第一章 五つ首の竜3
「痛ぅ……っ」
と、ジークがまだ何もしていないのに、腹を抑えてへたり込んでしまうアハト。
ジークは瞬時に構えを解き、上から振ってきた《隷属の剣》をキャッチ。
そして彼は、そんなアハトへと言う。
「まだ攻撃はしていないと思ったが、どうかしたのか?」
「うる、さい……わたしは」
「なるほど、その様子……すでに誰かと戦ってきた後か。アハト、お前大分消耗しているな?」
「それが、なんだと言うのですか?」
「いや、感心していたんだよ。消耗してなおあの戦いぶりだ、正直素晴らしいとしか言えない――お前は俺やミアと同じ領域に、片足を突っ込んでいるよ」
要するに、アハトは現代の平均戦闘力を軽く超越している。
万全状態の彼女の剣技を、是非とも味わってみたいものだ。
故にジークはアハトへと言う。
「これ以上、戦うのはやめにしないか?」
「捕まれと……わたしに、実験施設に戻れと言うのですか?」
「はぁ……もう一度言うけど、話しがまるで噛みあってない。どういうことだ?」
「白々しい! おまえは白々しい男です! いったい何度、わたしを騙そうとすれば気が済むのですか! おまえがミハエルの仲間なのは、わかっています!」
「お前も何回、それを言えば気が済むんだよ。多分勘違いだぞ、それ」
ひょっとすると、このアハトという少女。
かなり猪思考な様に見えるし、結構あれなのかもしれない。
「ポンコツだな、こいつ」
「な……っ! だ、誰がポンコツですか!」
と、何とかといった様子で立ち上がるアハト。
凄まじいガッツだ。
というかジーク、完全に失敗した。
「あぁ、すまない。うっかり、思っていた事が口にでた」
「っ……お、おまえという奴は! どこまでわたしをバカにすれば!」
言って、ジークに詰め寄って来るアハト。
彼女はジークの胸倉を掴んで来ると、そのまま彼へと言葉を続けてくる。
「わたしは人々を苦しめる勇者が嫌いです! そして、冒険者も同様に――中でも、おまえの様に、ふざけた挑発を……繰り返す奴が、一番きら……い、で……」
「アハト?」
「…………」
「おい、どうした?」
「…………」
と、何故か虚ろな目つきで無反応なアハト。
次の瞬間――。
「きゅ~……」
と、可愛い声を出した後、パタリとジークにもたれかかって来るアハト。
なるほど、どうやら体力が限界を迎えた違いない。
「改めて凄いな……アハトの奴」
消耗どころではない。
倒れる寸前にもかかわらず、ジークとあれほど戦いをしたのだ。
(俺は常に、攻撃を無効化する障壁を纏っているから、アハトの攻撃を受けてもなんてことはない……だが)
ルコッテでの勇者エミールの戦いの際。
奴が持ちだした《ヒヒイロカネ》で作られた伝説の武器。
(あれをアハトが持っていたら、かなり苦戦したかもしれないな)
《ヒヒイロカネ》はジークの障壁を突破するだけではない。
なんせそれは、使用者の力を極限まで高めるのだから。
(本当に強い奴が、本当に強い武器を持つ……それほど恐ろしい事はないからな)
アハト――ジークの胸に忘れずに、その名を刻んでおこう。
至高の剣士として。
「あは♪ 死んだんですか!? その女剣士、死んじゃった感じですか!?」
と、ジークの思考を断ち切る様に、聞こえてくるのはアイリスの嬉しそうな声だ。
彼女はふよふよ飛んでくると、アハトを見ながらジークへと言ってくる。
「ほら! なんだかこの子――魔王様を殺してくれちゃったミアっちに、色々と似てるじゃないですか! だから、全力で敗北をお祈りして……って、生きてるじゃないですか!?」
「アハトからは話しを聞きたいからな、死んでもらうと困る」
「あれですね『俺に逆らったんだから、女に産まれたことを後悔させてやる』ってやつですね!? そうやって話しを聞くんですね!?」
」
「アイリス」
「あ! そうだ! それより、両手両足縛ったりすのはどうですか? それでそれで――」
