第九章 勇者の試練
時はジークがウルフェルトと戦っている頃。
ユウナ達は無事、ウルフェルトが居座っている城へと侵入していた。
なお、侵入経路はジークと異なり裏口からだ――その理由は簡単。
「ん……なるべく敵に見つからない様に進むから、いつもみたいに騒がないで」
「わかってますよそんなの! っていうか、雑魚敵と戦うの私的にも面倒なんで、なるべく交戦したくないのは私も一緒ですよ!」
「だから、おまえはその声が大きいと言っているのです!」
と、聞こえてくるのはブラン、アイリス、そしてアハトの声だ。
彼女達が敵に見つからない様に、進んでくれている理由もまた簡単。
(あたしが《勇者の試練》に万全の体勢で挑めるようになんだよね。あたしも頑張らなきゃ!)
彼女達の期待に応えるため、そしてジークの期待に応えるため。
などなど、ユウナがそんな事を考えていると。
「あ、こっちですよこっち!」
と、聞こえてくるのは、城の見取り図を持っているアイリスの声だ。
彼女はなにやら地図を回転させながら、さらに言葉を続けてくる。
「えーと、やっぱりこっちですね♪」
「ん……ブランは今ものすごく心配」
「アイリス。まだ間に合いますから、その地図を渡してください」
と、そんなアイリスの声に続くは、不安そうな様子のブランとアハトの声。
彼女達はすぐに「あぁでもないこうでない」と地図の取り合いに――。
「おい、なんだこいつらは!?」
「魔王の仲間――別動隊だ!」
と、突如聞こえてくるのは男達の声。
ユウナがそちらに視線を向ければ、そこに居たのは冒険者。
ジークが心配していた、意図せぬウルフェルトの配下との接敵だ。
もはや地図で争っている場合ではない。
ユウナは三人を守るためにも、剣を抜こうとするが。
「はいはい、ユウナは引っ込んでいてくださいね♪」
と、それよりも早く聞こえてくるのはアイリスの声だ。
彼女はいつの間に移動したのか、ユウナの目の前に出てくる。
そして、そんな彼女は冒険者にめがけ、軽く手を薙ぎながら言う。
「私達がここに居ることがバレると非情に困るので、どうぞどうぞ――ネズミにしてあげますよ♪」
その直後。
今にも襲いかかってきそうだった冒険者達は――。
「……チュウ」
「チュウチュウチュウ!」
ネズミになった。
無論、身体は人間のままだ。しかし、彼等は四つん這いになり、どこかへと鳴きながら走り去ってしまう。
ユウナはその様子を見た後、アイリスへと言う。
「えっと、何をしたの?」
「あは♪ もう、本当はわかってるくせにぃ! 精神操作魔法で思考回路をネズミにしたんですよ!」
と、返してくるアイリス。
ユウナはそんな彼女へと、すぐさま続けて言う。
「そ、それってしばらくしたら、ちゃんと治るの?」
「え、治るわけないじゃないですか! 一生チューチューちゃんですよ♪」
「そんな――っ」
「う……うそうそ、嘘ですからそんな顔しないでくださいよ! 私がそんな酷い事するわけないじゃないですか♪」
「だよね! ありがとう、アイリスさん――あたし、本当はアイリスさんがいい人だって、わかってたから!」
「うぐっ……事が済んだらあの冒険者を探して、精神操作魔法を解かないとですね(ぼそぼそ)」
「?」
ユウナはアイリスが最後に言った事が聞き取れなかった。
故に彼女はアイリスへと、再度声をかけようと――。
「仲間の様子が変だから来てみれば!」
「おい、お前ら! 敵だ! 敵が要るぞ!」
と、聞こえてきたのは冒険者達の声。
見れば、声に寄せられ冒険者達が二十名ほど集まって来ていた。
きっと、先のネズミ冒険者を見つけてやってきたに違いない。
これはもう、本格的な交戦は避けられない。
(ジークくんには止められているけど、こうなったらあたしも戦わないと!)
