第六章 ウルフェルトの秘密2
「到着だ。もう力を抜いて大丈夫だぞ」
「うぅ……いきなり酷いよ!」
と、ジークの言葉に返してくるユウナ。
ジークはそんな彼女へと言う。
「はは、悪かった。まさかあんなに怖がるとは思っていなかったからな」
「もうっ! えっと、それでここって――森だよね?」
「あぁ、ここに俺の目的の一つがある」
言って、ジークはユウナを優しく地面へと立たせる。
するとすごく残念そうな、ムッとしたような表情をしてくるユウナ。
しかし、ユウナはすぐに機嫌を直したに違いない。彼女はジークへと言ってくる。
「聞いて居なかったけど、ジークくんはここで何をする気なの?」
「まぁ見ていろ」
そして、ジークは意識を集中させる。
ここ辺りから件の魔力をより濃く感じるものの、正確な発生点がわからないからだ。
(すぐ近くにあるのは間違いない。だが、この距離でも正確な位置を気取らせないとはな。ウルフェルト・ザ・カース二世――あいつ、いったい何者だ?)
ここまでくれば、ただの人間ではない事は明らかだ。
ジークはそんな事を考えながらも、周囲の探知を続ける……そして。
「見つけた」
言って、ジークは一本の木の方へと歩いて行く。
そして、彼は木を横から軽く蹴りつける――すると。
一瞬にして遥か彼方へと吹っ飛んでいく件の木。
次いで、木の根に引っ張られ抉れる地面。
「なに、これ?」
と、聞こえてくるのはユウナの声。
見れば、彼女は顔色を青く染め、吐き気でも堪えるかのように口元を抑えている。
彼女がそうなっているのも仕方ない……なぜならば。
(見ているだけで精神異常を引き起こしそうになるほど、醜悪な気配を放つ呪術陣――心が強くないものがこれを直視したら、心が壊れて発狂するだろうな)
こんな呪術陣は五百年前も含め見た事がない。
陣の複雑さ、隠匿性、内包魔力――それら全てにおいて常軌を逸している。
(いったいこれを使って、どういう呪術を使っている?)
この呪術陣は確かに、複雑かつ初見の呪術陣。
だが目視さえできていれば、ジークにかかれば解析は可能だ。
そして、ジークはさらに意識を集中させ、呪術陣と向き合う事数秒。
「薄々そうじゃないかとは思っていたが……」
ジークが最初に想像した通り、確かにこれはイノセンティア全体に影響する呪術陣だ。
これと同じ物が、イノセンティアの周囲にあと五個あり、それらで結界の様なものを作り出している。
問題はその効力だ。
ジークはウルフェルトの魔力と、この呪術陣を醜悪と言った。だが、実際はそんな言葉では生ぬるい。
この呪術陣は、決して許されていいものではないからだ。
なぜならば、この呪術陣の効力は――。
「範囲内に居る人々の『理性の低下』と『寿命の吸収』……やはり、か」
納得いった。
アハトは『理性が低下』していたからこそ、妙に積極的だったのだ。
かつアハトは魔力抵抗がないため、影響をもろに受けて定期的に発○した。
(アイリスは種族的な抵抗値が、ユウナはポテンシャル故の抵抗値があって、『理性の低下』が作用しなかったんだろう)
そして無論、ジークには障壁があったから作用しなかった。
しかもこの『理性の低下』は対象が選択されている。
(『狐娘族』と『外からやって来たもの』のみに働くようになっている)
これはきっと、狐娘族を奴隷としてこき使いやすくするため。
後者は違法な遊びにハマりやすくし、イノセンティアに長く滞在させようとしているに違いない。
ウルフェルトが『外からやって来た者』を長居させたい理由。
それはきっと、単純な金儲けもあるだろうがもう一つ――。
「『寿命の吸収』って、それって……いったいどういう事!?」
と、慌てた様子で言ってくるユウナ。
優しいユウナの事だ。きっと、自分の心配ではなく、他人の心配をしているに違いない。
ジークはそんな彼女へと言う。
「ウルフェルトの奴は、この呪術陣を使ってイノセンティアの人々の命を吸収している。それこそが、あいつが俺に攻撃されて死ななかった理由――不死性の理由だ」
そしてこれこそが、ウルフェルトが『外からやって来た者』を留めたい理由。
奴は蜘蛛の如く、巣を張って『他人の命』という餌がかかるのを待っているのだ。
無論、巣にかかった獲物は決して逃がさないよう――理性を低下させる。
「そんなの……どうして、いったい――命を吸収された人は……どう、なるの?」
と、今までと違う理由で顔を青くしているに違いないユウナ。
ジークはそんな彼女を怯えさせないよう、なるべく平静を保ちながら言う。
「人によって効き目は事なるだろうが、間違いなく全員早死にする」
「それって、どれくらいなの?」
「この呪術陣から見る限り、だいたいが三十歳……四十まで生きていられたら、長生きってところだな」
「そんな――っ」
と、衝撃を受けている様子のユウナ。
彼女にそれ以上の衝撃を与えたくないため、彼女には言わないが――問題はまだある。
見た限り、この『寿命の吸収』の術式は対象選択がされていない。
(ウルフェルトの奴、狐娘族や外部の人間からだけでなく、自分の部下からも命を吸い取っているな?)
