勇者見習いは淫魔に惑わされる7
「せっかくなので、キノコは頂いていきましょう! なんて言ったって、このキノコは伝説の催淫――おっほん、伝説の珍味なのですから!」
と、アイリスはニッコリ笑顔でユウナへと言ってくる。
気のせいだろうか。
今何か、聞き捨てできない事を聞いた気がする。
なので、それを確かめるため。
ユウナはアイリスへと言う。
「今、何か言い直さなかった?」
「い、言ってませんよ! ユウナってばな~にを言っているんですか!」
「催淫なんとかって、途中まで言ったよね?」
「い、言ってませんよ! 伝説の催淫剤の素材になるなんて!」
「…………」
「あ、あは♪ 口が滑りました!」
と、アイリスはなにやら、分が悪そうな表情をしている。
これはもう確定に違いない。
「アイリスさん、あたしに嘘ついてたでしょ!」
「失敬な! 嘘なんてついてませんよ!」
と、アイリスはわざとらしい身振り手振りで、ユウナへと言ってくる。
彼女はそのまま、さらに言葉を続けてくる。
「このキノコが伝説のレアレアキノコだってことは、紛うことなき真実ですとも!」
「あたしはてっきり、みんなでそのキノコを食べるために――そのためのサプライズだと思ったから、ここまでついてきたの!」
「サプライズですよ! それに催淫剤とはいえ、しっかりみんなの口に入りますよ!」
「いかがわしいよ! みんなの口に入るの意味が違うよ!」
「むぅ~~! とにかくここまで来たら、もう最後まで協力してください!」
と、アイリスはそんな事を言ってくる。
けれど、ユウナとしては手伝う訳にはいかない。
その理由は簡単だ。
先ほどのユウナとアイリスの会話の流れ。
それから考えるに、彼女が催淫剤をどうしようとしているかは明白だ。
大方、今日の朝食に混ぜてジークやブランに盛るつもりに違いない。
(というかこれ、アイリスさんがうっかり口を滑らせなかったら……)
確実にユウナも一服盛られていた。
などなど、ユウナがそんな事を考えていると。
「このキノコを素材として使うには、結構な量が必要なんですよ!」
と、アイリスの声が聞こえてくる。
彼女はそのまま、ユウナへと言葉を続けてくる。
「持って帰るの手伝ってくださいよ! ユウナも魔王様が淫れるところ、みたいですよね!?」
「み、見たくないよ!」
「おや、おやおやおやぁ?」
「な、なに!?」
「あは♪ ユウナってば、顔が真っ赤ですよ!」
「っ」
そんな訳ない。
ユウナは別に変な想像なんてしていない。
はず、なのに。
(う、うぅ……なんでか変な想像が止まらないよぅ)
と、ここでユウナは致命的な事に気がついてしまう。
それは――。
「ふふ~ん(にっこり)」
と、アイリスがなにやら、ものすごく満足そうな表情をしているのだ。
彼女は精神操作魔法で、対象の心を読むことができる。
要するに――。
「ユウナってば、そういうのがお好みなんですね?」
と、アイリスはなおもニコニコだ。
彼女はユウナが何か言うよりも先に、さらに言葉を続けてくる。
「その願い……最強の淫魔である私が、確実に叶えてあげましょう!」
「あ、ぅ」
「ユウナは催淫剤の素材だと知らないまま、キノコの採取を手伝った。それだけで、全てが穏便に運びますよ!」
「う、ぅ」
「ユウナがしていた恥ずかしい妄想が、私によって広められ、ユウナが恥ずかしい思いをする事もなく……いやむしろ、その妄想が実現することになるのです! そうつまり、楽園顕現!」
言って、アイリスはユウナの方へと手を伸ばしてくる。
ユウナはそれを見て、直感的に理解した。
これは悪魔の取引だ。
しかもユウナにとって、得しかない取引。
しかし。
ユウナは仮にも勇者見習い。
邪悪な取引に応じるわけにはいかないのだ。
「……せん」
「はい?」
と、アイリスは首をかしげてくる。
きっと、ユウナの声が聞き取れなかったに違いない。
ユウナはそんなアイリスへと、再度ハッキリ言うのだった。
「キノコを運ぶのは手伝うけど……そこから先は、手伝いま……せん」
「あは♪ それでこそユウナ、私の親友ですよ! そこから先にかんしては、私に任せてください!」
「あ、あたしはアイリスさんが困ってるから、助けようとしただけだもん!」
この後。
ユウナは我ながら苦しい言い訳続けるのだった。
なお余談だが。
件の催淫剤にかんしては、朝食に混ぜられ出された……が。
ジーク達の口に入る寸前、正気と正義を取り戻したユウナ。
彼女によって、しっかり解毒。
結果。
ただの美味しい隠し味――キノコパウダーへと変化したのだった。