考えた後、ユウナは剣へと手をやる。
そして、彼女は一歩踏み出し冒険者達へ――。
「おまえは下がっていてください、ユウナ」
と、聞こえてくるのはアハトの声。
彼女はユウナの前に出ると剣を引き抜く。そして、彼女は冒険者達へと言う。
「おまえ達の前に居るのは、真の勇者――言うなれば、おまえ達が本当に仕えるべき主です。それでも道を空けないのですか?」
「はぁ? なに言ってんだてめぇ!」
「そうですか、わからないのなら結構」
と、アハトが言った瞬間、城全体が爆音と共に大きく揺れる。
きっと、どこかでジークがウルフェルトと戦っているに違いない。
そして、その事はアハトも気がついたに違いない。
「わたし達のために時間稼ぎをしているジークのためにも、こんな所で足止めされるわけにはいかないのです」
言って、アハトは剣を構えた――その直後。
アハトの姿が消える。
「なっ!?」
「いったいどこに行きやがった!?」
と、聞こえてくる慌てた様子の冒険者達の声。
彼等はアハトを完全に見失っているに違いない。
だとするならば――。
「残念ですが、これで終わりです」
聞こえてくるのはアハトの声。
見れば、アハトが居るのは冒険者達の中央。
要するに、彼女は移動したのだ。目にも止まらぬ速度で、冒険者達の懐へ――アハトの剣が確実に届く間合いへと。
「こ、殺せ!」
「囲んで袋叩きにしろ!」
と、途端に騒ぎ出す冒険者達。
きっと、彼等はようやくアハトの実力がわかったに違いない。
『こいつは舐めてかかるとやばい』と。
だがしかし、認識を改めるのはやや遅かったに違いない。
キンッ。
と、聞こえてくるのは、鉄の美しく澄んだ音。
アハトが剣を鞘へと納めたのだ。
「てめぇええええええええええええええ!」
「舐めてんじゃねぇええええぇ!」
「剣を使うまでもねぇってか!?」
と、何を勘違いしているのか、怒声を撒き散らしながら興奮する冒険者達。
しかし、ユウナにはわかる――アハトは決して挑発しているのではない。
そして、ユウナにはかろうじて見えた。
(すごい……技の精度だけで言ったら、ジークくんを越えてる?)
などと。
ユウナがそんな事を考えていると。
「ぐっ」
「が、はっ――」
「て、め……なに、を」
と、次々に崩れ落ちていく冒険者達。
アハトは見るからに冷たい様子の視線で、そんな彼等へと言う。
「安心しなさい。命まで取るつもりはありません。なにより、そんな事をすればユウナが悲しみます」
要するに、アハトは斬ったのだ。
凄まじい速度で冒険者達に接敵した後、凄まじい速度で剣を振るった。
(見えた限りで各冒険者さんに十回ずつ――合計で二百回。それも殺さない様に加減して、冒険者さんの関節を狙うなんて)
ジークはかつて、アハトの剣技はミアに匹敵していると言っていた。
ということはつまり――。
(あたしもアハトさんみたいに、成れるのかな?)
いや、それではダメだ。
みんなの期待に応えるため、そして自らの願いの為にそう成るのだ。
と、ユウナがそんな事を考えていると。
「おいなんだこれ!」
「全員やられてるぞ!」
「こい! 宿舎の奴等全員連れて来い!」
と、またも聞こえてくる冒険者たちの声。
見れば、廊下の奥から先の数倍の冒険者たちが押しかけてきている。
これはさすがにまずい――もはや温存とか考えていられるレベルではない。
というより八方塞がりだ。
なんせ、この数の冒険者達と戦えば、ユウナも戦わざるを得ない。
そして、この数の冒険者と戦えば、確実に目立つ。
そうなれば最後、どんどん冒険者達が押し寄せて来て、無限に戦うことになる。
(ど、どうしよう! 早く《勇者の試練》までたどり着かないといけないのに!)
アハトが言っていた通りだ。
ユウナはジークに負担をかけない為にも、早く先に進まなけれ――。
「ん……これ以上、まともに戦うのはバカらしい」
と、ユウナの思考を断ち切る様に聞こえてくるのはブランの声。
その直後。
廊下を塞ぐように現れたのは、巨大で分厚い氷の壁。
ガラスの様に澄み渡り、向こう側が透けているにもかかわからず。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
と、廊下を塞ぐブランの氷壁の向こう側で、必死に氷に攻撃している冒険者達。
けれど、彼等はブランの氷壁を壊すどころか、傷一つ付けられていない。
(ブランさんなら当然だけど、すごい氷魔法。ジークくんの闇魔法とは、また別のすごさを感じる……なんというか、とっても綺麗でまるで芸術品を見ているみたい)
などなど。
ユウナがそんな事を考えていると。
「……! ………ドヤ」
と、ユウナの視線に気がついたに違いないブラン。
無表情ながらも、なんだか誇らしげだ。
などと、ユウナがそんな事を考えていると。
「さぁ、続きを行きましょう。地図はわたしに渡してもらいますよ」
「え~~~~~~~~~~~~っ~! 卑怯ですよ! まだ私のターンですよ! エンドフェイズはまだまだなんですよ!」
と、聞こえてくるアハトとアイリスの声。
どうやらまだ地図の取り合いは、終わっていなかったに違いない。
そこで、ユウナは少し前から思っていた事を言うのだった。
「あの、よかったらあたしに任せて貰えないかな。うっすらとだけど、《勇者の試練》がある場所がわかる気がするの――なんだか、呼ばれているような」
『常勝魔王のやりなおし』の3巻の発売が決定しました!
発売日は11/1なので、皆様に読んでいただけると嬉しいです!
なお書籍版ではいつもの通り、エ○シーンを大量追加しております――具体的にいうと一万文字近くは加筆しているかと……。
これからも気合いいれて書かせていただきますので。
書籍版3巻、コミカライズ版合わせてよろしくお願いいたします!




