第二章 アハトの事情4
「ジークくん! アハトさんが!」
と、聞こえてくるユウナの声。
同時――。
「ぅ……っ」
と、聞こえてくるのはアハトの声。
見れば、彼女が気怠そうな様子で、身体を起こそうとしている。
ジークはブランの頭を一撫でした後、アハトへと近づいていく。
そして、彼はユウナと場所を変わってもったのち、アハトへと言う。
「まだ回復魔法をかけたいから、横になっていて欲しいんだけどな」
「傷はもう殆ど回復しました。心配の必要はありません」
「傷はともかく、体力の方はまだまだだろ?」
「それは、そうですけど……その、それより」
と、なにやら言いにくそうな様子のアハト。
彼女はしばらくもじもじした後、思い切った様子でジークへと言ってくる。
「今更ですが……っ、申し訳ありませんでした!」
「?……いったい何のことだ」
「ですから、その。よく確認もせずに、おまえに斬りかかってしまった事です」
「あぁ、その事なら気にしてない。俺もうっかりとはいえ、お前をバカにした発言をしてしまったからな」
「そういう訳にはいきません! 危うく、おまえを殺してしまうところでした!」
「それなら、なおさら気にすることはない。お前の剣技だけは確かにミアに迫るものがあるが、それだけで俺は殺せたりしない――百回やっても俺が余裕で勝つよ」
「…………」
ん、あれ。
おかしい。アハトさん、なにやらすごく頬をぴくぴくさせている。
よくわからないが、この話題は早々に変えた方がいいに違いない。
「と、ところで。起きてから、随分と態度が軟化している気がするけど――何か心境の変化でもあったのか? お前は俺達が敵と思ったまま気絶したよな?」
「はい。ですが、こうして治療をしてくれていたところを見るに、おまえ達が敵だとは到底思えません」
と、自らの両手を見下ろしながら、ジークへと言ってくるアハト。
彼女はパッとジークを見てくると、そのまま彼へと言葉を続けてくる。
「ミハエルや、その仲間の冒険者達もわたしを捕えれば、治療はするでしょう。ですが、そうなった場合――わたしはきっと厳重に拘束されているはずです……それに」
「まだ何かあるのか?」
「薄っすらですがわたしを守るために、ミハエルと戦ってくれたおまえの姿を、わたしは覚えています」
「残念だが、俺はお前を守るためにミハエルと戦ったわけじゃない。お前から話しを聞きたくて、ミハエルと戦ったんだ」
「おまえは……なるほど、厄介な性格をしていますね」
と、なにやら温かい様子の笑顔を浮かべるアハト。
ジークはそんな彼女へと言う。
「何がおかしい?」
「おまえが戦っている最中、ずっとわたしへの気遣いを感じました……温かくとても安心でぎるおまえの思いを」
「そ、それはだな……」
「あんな優しい気配を放てる人が、ミハエルの仲間――悪人のはずはありません。わたしはおまえの事を信じていますよ」
「ぐ……っ」
確かにジークは、全力でアハトを気遣った自覚がある。
なんせ、アハトをミハエルの視線にさらしたくなかったレベルだ。
(咄嗟に思ったんだよな――アハトには傷ついて欲しくないって)
理由はわからない。
『クソ勇者をのさばらせている』という――ミアに対する罪悪感から、ミアに似ているアハトを守りたかったのか。
外道であるミハエルに付きまとわれているアハト。彼女を純粋に守りたいと思ったのか。
それとも、その両方か。
(いずれにしろ、人を守りたいとは……焼きが回ったな俺も)
などなど。
ジークがそんな事を考えていると。
「ジーク、お礼と言ってはアレですが……わたしに何かできることはありますか?」
そんなアハトの声が聞こえてくるのだった。




