第九章 勇者の試練2
そうしてしばらく経った頃。
現在、ユウナ達は地下へ続く大階段を下りていた。
「本当にこっちで合ってるんですか? やっぱり私に任せた方が、絶対に安心ですって!」
「ん……アイリス、根拠のない自信はやめて」
「アイリスは頼れる時と、そうでない時の差が激しいですからね」
と、ユウナの背後から順に聞こえてくるのはアイリス、ブラン、そしてアハトの声だ。
ユウナはそんな彼女達へと言う。
「どんどん気配というか――あたしを呼ぶ声が強くなっている気がするから、多分もうすぐだと思う!」
「っていうかユウナ。さっきから地図みてないのって、地味に凄くないですか!? でもでもアレですよ――もし間違ってたら、お詫びに一エッチですよ♪」
「多分、《勇者の試練》とユウナの《光の紋章》が共鳴してる。厳密に言うなら……ん、《勇者の試練》の中にある『ミアの力』と共鳴してる」
「なるほど。ニュアンスで言うなら、『ミアが後継者を呼んでいる』といった感じですか」
と、ユウナの言葉に順に返してくるアイリス、ブラン、そしてアハト。
ユウナはそんな彼女達へと言う。
「そうだと、ミアさんがあたしを認めてくれているみたいで、とっても嬉しいんだけど……あ、階段が終るみたい!」
言って、ユウナは階段を駆け下りていく。
そして、そんな彼女の目の前にあったのは――。
「あは♪ 壁ですよ! 壁! どうやらユウナは間違っていたみたいですね! これはお仕置きが必要ですよ!」
と、聞こえてくるアイリスの声。
彼女の言う通り、目の前にあるのはただの大きな壁――扉などは何もついていない。
しかし、おかしい。
(どういう事? あたしを呼ぶ声は、さっきよりも格段に強くなってるのに)
しかもその声は、確実にこの壁の向こう側から聞こえてくるのだ。
ユウナは念のため、壁に何度も触れてみる。だが、当然の如く壁は壁のまま。
ひょっとしたら、本当にユウナの勘違いだったのかもしれない。
見当違いの方向に来て、時間を無駄にしただけの可能性が――。
「ユウナ、下がってください」
と、ユウナの思考を断ち切るように聞こえてくるのはアハトの声。
彼女はユウナが下がるや否や、剣へと手を伸ばし――。
キンッ。
冒険者を相手にした時と同様、響く鉄の澄んだ音。
アハトが剣を鞘へと納めた音だ。
「階段を下りた先、在ったのはこの壁のみ。他に通路も何もなかったので、違和感しかありませんでした――そもそもそれでは、階段の存在異議が疑われますから」
と、振り返ってユウナの方へと歩いて来るアハト。
彼女はユウナの傍で立ち止まると、そのまま彼女へと言葉を続けてくる。
「しかも、見た限りユウナは『この先に何かがある』と確信を持って進んでいました――となれば、先の事と合わせてこの壁が怪しいのは明白……よって」
そこまで言うと、再び壁の方へと向きなおるアハト。
彼女はニッコリ笑顔で、ユウナへと言葉を続けてくる。
「斬らせてもらいました」
直後――。
壁に入るは無数の線。
それは見る間に百、二百、千、二千と増えて行く。
間違いない。アハトの斬撃の痕だ。
先ほど彼女が剣に手を伸ばした時、一瞬で斬撃を何度も繰り出したに違いない。
(すごい。冒険者さんを相手にしたときより全然すごい……だって、今回は全く見えなかった。これがアハトさんの本気――ジークくんを倒したミアさんの剣技)
などなど。
ユウナがそんな事を考えていたまさにその時。
無数の斬撃線に従って、崩れ落ちていく壁。
斬撃が多すぎたに違いない。
それらは瓦礫とならず、地面に叩き付けられた衝撃で砂塵となっている。
「さぁユウナ。道は開けました、歩みを進めてください――終点は間もなくなのでしょう?」
と、優し気な表情を見せてくるアハト。
ユウナはそんな彼女に頷いた後、壁があった向こう側へと眼を向ける。
そこに在ったのは通路――奥から感じる、これまで以上の気配。
(この奥だ。間違いなく《勇者の試練》がある)
考えた後。
ユウナは仲間達と共に通路の奥へと進んでいく。
…………。
………………。
……………………。
けれど。
そこで待っていたのは想像を絶する光景だった。
「なに、これ?」
ユウナは思わず、口からそんな言葉が飛び出してしまう。
さて、そんな彼女の目の前にあったのは――。
コロシアム程はある大きな空間。
最奥に座す巨大な門。
そして。
「大量の棺桶……いったい、ここは、ここで何をしているの?」
周囲を満たす死臭、加えて凄まじく歪んだ邪悪な気配。
とても神聖な場所とは思えない。
むしろ、ユウナの本能が全力で、ここからの逃亡を騒ぎ立てている。
「ん……この棺桶の下を見て」
と、聞こえてくるブランの声。
ユウナは恐怖を全力で抑え、棺桶へと近付く。
そして、彼女はブランの言う通りに、棺桶の下を見てみる。
するとそこにあったのは。
「これは、呪術陣? これも、こっちのも……全部の棺桶の下にある?」
「ブランは呪術に詳しくないけど、魔力の流れからわかる」
と、ユウナの言葉に返してくるくるブラン。
