魔王は誘われてみる6
あれからしばらく。
ジークとブランは、二人でステーキ串を食べさせっこし続けた。
そうして現在。
「まおう様……大変」
と、困った様子のブラン。
そんな彼女は、可愛らしく膨らんだお腹をぽんぽん――ジークへと言葉を続けてくる。
「ブラン……もうお腹いっぱい。でも、ステーキ串もまだいっぱい……まおう様、まだ食べられる?」
「おれも結構きついな。食べさせてもらうばかりだったけど、なんだかんだでブランより食べたからな」
「ユウナとアイリスに持って帰る?」
「ユウナとアイリス、か」
ユウナはともかく、アイリスは結構食べる方だ。
故に未だ沢山残っているステーキ串を、彼女がなんとかしてくれる可能性。
それはワンチャンある。
だがしかし。
それはあくまで、普段のアイリスならばだ。
「まおう様?」
と、ひょこりと首をかしげてくるブラン。
きっと、ジークが返事らしい返事をしなかった事を、不思議に思ったに違いない。
ジークはそんな事を考えた後、先ほどの考えの続きをブランへと言う。
「ユウナとアイリスは今頃、酒場で普通に食事をしてる」
「っ!」
「特にアイリスは結構注文する方だからな。きっと今すぐ戻って、アイリスにステーキ串を渡したとしても手遅れだ――あいつの腹に隙間はないだろうな」
「盲点だった……どうしよう」
と、しょんぼりした様子のブラン。
一見、ステーキ串残るくらいいいじゃん。
そう思ってしまわなくもない問題。
(なんせ処理法は簡単だ。捨ててしまうか、誰かに渡せばいい)
無論、後者は論外だ。
となれば、硬いのは後者。
だがしかし。
(このステーキ串は屋台の店主が、俺達に半ばプレゼントしてくれたものだ)
それを別の人にまたプレゼントする。
ジーク的にそれはない。
そもそもこのステーキ串は、あの屋台の店主。
彼がジーク達を喜ばせるために、プレゼントしてくれたものなのだから。
「仕方がない……ブラン、頑張る」
聞こえてくるブランの声。
彼女は気合いを入れた様子で、ステーキ串を手に持っている。
きっと、キツイのを我慢して無理矢理それを詰め込む気に違いない。
「待て、ブラン」
「……?」
と、首をかしげてくるブラン。
ジークはそんな彼女へと言葉を続ける。
「このステーキ串は、店主の好意だ――それはわかるな?」
「ん……わかる。エミール倒したお礼に、あの人がおまけしてくれた」
「ならば俺達はその好意に報いるため、このステーキ串を『最後まで美味しそうに食べる』必要がある」
「っ……それが、まおう様の流儀!」
「あぁ。俺は他人から貰った好意に、背を向ける様な真似はしない――それは魔王の敗北になるからだ」
「まおう様が負ける……ステーキ串にっ! ダメ……そんなの許されない」
言って、真剣な様子でステーキ串を見つめるブラン。
彼女はジークの方を見てくると、そのまま言葉を続けてくる。
「ブラン、まおう様のためにステーキ串を倒す。ステーキ串を美味しく食べたい……どうすればいい?」
「簡単だ」
「っ……ブラン、まおう様の答が知りたい!」
「腹がいっぱいで、ステーキ串を美味しく食べれないのなら」
「ドキドキ……っ」
「腹を空かせればいい」
直後。
ジークはその場ダッシュした。
地面が陥没しないように。
風圧で周囲が滅茶苦茶にならないように。
細心の注意を払ってのその場ダッシュ。
(足の回転率をあげろ――もっと、もっと早く!)
シュダダダダダダダダダダッ!
と、響き渡る音。
「すごい……まおう様の下半身、消えてるっ」
聞こえてくるブランの声。
そんな彼女はさらに続けて、一人呟いてくる。
「っ……まおう様が、浮いた!」
ジークはふと、足元を見てみる。
するとなるほど。
ブランが五十メートル程、下に見える。
どうやら、ジークの足の回転数が早すぎたに違いない。
このまま、空高く舞い上がるわけにもいかない。
(それに、そろそろ頃合いだ)
ジークはそんな考えた後、足の回転を止める。
直後、彼は無事に地面へと着地。
それと同時。
ぐぅうううううううううっ。
と、聞こえてきたのは腹の音。
無論、ジークの腹から発せられたものだ。
「すごい……まおう様、この一瞬でお腹空かせた!」
と、言ってくるブラン。
要するにそういう事だ。
ジークはブランからステーキ串を手に取り、そのまま彼女へと言う。
「これが魔王のやり方だ――お腹が空いていないのなら、運動してお腹を空かせればいい」
「まおう、の……やり方――っ、かっこいい!」
「ざっと世界何周分かはしたが、転生してから初めてのまともな運動だ――明日は筋肉痛になるかもしれないな」
「ん……そうしたら、ブランがマッサージする」
瞳をキラキラ、口を三角に言ってくるブラン。
ジークはそんな彼女をナデナデ、ステーキ串へとかぶりつくのだった。
「やっぱり美味いな」




