて戦っていたとしたら。
(この時代の勇者は、俺が思っている以上に許されない奴等ばかりだな。俺に勝った好敵手の願いを、ゴミクズの様に捨て去るとは)
それこそ万死に値する。
特にミハエルだ。
奴は『ミアは将来の糧になれたと、喜ぶべき』などと述べた。
許せない、許せるわけがない。
(ミハエル、ミハエルか……)
と、ここでジークはふと思い出す事があった。
それは――。
「そういえばミハエルは、街の人に治療をしているとか、自分で言っていたが」




