エピローグ 魔王と勇者
時はウルフェルトを倒した当日の夜。
場所は変わらずイノセンティア――ジーク達が泊まっている宿屋。
現在、ジークはその一室で、ベッドに腰掛け本を読んでいる……もっとも。
(まいったな。外が騒がしくて本の内容が全く入ってこない)
考えた後、ジークは視線を窓の外へと向ける。
すると見えてくるのは。
空を彩る花火。
聞こえてくるのは大歓声。
イノセンティアは今、お祭りの最中なのだ。
狐娘族がウルフェルトから解放された祝い、そしてその救い主を称える祭り。
当然、ジークは先ほどまでその祭りに参加していた。
それはもうすごい称えられっぷりだった。
(あえてアイリスの言葉を借りるなら、かつて俺を裏切った一族から、あそこまで感謝されるのは不思議な気分だな)
なんせ昔の狐娘族は、ジークに敵意全開だった。
特にあいつだ。
五百年前、狐娘族を束ねていた族長――ミアと共に旅をした狐娘族の少女。
彼女なんかは、終始ジークに敵意むきっ放しだった。
ミアが霞むレベルで、ジークにがーがー怒声と睨みを飛ばしてくるし。
(まぁ、あいつはあいつで俺を楽しませてくれたから、別に気にならないけどな。あいつは本当に強かった――九尾の狐に変身できる力を持っていたのは、歴代狐娘族であいつだけだったからな)
などなど。
ジークがそんな事を考えていると。
「ジークくん、入っていい?」
と、ノックの音ともに聞こえてくるのはユウナの声。
ジークがそんな彼女へ、中へ入るように促すと。
「は~~~……疲れたぁ」
言って、ジークの隣に腰掛けてくるユウナ。
ジークはそんな彼女へと言う。
「そういえば、ユウナも『狐娘族が称える対象』だったな」
「うん……『真の勇者の誕生だ』って、担がれて街一周しちゃった……」
「そ、それは大変だったな」
「ジークくん酷いよ! 途中で逃げるから、ジークくんの分もあたしのところに来たんだよ!」
「それは悪かった。どうもああいうのは慣れなくてな」
「あたしだって慣れないよ……でも、みんなが幸せそうだったから、別にいいけど」
言って、ニコッと微笑むユウナ。
そんな彼女はジークへと言葉を続けてくる。
「一応確認なんだけど、狐娘族さん達の呪いは解けたんだよね? それにみんなの寿命もしっかり元に戻ったんだよね?」
「あぁ。特に後者にかんしては、アハトの身体を調べてハッキリさせた――あいつの生命力はなんら問題ない状態だ。それこそ、呪いなんてかかっていた形跡がないくらいに」
「そっか、よかった~~~……」
と、力を抜くユウナ。
ジークはそんな彼女へと言う。
「さすがユウナだ。俺が最初に見込んだだけある。痕跡すら残さない解呪を、ぶっつけ本番――それもミアの力を使いこなして行うとはな」
「でもでも、ジークくんもすごいよ!」
「俺が?」
「だって、ミアさんの力を使っていたウルフェルトさんを、一人でずっと足止めしてたんだよね? 今ならわかるけど、とんでもない神業だよ!」
「そうか?」
「うん! 殺さない様に、逃がさない様に――すごい力を持つ敵を、任意の場所に止め続けるなんて、きっとあたしでも出来ないよ!」
さすがにそれは言い過ぎだ。
今のユウナには、きっと出来るに違いない。
なんせ、ユウナは内包魔力だけでいえば、ジークやミアを凌駕している。
(《勇者の試練》はミアの力を引きつぐだけじゃなかったみたいだな)
ジークが思うに、歴代勇者全員の魔力を継承している。
もっとも、戦闘技術と知識まで上昇しているのは謎だが。
(今度機会があったら、《勇者の試練》の中で何があったか聞いてみるか)
などなど。
ジークがそんな事を考えていると。
「それにやっぱり、ジークくんはとっても優しいね!」
と、ジークの思考を断ち切る様に聞こえてくるユウナの声。
彼女は瞳をキラキラ、ジークへと言葉を続けてくる。
「だってジークくん、お墓を作ってくれてたよね!?」
「な、なんのことだ?」
「あたしが狐娘族さん達に担がれて、街を一周してる時に見たもん――ジークくんが歴代勇者さん達を棺から出して、街が見渡せる丘に運んで埋めてるの!」
「別に歴代勇者達のためにしたんじゃない。あれはミアのためにやったんだ」
ミアの真の後継者達が、あんな暗い場所であんな目に合っている。
そんな事実は到底受け入れられない。
(例えもう死んでいたとしても、然るべき場所に収めてやらないとな)
それが勇者ミアに負けた者としての務めだ。
それにしても惜しい事をした。
(もしも事前に『ウルフェルトが歴代勇者達に行った非道』を知っていれば、もっとウルフェルトを絶望の淵に追い込んでやったものを……っ)
今回の件で、唯一の心残りがそれだ。
やるべき事を一つ出来なくて、ミアに本当に申し訳――。
と、ジークがそこまで考えたその時。
「ジークくん。今、別の女の子のことを考えてたでしょ!」
ぷくっと頬を膨らませているユウナだ。
ジークとした事が失敗してしまった。
「そう、だな……悪かった」
言って、ジークはユウナの頭を優しく撫でる。
今日のユウナは非常によく頑張った。
であるならば。
今日はユウナを思い切り甘やかしてやるべきに違いないのだから。
「さすがだ、ユウナ。今日のお前はミアよりも凄かった」
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