第八章 魔王の力3
「オレは裏切者を許さねぇ主義でなぁ」
と、聞こえてくるのはウルフェルトの声。
見れば、ウルフェルトが二階へ続く階段から、一階へと降りてきているところだった。
ジークはそんなウルフェルトへと言う。
「お前が近づいて来ているのは、気配でわかっていたが。奴隷だけではなく、部下に対しても随分な扱いだな」
「褒めてもらって光栄だ」
「ウルフェルト。お前は勇者として最低最悪――その強さも借り物となっては、もはや褒める要素が一つもない」
「あぁ? なんだ、オレの秘密を解いたのか? そいつぁすげぇ――で、随分とお暇な魔王は、このオレにいったい何の用だぁ?」
「言ったろ、お前は勇者に相応しくない。だから、ここへはそれを証明しにきた」
「証明、ね……」
と、ジークの方へとやってくるウルフェルト。
奴はジークの傍で止まると、そのまま言ってくる。
「たった一人でか?」
「笑わせるな。お前のような似非勇者を倒すのに、仲間をゾロゾロと引き連れてくる理由があるか?」
「上等ぉ……部下共じゃ貴様を止められねぇよぉだし。オレもてめぇを倒す準備ができてるからなぁ――ちょうどいいタイミングだぜ」
言って、ウルフェルトは大きく足をあげ、それを地面へと勢いよく振り下ろす。
すると巻き起こったのは、イノセンティア全体を揺るがすほどの地震。
さすがミアの力と言わざるを得ない。
そして、そのウルフェルトの行為はパフォーマンスではなかったに違いない。
激しい振動によって崩れる天井。
上層より落ちて来たのは、金色の鉄塊。
「紹介が遅れたなぁ。こいつがオレの相棒――そして、貴様を殺す死神だ」
ニヤッと口を醜悪に歪めて言ってくるウルフェルト。
そんな奴の手に握られているは、金色の巨大斧――その正体は。
「《ヒヒイロカネ》で出来た武器か」
「おうよ。もう知っている様だから言うが、オレにはミアの力がある」
と、ジークの言葉に返してくるウルフェルト。
奴はそのままジークへと言葉を続けてくる。
「そして、その力を扱う戦闘技術も持っている」
「だろうな、お前はそれ相応の物を狐娘族から奪ったんだからな」
「焦るなよ魔王。そして、そんなオレは貴様を倒せる武器を手に入れた。さらにそこに加えて不老不死……オレはいま最強で無敵となった。意味がわかるな魔王?」
「わからないな。教えてくれるか?」
「そうか、わからねぇか……だったら教えてやるしかねぇな」
と、カラカラと笑うウルフェルト。
その直後。
「貴様を殺す」
言って、大斧を片手に凄まじい速度で突っ込んでくるウルフェルト。
同時、ジークに襲いかかってくるのは奴が放つ必殺の斧。
いくらジークでも《ヒヒイロカネ》の武器の直撃は、命にかかわる……故に。
「しっ!」
ジークはウルフェルトより後に放ってなお、奴より早い速度で抜剣。
彼はそのまま光に至る速度で、剣をウルフェルトの斧へと叩き付ける。
そうして響き渡ったのは、雷鳴の様な音。
あらゆる物を薙ぎ払う暴風。
まるで太陽の様に明るく、鮮やかに飛び散る閃光。
「オレの――ミアの力を拮抗するとは、さすがは魔王!」
と、言ってくるのはウルフェルトだ。
奴はそのまま、凄まじい力でジークの剣を押し込めながら言ってくる。