クズここに極まれりだ。
要するに、ウルフェルトは仲間すらも『不死性を保つ養分』と見ているわけだ。
ジークは改めて理解した。
(ウルフェルトは勇者に相応しい力を持っている。だが、あいつの人格は勇者と程遠く穢れ切っている)
ルコッテの似非勇者――多くの人々を虐げてきたエミール。
アルスの似非勇者――人体実験を繰り返してきたミハエル。
あの二人もクソだったが、ウルフェルトのクソ加減はそれ以上だ。
正直、その悪辣さの一点のみならば、ジークが見てきた中で最強。
(五百年前であっても、こんなゴミみたいな奴は存在していなかった)
ウルフェルトがミアの子孫など、到底信じられない。
いったいどこを間違えれば、あの聖人からこんなゴミが生まれてくるのか。
許せない。腸が煮えくり返りそうだ。
(ウルフェルトは存在しているだけで、ミアを穢している。一刻も早くウルフェルトをどうにかしないと、俺の精神までどうにかなりそうだ)
しかし、今は冷静になる必要がある。
まず目の前にある呪術陣を破壊するのが先決なのだから。
考えた後、ジークは呪術陣へと手を翳す――そして、彼はより深く呪術陣の構成と魔力を把握していく。
無論、呪術陣を破壊するためだ。
…………。
………………。
……………………。
そして、ありえない事が判明した。
「これは――この呪術陣は、壊せないっ」
「ジークくんでも壊せないなんて事が、そんなの変だよ! だって、ジークくんの技量はウルフェルトさんより上なんだよね!?」
と、すがるように言ってくるユウナ。
確かにジークの技量は、ウルフェルトよりも上だ。
問題はこの呪術陣に使われている魔力――より深く呪術陣を把握して、ようやく確信が持てた。
「ウルフェルトはどうやってか知らないが、確実にミアの魔力を使っている」
ミアの魔力に、ウルフェルトがコロシアムでしている『蠱毒』で集めた技能。
それら二つを全投入した上に、ウルフェルト元来の超絶技巧で呪術陣を張っているのだ。
「こんなもの、解除できるわけがない! この世界を吹き飛ばしても、この呪術陣だけは残るレベルで凶悪だ!」
「じ、じゃあ寿命を取られている人はどうなるの!?」
と、言ってくるユウナ。
まさしく問題はそれだ――一番心配なのはアハトだ。
彼女は魔力抵抗がないため、すでに十年分ほど寿命がなくなっていてもおかしくない。
とはいえ手段はある。
(見た限り――この呪術陣を解くことができれば、寿命は全て持ち主の元へと帰るようにできている)
無論、それまでに寿命本来の持ち主が死んで居れば意味がないが。
さて、呪術陣を解除する方法だが、その方法もまた手段がある――たった一つだけ。
そして、その方法をユウナに伝える前に確認したい事がある。
「ユウナ、最後に一つだけ付き合ってくれ」
『常勝魔王のやりなおし』の3巻の発売が決定しました!
発売日は11/1なので、皆様に読んでいただけると嬉しいです!
なお書籍版ではいつもの通り、エ○シーンを大量追加しております――具体的にいうと一万文字近くは加筆しているかと……。
これからも気合いいれて書かせていただきますので。
書籍版3巻、コミカライズ版合わせてよろしくお願いいたします!




