アハトの災難8
時はすっかり夕方。
場所は件の茶の前。
「アイリスお姉ちゃん! 今日は沢山お話を聞かせてくれてありがとう!」
と、狐尻尾をふりふり言うのは柚だ。
彼女はキラキラ瞳で、さらに言葉を続ける。
「それとそれと、アハトお姉ちゃんも本当にありがとう! とっても楽しかった!」
さて。
現在がどういう状況かと言うと。
「それじゃあバイバイ! また遊んでね!」
と、手を振って楽しそうな様子で去っていく柚。
要するにそう。
「っ……どうしてこうなった」
と、頭を抱えてアハトの隣で蹲っているアイリス。
そんな彼女の当初の計画――『ミアの悪い所教える作戦』は大失敗したのだ。
無論、アイリスは何度も仕掛けに行っていた。
それにかかわらず失敗した理由は簡単。
(アイリスの感性は悉くずれていましたね……)
アイリスが考える『ミアカッコ悪い象』は、あくまでアイリスから見てだったのだ。
例えば――。
『ミアってば、魔物に包囲された砦に一人で出向いたんですよ! しかも、たった数人の兵士を助けるためだけに……ぷぅ~~~~! クソダサいですよね!』
といった感じだ。
なるほど、アイリスからすればすごくカッコ悪いに違いない。
しかし、柚にとってはそうではなく。
『わぁ~~~~! すごいすごい! それでどうなったの!?』
といった返しが延々に――夕方まで続いた感じだ。
そしてその結果が。
「うぅ……魔王様、申し訳ありません。このアイリス……右腕とは考えられない失態をしてしまいました」
と、珍しくもシュンとしている様子のアイリス。
なんだか可哀想になっていた。
さすがに少しフォローしてあげた方がいいかもしれない。
などなど。
アハトはそんな事を考えた後、アイリスへと言う。
「アイリス。おまえはよくやったと思いますよ」
「…………」
と、未だにしょげている様子のアイリス。
アハトはそんな彼女へとさらに言葉を続ける。
「結果はどうあれ、しっかりジークのために働いたではありませんか。それにそもそも、おまえ柚にした話はとてもいい話で――」
「ですよね!」
ニパッと唐突に微笑むアイリス。
彼女はニコニコ笑顔で、アハトへと言ってくる。
「いや~~~! この程度の失敗とも言えない失敗でしょげるなんて、このアイリスらしくないですよね! それにそもそも、たいして失敗してませんし!」
「その通りです。それに先ほど言いかけましたが、おまえの話はとてもいい話でした。勇者ミアの勇気と慈愛……そしてその強さが存分に語り継がれ――」
「あ! そこに居るのは魔王様じゃないですか! 魔王様~~~~~!」
と、駆けて行ってしまうテンション爆高のアイリスさん。
まぁ、元気が出たのなら何よりだ。
(わたしもそろそろ行きますか……今日は沢山お話したので、少し疲れました)
などなど。
アハトも魔王ことジークの元へ向かおうとした。
まさにその瞬間。
「お代」
と、聞こえてくるおばあちゃん狐娘の声。
アハトが声が聞こえた方へと振り返ると――。
「食い逃げは許さないよ! あんた、柚たちの連れだろ? しっかりお代を払ってもらうからね!」
と、ジトっとした様子でこちらを見てくる声の持ち主。
そういえば、柚はもちろんアイリスもアハトもまだ金を払っていなかったのだ。
「これは申し訳ありません。すぐに払わせていただきます」
言って、アハトは財布をスタンバイ。
そして事件は起きた。
「特盛パフェが十七個。みたらし団子が九個。あん団子が八個。お茶が数え切れないくらい……あのピンク髪の子、よく食べるね」
と、そんな事を言ってくるおばあちゃん。
なるほど。
「っ」
と、途端に震え出すアハトの身体。
まずい。
アハトの財布に入っているのは、五百エン玉が二枚。
そして、千エン札が一枚だ。
アイリスは沢山もっていた。
アイリスが持っていたからこそ、今までは余裕があったのだ。
つまり。
(アイリスが居ない今、払えない……払えるわけがない)
いったいどうすればいいのか。
このままでは無銭飲食になってしまう。
嫌な汗がとめどなく出てくる。
そして、その気配をおばあちゃんは悟ったに違いない。
「代金……なかった働いてもらうよ」
ジトーと言った様子のおばあちゃん。
やれやれ。
これはもう仕方がない。
ジークに言えば払ってくれるに違いないが、それはプライドが許さない。
アハトは「よし」と、心の中で言った後おばあちゃんへと言うのだった。
「代金分以上に働かせていただきます」