「だが、オレの力はまだまだこんなもんじゃねぇ!」
「今回は随分と交戦的だな。いったいどういう心境の変化だ?」
「言ったろ、貴様を殺す準備が出来たってな――それに、オレは貴様から奪いたいものがあるからなぁ!」
「それはいったいどういう意味だ?」
「ユウナ――感じるぜ、あいつは『ミアの正当なる後継者』だろ?」
「っ……なぜそれを知っている!?」
「さぁ、どうしてだろうなぁ!? 気になるよなぁ魔王!? だから一つだけ教えてやる――貴様を殺して、ユウナはオレが貰うぜ!」
言って、斧に更なる力を込めてくるウルフェルト。
同時、ジークの身体が地面から浮き上がり、剣もろとも背後に吹き飛ばされる。
このままでは壁へと、叩き付けられてしまうに違いない。
(ちっ……褒めるのは癪だが、さすが『ミアの力』を『狐娘族の戦闘技術』で使っているだけあるな)
考えた後、ジークは空中ですぐさま身を捻る。
そして、彼は両足で衝撃を殺しながら、壁へと着地。無論、これで終わったりはしない。
(俺の役目は陽動。ウルフェルトは殺せないとはいえ、ある程度やらないとな)
ジークは足に力を込め、足場の壁を爆散させながら、ウルフェルトめがけ疾走。
音を置き去りにし、凄まじい速度でウルフェルトへと近づいて行く。
ジークは奴との距離が一定になったところで。
「行くぞウルフェルト、次は俺の番だ」
そうしてジークが繰り出したのは――。
音速を越え光速にさえ至る斬撃。
剣は摩擦熱で赤熱し、鮮やかな線を空に描く。
並大抵の者では防ぐどころか、目視すら不能の至高の一撃。
それはそのままの速度で、ウルフェルトへと進んでいくが。
「前に言ったよなぁ、貴様はその程度かってよぉ!?」
聞こえてくるのは、嘲るように余裕たっぷりなウルフェルトの声。
そんなウルフェルトは、ジークの攻撃がハッキリと見えているに違いない。
奴はジークの攻撃に合わせるように、異常な速度で大斧を振るってくる。
そしてその直後――。
光速に近い剣と斧がぶつかり合い、巻き起こったのは爆発。
周囲を焼き尽くすほどに眩しい火花。
周囲のあらゆる物を等しく崩壊させる圧倒的な衝撃。
「何回でも言うぜ、魔王。この程度かよ?」
と、ニヤリと不愉快な笑みを浮かべてくるウルフェルト。
ジークはそんなウルフェルトへと言う。
「安心しろよ、ウルフェルト」
言って、ジークは剣の角度を変える事により、ウルフェルトの斧を受け流す。
ジークは奴の斧が左に逸れていくのを見るや否や――。
「俺の攻撃はまだまだ終わりじゃない」
むしろ、これからが始まりだ。
考えた後、ジークは剣を右斜め上へ構え、そのまま左下へと一気に振り下ろす。
その異常な速度に剣は再び赤熱し、音を置き去りにするが。
ジークの手に伝わってくるのは、先ほどまでとはまるで異なる衝撃。
否、今まで感じた事のない感覚。
「よう、魔王……貴様の攻撃は通用しねぇって、まだわからねぇのか?」
聞こえてくる不敵で不快なウルフェルトの声。
奴は左手でジークの攻撃を止めていた――ジークの剣を指で軽くつまむ事により。
要するに、形こそ違えど白刃取りの要領に違いない……しかも。
(こいつ、どういう握力をしている?)
