第一章 五つ首の竜6
「ええ……そう言っているんですよ、僕は勇者ですからね」
言って、ミハエルが指を鳴らした。
その直後――。
上空から感じたのは、ジークでも無視できない程の圧倒的な魔力。
レベルで言うならば、五百年前のジークの配下――その幹部クラスに匹敵している。
見上げればそこに居たのは。
(なんだあれは? 五つ首の……竜?)
と、ジークがそんな事を考えていると。
「どうだいジークくん! これこそが僕の奥の手! 最強にして至高、戦闘力のみ特化させた人造竜――タイラントだ!」
そんな事を言ってくるミハエル。
彼は自慢気な様子でジークへと言葉を続けてくる。
「現代まで生き残っていた五匹の伝説の魔竜――数多の国を滅ぼし、山を、湖を消失させた災禍! 奴等を倒し、従え、錬金術によって合成させたキメラがこれだ!」
「ほう、そんな奴等を倒せるとは、中々やるじゃないか」
「力が欲しかったからね。勇者である僕の威光を知らしめ、人々を屈服させる力が」
「勇者なら『人を救いたくて魔竜を倒した』くらい言えばどうだ?」
「勇者だからこそだよ! 勇者である僕が力を持たないでどうする? 人々はバカだからね……力を盾に無理矢理誘拐しないと、僕の実験のサンプルになってくれないんだ」
「もう好青年の仮面はなしか。しかも堂々とその発言、クソだな……もういい」
確信した。
こいつはただの外道だ。
存在の全てを持って、ミアを冒涜している。
そして、ジークはミアを冒涜する奴を許しはしない。
「お前はここで倒す」
「さっきも言っただろう? 僕はキミと戦う準備が整っていない」
と、へらへらした様子のミハエル。
彼女はそのまま、ジークへと言葉を続けてくる。
「だから、今は逃げさせてもらいますよ――それまで、アハトはキミに預けておきます」
「逃がすと思うか?」
「キミは逃がすとも……僕には逃げられる力があるからね」
「意味が分からないな。そこまで自信があるなら、今すぐ試して――」
「意味を教えてあげますよ、ジークくん。つまり、こういう事です」
言って、再び指を鳴らすミハエル。
その直後、まるでアハトを狙った様に。
ブラン、アイリス、そしてユウナの頭上目がけ。
人造竜タイラント。
その五つの口から、凄まじい魔力を孕んだブレスが放たれる。
「っ!」
想定を遥かに超えた魔力。
いくら何でもあれはまずい。
あんな魔力の塊をくらえば、ブランもアイリスも、ユウナも――欠片も残さず消える。
というか、あんなものをまともに防げるのは、ジークしかいないに違いない。
「あははははははっ! どうですか!? かつて世界を焼いた魔竜のブレスは!? 彼等が融合したタイラントのブレスは、もはや余波だけで世界を焼く!」
なにやらほざいているミハエル。
けれど、今はミハエルに構っている場合ではない。
彼はすぐさま、ユウナ達の元へと駆け寄る……そして。
「お前達、なるべく俺から離れるな!」
言って、ジークは両手の平に魔力を集中させ、その手を頭上へとあげる。
その直後。
ジークに襲い来る魔力の奔流。
タイラントから放たれた、世界を消滅させかねないブレス。
きっと、タイラントにも《ヒヒイロカネ》が流れているに違いない。
ジークの障壁を容易く引き裂き、彼を押しつぶそうとしてくる。
(っ……なるほど、ミハエルが自信満々だったわけだ)
などと、考えた後。
ジークが周囲に視線を横に向けると――。
地面は焼け溶け。
空気は熱に歪み。
形ある物は、次々と消滅していく。
無論、タイラントによるブレスの影響だ。
ジークがブレスを抑えていて、それでもなおこの威力。
仮に抑えなければ、アルスは瞬時に消滅していたに違いない。
(いや、アルスだけで収まるならまだいいか。下手したら地形ごと変わるな、これ)
威力だけなら、エミールがジークのとの決戦の際に放った上位光魔法 《ゾディアック・レイ》に――五百年前にミアが最後に放った、奥の手でもあるそれに匹敵している。
とはいえ。
「じ、ジークくん!」
「ま、魔王様! これヤバい奴ですよ! 当たったらヤバい奴ですよね!?」
「ん……たしかに当たったらまずい」
と、ジークに心配そうな表情を向けてくるユウナ、アイリス、ブランの三人。
彼女達のためにも、負ける気は毛頭ないが。
などなど、ジークはそんな事を考えた後、両手に魔力をさらに集中させていく。
ここからは根競べだ。
(俺が先に潰れるか、タイラントとやらが先に潰れるか……もっとも)
ミアクラスの力をたかが人造竜が、長い間出し続けられるわけがない。
ジークがそんな事を考えた、まさにその直後。
「っ!」
僅かにタイラントのブレスが弱まるのを感じる。
狙うならばここしかない。
ジークは左手に力を集中――片手でブレスを抑え、空いた右手で抜剣。
それに魔力を乗せて――。
斬ッ!
