第二章 アハトの事情2
「あ~もう、飽きましたよ!」
と、ぷくぅ~っと頬を膨らませながら言ってくるのは、アイリスさんだ。
彼女は落ち着かない様子で、ジークへと言ってくる。
「だいたい、なんでこのミアもどきの話を聞かないといけないんですか!?」
「ミアもどきじゃない。アハトだ」
「アハトですよ、アハト! そのアハトちゃんが起きるのを待たないで、魔王様がば~~~っと行って、あのミサイルでしたっけ? あの勇者(草)をぶっとばしちゃえばいいじゃないですか!」
「ミサイルじゃなくて、ミハエルだ」
「そう、ミハエルです! ミハエルをぶっ飛ばして、ミハエルの拠点を漁りまくって――それでミアの研究資料を強奪すれば、それでザ・エンドですよ!」
ジ・エンドな。
と、ジークは言いかけるが、もうこの辺はスルーしよう。
いちいち突っ込んで居たら、一生話しがすすまない。
ジークはそんな事を考えた後、アイリスへと言葉を続ける。
「動くならこの街の状況を、しっかりと把握してから動きたい」
「把握しなくても、魔王様なら楽勝じゃないですか?」
「把握しないと見えてこない情報もある。まぁありえないが、例えば『実はミハエルが操られているだけの善人でした』って場合――殺してからじゃ遅いだろ?」
「うっ……それは、まぁ」
「けどまぁ、それは建前だ。本当の理由は――」
と、ジークは未だ眠っているアハトを見る。
そしてそのまま、彼はアイリスへと言葉を続ける。
「アハトとミハエルは、因縁がありそうだったからな」
「ですけど……そうするとなんで、ばばっと魔王様が動かない理由になるんですか?」
「因縁の相手が、寝ている間に消えてました……ってなったら、アイリスならどう思う?」
「そんなの決まってますよ! やった~~♪ 楽ができてラッキ~~~ってなりますね♪」
「お前に聞いた俺がバカだった……」
「え、何でですか!?」
「いや、普通残念がるだろ! 自分の目の前で、相手が潰れるところを見てみたいって、そう思うだろ!」
「え~、魔王様だけですよ! でも、まぁわかりました!」
言って、手を叩くアイリス。
彼女はにこっと微笑みながら、ジークへと言ってくる。
「だったら、アハトが目を覚ますまでの間――もっと実りある会話をしましょうよ!」
「別にいいけど、具体的に言うとそれってどんなだ?」
「ミサイルと魔王様の戦いに決まってるじゃないですか!」
ミハエルだ。
もうダメだ、何回直しても元に戻る。
ジークがそんな事を考えている間にも、瞳をきらきらアイリス。
彼女は祈るようなポーズで、ジークへと言葉を続けてくる。
「まずまず、下位闇魔法 《ヴォイド》! なんですかあれ! なんなんですかあれ――初めて見た魔法ですよ!」
「あ~あれな、あれはさっき作った」
「なん、だと……!?」
「エミールを倒した時に、上位闇魔法 《ディアボロス》を使っただろ?」
「はい、覚えていますとも! 全てを吸い込む究極の魔法ですよね!」
「後から言われて気がついたが、確かにあれは少し危な過ぎた――威力が高すぎると思ってな。だから、簡易版 《ディアボロス》を作ってみたんだ」
「そ、それが下位闇魔法 《ヴォイド》?」
「あぁ。上位闇魔法 《ディアボロス》はなんでも吸い込むから、危険なんだろ? だったら、吸い込む範囲を指定してやればいい」
要するに。
ジークがしたこと簡単だ。
上位闇魔法 《ディアボロス》を解析。
あの門の中にある『全てを飲みこむ闇』のごく一部だけを、外に取り出したのだ。
それこそがミハエルとの一戦で、試験管の周囲に現れた闇の球体の正体。
「とまぁ。取り出した闇の球体は、俺の魔力でコーティングしているから、なんでもかんでも飲みこむことはないわけだ」
「魔王様……それ」
と、何故かぷるぷる震えているアイリス。
彼女はしばらくすると、感極まった様子でジークへと言ってくる。
「どう考えても下位魔法の範疇じゃないじゃないですか! 上位魔法ですよ! いや上位魔法すら超えた何かですよ!」
「そ、そうか? 元からあるものを少し加工して、新しく作ったなんちゃって魔法だぞ?」
「いやいやいや! 普通できませんよ! 上位闇魔法 《ディアボロス》の解析なんて――当時、ミアの仲間だった賢者がやったとしても、失敗して国ごと飲みこまれるのが落ちですよ!」
「え……そんなにか?」
「そんなにですよ! あぁもう、さすがです! さすが魔王様です! 凄まじい難易度な事を戦闘中に! それも極平然とやってしまうなんて!」
「…………」
どうやらジーク、気がつかない間にまた危ない事をしていたようだ。
と、ジークがそんな事を考えている間にも。
「あぁ、感動しすぎて感動の震えが感動で震えが止まらない感動です……っ、ブランもそう思いますよね、ね!?」
と、超ハイテンションな様子のアイリスさん。
一方、突如話しかけられたブランはというと……。
「まおう様……すごいっ」
ものっすごく瞳をきらきらさせ、ジークを見つめてきていた。
ぴゅあぴゅあブランさんは、そのままの様子でジークへと言ってくる。
「ブラン……昔は白竜だったけど、今は魔法使いだからよくわかる」
「一応聞くけど、何がだ?」
「新しい魔法を作るのは、とても難しい……ベースにするのが上位闇魔法 《ディアボロス》みたいに、解析に失敗したら国が崩壊するレベルの魔法じゃなくても……とてもむずかしい」
「そう、なのか?」
「ん……だいたいがベースにした魔法の下位互換になる。そんな下位互換魔法作っても、元の魔法使ったらよくないかってなる……でも、まおう様のは違う」
きらきら。
きらきらきら。
と、相変わらず羨望といった様子の眼差しを向けてくるブラン。
彼女はそのまま、ジークへと言葉を続けてくる。
「まおう様の下位闇魔法 《ヴォイド》は、ベースとなった上位闇魔法 《ディアボロス》と明確な住み分けが出来てる」
「それはつまり――『狙った個所だけを闇に消し去れる』って部分か?」
「ん……ブランは改めて確信した。まおう様は闇に愛されている――魔法の真髄をしっかりと理解し、その手に掴んでいる……魔法使いなら、喉から手が出るほどに欲しい才能」
「…………」
これは、べた褒めだ。
ものすごく嬉しいが、ものすごく恥ずかしい。
しかも相手が、普段あんまり喋らないブランなのがなおさら――。
「おっほんっ!」
と、まるでジークの思考を断ち切るように。
そんなユウナの声が聞こえてくるのだった。