ジークが剣を押し込もうとしても、まるで動かないのだ。
なんにせよ、このままウルフェルトの間合いで膠着するのはよくない。
考えた後、ジークはウルフェルトを殺さない様、奴の腹に音速の右回し蹴りを叩き込む。
その威力は常人なら消し飛ぶ程――最強レベルの格闘家であってもしばらく行動不能になるに違いない。
だがしかし。
ジークの足に伝わってくるのは、破壊不能の鉱物を蹴ったような鈍い感覚。
「通用しねぇんだよ、魔王。前と違って今回のオレは本気……しっかりと身体に力を入れてるからなぁ――チープな言い方だが、筋肉の鎧ってわけだ」
と、余裕の笑顔すら見せてくるウルフェルト。
本当に効いている様子がない。
とれなば、ジークにも考えがある。
「だったら、これを全部受けてみろ」
言って、ジークは足をすぐさま引き、再度ウルフェルトの左腕へと音速の蹴りを放つ。
すると、さすがに剣を離してくるウルフェルト。
それを確認した後、ジークはすかさず数歩分ウルフェルトから距離を取り体勢を整え。
斬った。
斬って斬って斬りまくる。
繰り出すのは無数の連撃。
音も光も全てを置き去りにし、赤熱した赤い刃を振り続ける。
その数、秒間およそ一万。
周囲の地面は抉れるように消し飛び、衝撃波は離れた壁や天井を破壊していく。
まさに剣の嵐――ジークの刃圏の内に入った者は、悉く消滅する程の斬撃。
そうして十秒だ。
ジークは十秒間――およそ十万の斬撃をウルフェルトへと放った。
にもかかわらず。
「終わりなら、順番的に次は俺だなぁ?」
ウルフェルトは無傷。
奴は身の丈を超える大斧を巧みに使い、ジークの攻撃全てを叩き落としたのだ。
まさしく絶技。
『ミアの力』と『狐娘族の戦闘技術』がなければ、到底再現不能に違いない。
と、そうこう考えている間にも、攻撃モーションを取って来るウルフェルト。
ジークはすぐさま防御態勢を取ろうとするが。
「手遅れなんだよ、雑魚がぁああああああああああああああああああああああっ!」
言って、ジークへと斧を凄まじい速度で振るってくるウルフェルト。
タイミング的に避ける事は――。
「ぐ――っ」
ジークは胸部に斬撃を受け、凄まじい速度で後方へと吹き飛ばされる。
身体は壁にぶつかり止まったものの。
(さすがに……《ヒヒイロカネ》による斬撃は、響くな)
ジークの胸部からは、凄まじい量の血が流れ出ている。
かなりのダメージだ。
このまま放置しておけば、死ぬ可能性も充分にある。
故にジークはすぐさま回復魔法を使い、傷を回復させていく。
「一撃じゃ死なねぇとは……腐っても魔王か」
と、聞こえてくるのはやや離れた位置に居るウルフェルトの声。
ジークは怪我を治癒させた後、剣を支えに立ち上がる。
そして、彼はそのままウルフェルトへと言う。
「当り前だ……この程度で負けて、たまるか」
「随分強がっている様に見えるけどなぁ」
「黙れ! 俺、は……お前のような似非勇者に、負けたり……しないっ!」
「上等ぉ! だったら、次で止めを刺してやるよ!」
「それはこっちの台詞だ!」
言って、ジークは剣をウルフェルトへと構える。
と、ここでジークはふと我に返ってしまうのだった。
(さすがに今の台詞は臭すぎたか? 演技には自信がないからな……ウルフェルトにバレていないといいんだが)
忘れがちがだが、これはあくまで陽動。
ジークの役目は冒険者を引きつけるだけではない――本命のウルフェルトを、この場に拘束しておくことこそが大切なのだ。
冒険者はともかく、ウルフェルトがユウナの元へ向かってしまえば終わる。
確実にユウナ達では対処は不能なのだから。
(『俺に勝てそう』と思わせておけば、ウルフェルトは絶対にここから離れない)
今のところ、全てはジークの想定通りに進んでいる。
わざと攻防を拮抗――若干ウルフェルトに押されている様に見せる。
わざと致命的な隙を晒す――これにより、死なない程度にウルフェルトに斬らせる。
(癪だが、きっと今ウルフェルトは『魔王をボコボコに出来ているオレつぇええええええええええええええええええっ!』とでも思っているだろうな)
人は誰しも勝っている時が楽しい、故にそういう時ほど調子に乗る。
結果、周囲が見えなくなる。
(ユウナが《勇者の試練》をこなすまで、俺の手のひらの上で踊ってもらうぞ)
考えた後、ジークはウルフェルトへと突っ込んで行くのだった。
次はどこを斬らせてやるか……そんな事を考えながら。
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なお書籍版ではいつもの通り、エ○シーンを大量追加しております――具体的にいうと一万文字近くは加筆しているかと……。
これからも気合いいれて書かせていただきますので。
書籍版3巻、コミカライズ版合わせてよろしくお願いいたします!