遥か上空のタイラントへと斬撃を飛ばす。
それはタイラントのブレスを 切り裂きながら凄まじい速度で進み……やがて。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」
聞こえてくるタイラントの咆哮。
ジークの斬撃が、タイラントの片翼を断ち切ったのだ。
結果、タイラントはバランスを失ったに違いない。
奴はくるくると、どこかへと落下していく。
それを見届けた後。
ジークは先ほどまでミハエルが立っていた場所を見る。
「こっちは逃がす気はなかったんだけどな」
どうやらミハエル、《ヒヒイロカネ》を流しているだけあり、身体能力も高いに違いない。
彼の逃げ足はこれまで出会ってきた中でも、トップレベルだ。
(まぁ過ぎたことはいい。とりあえずは、アハトの治療が先だ)
などなど.
ジークがそんな事を考えていると。
「びえ~ん! 魔王さまぁ~~~! アイリス、あのブレスが怖かったですよ~~!」
言って、ジークに抱き着いて来るのはアイリスだ。
彼女は頬をすりすり、ジークへと言葉を続けてくる。
「このアイリス、もうダメだ! 死んじゃうんだ! って思ったら、もう泣きそうで……心細くて……慰めてください~~~!」
「そんなに怖かったのか? だとしたら悪かったな、もっと早く処理できれば――」
「まおう様……騙されてる」
と、ジークの言葉を断ち切るように言ってくるのはブランだ。
彼女はジトっとした様子で、アイリスへと言う。
「ブラン見てた……まおう様が守ってくれてる時、アイリスあくびしてた」
「なっ!? し、失敬な! そんな事してませんよ!」
「ん……絶対にしてた。まおう様が絶対に助けてくれる確信があるから、余裕……そんな表情であくびしてた」
「し、してませんてば! 魔王様を応援しながら、迫る危機に身を震わせていましたよ!」
「ブランの目はごまかせない」
「いいえ、ブランの目は節穴ですよ!」
わーわー。
きゃーきゃー。
と、騒ぎ出すブランとアイリス。
これは経験上あれだ――放置した方がいいに違いない。
ジークはそんな事を考えた後、ユウナの方へ歩いて行く。
そして、ジークはユウナへと言う。
「ユウナは怖くなかったか?」
「ん~、あんまり! ジークくんが絶対に何とかしてくれるって思ってたから……ま、まぁすごく焦ったけどね」
「怖くなかったなら、よかったよ。それで――」
「アハトさんだよね? ホムンクルスだからだと思うけど、うまく回復魔法が作用しないみたい。休める場所で、しっかり寝かせてあげた方がいいかも」
「ホムンクルスは人間と身体の作りが違うから、そんな気はしていたが……やっぱりか。となると」
宿屋はミハエルが、ちょっかいをかけてくる可能性がある。
となれば、ジーク達が目指すのは。
「近くの廃屋を探そう」




