第一章 五つ首の竜5
「アハトを返して欲しいんだろ? だったらかかってこい。俺が負けたらアハトを返そう――その代わり、俺が勝ったらミアに関する研究資料を全てよこせ」
「やれやれ、手持ちが揃ってない状態で、戦いたくないんですけどね」
と、盛大なため息をつくミハエル。
次の瞬間。
「やるからには、勝たせてもらいますよ……ジークくん」
聞こえてくるミハエルの声。
同時、彼はジークに向け、なんらかの液が入った試験管を投げてくる。
それはジークに近づいた途端。
パリンッ。
と、ひとりでに割れる。
その直後。
割れた試験管を中心に、巻き起こるのは爆炎。
ジークですら思わず、顔の前に手をやるほどの爆風。
その規模は、周囲の建物を破壊するだけでは止まらない。
ミハエルの傍に居た冒険者達は、爆風の熱で瞬時に消え失せ。
周囲の地面は爆心地を中心に、溶けていっている。
離れた場所にいるブランが、必死といった様子で氷壁の防御をするレベル。
それどころか。
(これは……俺の身体が燃えている?)
それはつまり、ジークが常に纏っている障壁を、突破したということだ。
いくら威力があろうと、それはありえない。
何か仕掛けがあるに違いない。
それに、爆風をもろに受けたミハエルが、無傷というのもおかしい。
ジークはそんな事を考えた後、ぱっと体を払う。
すると、すぐさま消える炎。
「驚きましたね……勇者である僕の攻撃を受けて、まさか無傷とは」
と、聞こえてくるのはミハエルの声。
彼は余裕といった様子で、ジークへと言葉を続けてくる。
「さすがは魔王……エミールくんを倒したのは、伊達じゃないってわけですね」
「エミールの友達か? 安心しろ、すぐに会わせてやる」
「あはははっ! 友達なんかじゃないですよ、あんな奴! ほら、彼はあれだろ? 誰が本当の天才か理解していないじゃないですか!」
「本当の天才は『自分』だと言いたいのか? さっきまでの好青年ぶりはどうした――さっそくボロが出てきてるぞ」
「そうですね、そうかもしれない……じゃあ、目撃者を殺すっていうのはどうですか?」
言って、服のポケットに両手をつっこむミハエル。
彼はバックステップでジークかから離れると。
「一撃で駄目なら、何度もやるまで――常識ですよね?」
と、ミハエルは両手をポケットから引き抜く。
その手に握られているのは、無数の試験管。
彼はニヤリと笑いながら、大量のそれを一度にジークへと放り投げてくる。
(っ……こいつ、バカなのか!?)
先ほどの試験管一つで、あの威力なのだ。
これほどの試験管を使えば、周囲一帯が吹っ飛びかねない。
(となると、剣で撃ち落とすのは得策じゃないか)
仕方がない。
と、ジークはため息一つついた後。
「下位闇魔法 《ヴォイド》」
瞬間。
空中を舞っていた無数の試験管。
それらそれぞれの周囲を、闇の球体が覆っていく。
「不用意に触れて爆発させるのが嫌なら、どうすればいいか……これがその答えだ」
言って、ジークが左手を握り締めたのと同時。
闇の球体はどんどん凝縮していき、やがて消えてしまう。
そして、その後に残ったのは。
「な――っ! 僕の錬金の秘薬が……全部消えただと!?」
と、驚いた様子のミハエル。
けれど正直、ジークも驚いたことがある。
故に、ジークは素直に称賛の意味を込めて彼へと言う。
「お前の攻撃を防いでいる間、考えてみたんだが」
「そ、それは、何をですか?」
「お前、自分の身体に溶かした《ヒヒイロカネ》を流しているな?」
「っ!」
「その反応から見るに、図星ってところか」
ジークが違和感を持ったのは三つ。
まずはミハエルが作った錬金の秘薬――あの試験管の破壊力だ。
あれは威力が高すぎた。
相性の問題もあるが、ブランなら直撃でやられていたに違いない。
さらに、爆風を受けてもビクともしないミハエルの肉体強度。
どう考えても、勇者とはいえ人間の領域を超えている。
そして、決定的だったのが。
「俺の障壁を破れるのは、《ヒヒイロカネ》で作られた武器だけだ……ただ、例外もある。それに気がついたのは、素直に褒めてやるよ」
「光栄ですね、ジークくん」
と、口元をひくひくさせているミハエル。
平静を装っているが、完封されたのが悔しいに違いない。
ジークは確認の意味を込めて、そんなミハエルに言う。
「《ヒヒイロカネ》が混ざった自分の血を、錬金の素材に使っているな? だから、あそこまで威力が出た……そして、当然俺の障壁も突破できたわけだ」
「悔しいけど、正解ですよ」
「で、どうする? まだ続けるのか?」
「そうですね……やはり手持ちが少ない状態で戦うのは、僕が不利みたいです」
「負け惜しみか? 準備が整っていれば、俺に勝てる……そう言っている様に聞こえるぞ?」
「あはははっ! まったく、キミという人はっ!」
と、お腹を押さえ苦しそうな様子のミハエル。
次の瞬間、彼はぱちんっと指をならし――。
「ええ……そう言っているんですよ、僕は勇者ですからね」