「アイリス!」
「わわっ!? なんですかもう!」
「頼むから少し静かにしてくれ」
「え~もう、今度構ってくださいよ?」
「わかった、わかった……約束するよ」
言って、ジークは気絶したアハトをお姫様抱っこ。
そのまま、ユウナとブランの元まで運んでいく。
すると。
「まおう様……このアハトって人間、何者?」
と、言ってくるのはブランだ。
ブランもかつて、ミアと直接戦った事がある魔物だ。
というか彼女はジークと同じく、五百年前にミアに止めを刺された仲間でもある。
故に、ブランは『ミアそっくりのアハト』の正体が気になったに違いない。
などなど、そんな事を考えた後、ジークはブランへと言う。
「まず、戦った感じだが。こいつからは、魔力――魔法を起動させる燃料が全く感じられない」
「魔力が……ん、そんなのありえない」
「あぁ、この世界に魔力を持たない人間なんていない」
生物である以上、どんな虫けらでも僅かに魔力は宿るのだ。
無論、そんな僅かでは魔法を使う事は不可能だが。
「でも、アハトの魔力は完全に0だ。俺が全力で探ってみたが、微塵も感じられない」
「どういうこと? アハトが……ミアにそっくりなのと関係している?」
ひょこりと、首をかしげてくるブラン。
答えは一つだ。
「人口生命体……ホムンクルス、じゃないかな? 回復魔法の勉強をしている時に、そういう症例のホムンクルスが居るって、読んだ気がするんだ」
と、ジークが言うよりも先に、聞こえてくるのはユウナの声だ。
ブランは再び首をかしげた後、そんな彼女へと言う。
「ん……ホムンクルスは魔力がなくなる?」
「そんなことはないよ。むしろ、ホムンクルスは人間より優れた力を持ちがちだと思う――そういう風に、作られた存在だから」
「???」
「えっと、あたしも詳しくは知らないんだけどね。その……」
と、ジークの方を見てくるユウナ。
きっと、自信がないに違いない。
故にジークはそんなユウナへと言う。
「今のところ説明はあってる、そのまま教えてあげてくれ」
「う、うん!」
と、嬉しそうな様子のユウナ。
彼女はそのままブランへと言葉を続ける。
「それでね。ホムンクルスは作るのが、とっても難しいの――素材の鮮度が少しでも低いと、たいていがろくな結果にならない」
「っ!」
と、ピコンと何かをひらめいた様子のブラン。
彼女はジトっとした瞳を、どことなくドヤっとさせながら、ユウナへと言う。
「アハトは『ミアの身体の一部を素材に作られたホムンクルス』。でも、素材の鮮度がよくなかった。だから作るのに失敗して……ん、魔力を失った?」
「あたしは本物の勇者ミアを見たことがないから、断言はできないけど。もし本当にアハトさんが、勇者ミアにそっくりならその可能性が高いと思う」
「そっくり……特に声。でも……性格はこんなんじゃなかった」
「え、えっと……」
いくら何でも、そこまでは知らない様子のユウナ。
故にジークはブランへと言う。
「性格に関しては当然だ。いくら勇者ミアの身体を使ってホムンクルスを作ったとしても、魂は再現できないからな」
「ん……じゃあ、アハトとミアは別人?」
「身体的な情報は似てるだろうが、中身は別人と言ってもいい」
とはいえアハトは、ミア本人の身体の一部を使ったホムンクルスの可能性が高い。
人を素材にしたホムンクルスは、素材にされた人の記憶が流れ込む事があると聞く。
(別人なのは確かだが、ふとしたきっかけで『ミアの記憶』を取得する可能性はある)
アハトの剣技の冴えなどがいい例だ。
あれはアハトの努力と、身体からの『ミアの記憶の流入』の相乗に違いない。
などなど。
ジークがそんな事を考えていた。
まさにその時。
「ようやく見つけた! いや、悪かったねキミたち!」
と、ジークの思考を断ち切るように聞こえてくるのは、気持ちのいい男の声。
ジークが振り返ると、そこに居たのは――。




