第九章 勇者の試練4
「大丈夫ですか、ユウナ?」
と、聞こえてくるのはミアの声。
気がつくと、神獣は消えていた。そして、ユウナの前にはまたミア。
彼女はそのままユウナへと言葉を続けてくる。
「どこか痛いところはありま――」
「まだ、まだ負けてない!」
否、負けられない。
何度でも挑戦していいのなら、諦めるまでは負けじゃ――。
「待ちなさい、ユウナ」
と、聞こえてくるのはミアの声。
彼女はそのままユウナへと言葉を続けてくる。
「今のままでは、何度やっても勝つことは不可能です。薄々思っていましたが、実力差がありすぎる」
「で、でもあたしは――」
「わかりますよ。諦められない……いや、諦めることは出来ないのでしょう」
「うん。あたしを待ってくれている人がいるから」
「…………」
と、なにか考え込む様子のミア。
彼女はしばらく経った後、ユウナへと言ってくる。
「反則かもしれませんが、教えましょうか?」
「え?」
「今の私に力はないとはいえ、知識はあります――おまえの師になりましょうか?」
「…………」
「そ、そんな顔をするほど嫌だったのですか!?」
「ぎゃ、逆です! こっちからお願いしたいくらい……じゃなくて」
こういう時は、ちゃんと言わなければならない。
それがせめてもの礼儀なのだから。
「よろしくお願いします、師匠!」
それからユウナはひたすらに剣を振るった。
『この空間の中では死なない』という特性を生かし、眠ることなくミアに『剣の扱い方』『相手の呼吸を読む方法』『立ち回りの仕方』などを教わった。
そして、暇があれば神獣へと挑む。
そんな生活を何時間も何日も繰り返し続けた。
この空間に時間の概念はないのだから。
一年目――神獣の動きは見えない。
十年目――神獣の動きはまだ見えない。
百年目――神獣の動きが、ようやく目で追えるようになる。
二百年目――神獣の攻撃を躱せるようになる。
…………。
………………。
……………………。
そうしてさらに百年。
ユウナがこの場所に来てから、時にして合計三百年後。
神獣に挑んだ回数――ユウナが死んだ回数が四十万を超えた頃。
「一つ前の神獣との戦い。あれを見て思ったのですが……おまえ、わざと負けていませんか?」
と、ジトっとした様子で言ってくるのはミアだ。
ユウナはそんな彼女へと言う。
「え、えへへ……ば、バレちゃいました?」
「どうしてそんな事をしているのですか?」
「なんというか――この際だから、ジークくんに迷惑かけないように、思い切り強くなりたくて」
「そういう事ですか」
と、盛大にため息を吐くミア。
彼女は一転、真剣な様子でユウナへと言ってくる。
「この三百年。私はおまえに全てを教えました。気がついていますか?」
「?」
「おまえの剣技はとっくの昔に私を凌駕しています。おまえの魔法の知識もとっくに私を凌駕している」
「で、でも――」
「おまえに欠けている物はたった一つ――選ばれし勇者たる絶対的な自信」
「じ、しん?」
そんなユウナの言葉に、ゆっくり頷いてくるミア。
彼女はそのまま、ユウナへと言ってくる。
「今のおまえは強い。最初に話した、この試練を突破した時の恩恵は覚えていますね?」
「たしか――今までの歴代後継者たちの力全てと、ミアさんの力の継承」
「その通りです。あらゆる能力をおまえは引き継ぐ事が出来る。そうなれば、おまえは確実に最強の勇者になる……自信を持って下さい」
「でも――」
「いいですか。継承が終わっていない現時点でも、おまえに勝てるものはそういない――それこそ、かつての私と魔王くらいのものでしょう」
言って、ミアはユウナの肩に手を置いて来る。
そして、彼女はそのままユウナへと言葉を続けてくる。
「もう一度言います、自信を持って下さい――おまえはもう、この場にとどまっている意味がない」
そこまで言うと、ミアの姿は霞の様に消えていく。
それと同時、ユウナから少し離れた位置に現れたのは神獣。
九つの尾を持つ《九尾の狐》。
ユウナはそんな神獣へと視線を向ける。
(ミアさんの意図はわかってる――あたしはもう卒業。最後に本気を見せろってことだよね?)
正直、ユウナからしてみれば、まだまだミアから教わりたい事はある。
けれど、そのミアから期待されているのだ――本気を見せてほしいと。
この三百間でユウナにとって、ミアは恩師となった。
かけがえのない存在。
(そんな人からの頼みなら、断れるわけない)
などと。
ユウナが考えた瞬間。
凄まじい速度で突っ込んで来る神獣。
奴は九本の尾を槍の様に振い、全方位攻撃をしかけ――。
「遅いよ」
言って、ユウナは剣を鞘から引き抜きながら一閃。
すると、不自然に止まる神獣。
ユウナはそれを確認した後、ゆっくりと剣を鞘へと戻す。
そして、彼女が神獣へと背を向けた直後。
巻き起こったのは、周囲を揺るがす暴風。
空間そのものを破壊しかねない、魔力の奔流。
それと同時、身体の真ん中から両断されるは神獣。
ユウナの斬撃のあまりの速さに、結果が遅れてやってきだのだ。
「これで、いいかな? ミアさんの期待に応えられたかな?」
『はい。その力、たしかに見せてもらいましたよ』
と、どこからか聞こえてくるのはミアの声。
彼女はそのままユウナへと言葉を続けてくる。
『そして、先ほど私が言った言葉を撤回します――現時点でも、おまえは全盛期のわたしよりも強い』
「そ、それは言い過ぎだよ!」
『いずれにしろ、これからおまえは確実に私よりも……そして、魔王よりも強くなる。なにせ、勇者の全てを継承するのですから』
そこまで言った直後、どんどん薄れていくミアの気配。
きっと、ユウナが《勇者の試練》を突破したからに違いない。
役目を終えたミアは消えようとしているのだ。
ユウナはそんな彼女へ、本当に伝えたいことだけを言う。
「ミアさん。あたしを強くしてくれて、本当にありがとう」
『礼を言うのはこちらです。平和の担い手を育てる機会をもらえて、本当に嬉しかったですよ――ありがとう、ユウナ』
「また……会えるかな?」
『いつかどこかで必ず』
そんなミアの言葉と同時、どんどん光に包まれていく視界。
まるで夢から覚める様な感覚だ。
『あぁ、それと最後に聞きたい事が一つ。おまえが言っているジークくんとは、まさか魔王のことではないで――』
と、ぶつ切りになるミアの言葉。
それと同時、ユウナの意識は途切れるのだった。
まるで、ここに来た時と同じように。
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