彼女はそのまま、ユウナへと言葉を続けてくる。
「この呪術陣――上に乗っている対象の力を吸い取るもの……ん、使用者はウルフェルト」
「え、どういうこと? ウルフェルトさんは棺桶の中の死体から、力を吸っているって事? そんな事が出来るの? というより、意味があるの?」
「普通は意味ない……死体は死体。どんなに強い人でも、死体になった時点で何の力も持たない」
「じゃあ――」
「ユウナならわかる……よく、魔力の流れを追ってみて」
言って、視線を最奥の門へと向けるブラン。
つられてユウナもそちらへと視線を向けた直後――。
感じたのは凄まじい魔力、凄まじい力の奔流。
圧倒的な程の聖浄たる気配。
一目でわかる――あれこそが《勇者の試練》だ。
扉で封印されている様だが、それでもなおミアの気配が溢れだしている。
(でも、あれ? なんだか……様子がおかしいような)
ミア程の者が『魔力を自然に溢れださせる』様な、不完全な封印をするはずがない。
それに先ほど、ブランは魔力の流れを追ってみてと言っていた。
「魔力の、流れを……」
呟いたのち、ユウナは目をこらす。
すると見えて来たのは、《勇者の試練》から伸びる何本もの線。
それらはさらに無数に枝分かれし、呪術陣の上に置かれた棺桶へと繋がっている。
(それにこの棺桶。呪術陣のせいで、すごく邪悪な気配に変質しちゃってるけど、よく探ってみるとすごく懐かしい気配を感じる)
まるでそう。
ユウナに『勇者』を託した、先代の勇者の様な。
「っ……まさか」
そこでユウナはとある事に気がついてしまう。
考えるのもおぞましい、人間として絶対にしてはいけない様な事。
それがここで行われている可能性に思い至ってしまう。
「多分ですけど、ユウナが今考えてる事で間違いないですよ」
と、聞こえてくるアイリスの声。
彼女は棺桶の蓋を開け、中を覗き込みながらユウナへと言ってくる。
「死体本体にも、特殊な呪術陣が彫られてます。見た事ない術なんで、効果はしりませんけど……まぁ、対になってるものがそこの扉――《勇者の試練》の入り口に、後付けで掘られている事から見て、確定じゃないですかね?」
「…………」
ユウナはもはや、何もいう事が出来ない。
けれど、アイリスはユウナへとさらに言葉を続けてくる。
「人間とかいくら死んでも、酷い目に遭おうとどうでもいいですけど……さすがにこれは不快というか、気持ち悪いですねウルフェルト」
「…………」
ブランに加え、アイリスがここまで言うなら間違いない。
ウルフェルトがここでやっている事は簡単だ。
《勇者の試練》からミアの力を盗み取っているのだ。
それも『歴代勇者の死体』を冒涜する手段を用いて。
まず、ウルフェルトは《勇者の試練》と棺桶の中にある『歴代勇者達の死体』に呪術陣を刻んでいる。
(アイリスさんもわからない未知の呪術陣みたいだけど、効果は多分――)
《勇者の試練》から、ミアの力を『歴代勇者の死体』に流し込むこと。
死体とはいえ、ミアの力を後継する資格を持った『勇者達』だ。
ユウナが《勇者の試練》と共鳴したように、何等かのパスは繋がっているに違いない。
そこにジークさえ称賛したウルフェルトの呪術を持ってすれば――先に言った流し込みは比較的簡単に出来てしまうに違いない。
(それで、棺桶の下にある呪術陣。あれがブランさんの言った通りの効果なら――)
それを用いて、ウルフェルトは吸い取っているのだ。
『歴代勇者の死体』という貯水タンクに溜めたミアの力を。
打ち倒さなくてはならない邪悪。
ユウナは生まれて初めて、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
(狐娘族さん達に酷い事して……人の命を吸い取るだけじゃなく、死体を弄んで、ミアさんの力を奪い取って)
ウルフェルトは止めなければならない。
今すぐにでも――そのためには。
「みんな、ここまで送ってくれてありがとう」
「え、いきなりどうしたんですか!?」
「ん……ユウナの事、応援してる」
「覚悟が決まったようですね」
と、ユウナの言葉に返してくるのはアイリス、ブラン、そしてアハトだ。
ユウナはそんな彼女達の顔を順番に見た後、一度だけ頷く。
そして、彼女はゆっくりと《勇者の試練》へと歩いていく。
目の前にあるのは、重く閉ざされた扉。
(でも、不思議とどうすればいいのかわかる)
ユウナは右手を扉へと、優しく触れさせる。
すると次の瞬間。
「っ!?」
ユウナの右手の甲にある《光の紋章》から迸る、凄まじい光の奔流。
同時、ユウナの視界は暗転するのだった。
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なお書籍版ではいつもの通り、エ○シーンを大量追加しております――具体的にいうと一万文字近くは加筆しているかと……。
これからも気合いいれて書かせていただきますので。
書籍版3巻、コミカライズ版合わせてよろしくお願いいたします!




