第六章 ウルフェルトの秘密
時は深夜過ぎ――すっかり皆が寝静まった頃。
場所は宿屋の一室、ジークの部屋。
「そろそろか」
言って、ジークはベッドの上で目を開ける。
そして、彼は立ちあがると身支度をしていく。
ジークがこの時間に、一人起きた理由は簡単だ。
(アハトがあぁも立て続けに発○するのは、さすがにおかしい)
ジークが最初に睨んだ通り、イノセンティアに何か原因があるのは間違いない。
例えば街全体を覆う様な、大規模な呪術陣。
(ウルフェルトはコロシアムで、俺でさえ気がつかない様な呪術陣を闘技台の下に仕込んでいた)
信じられないほど、卓越した呪術の腕前だ。
あの腕前があれば、誰にも気がつかれない様に『イノセンティア全体に作用する呪術陣』を張る事は、造作もないに違いない。
(加えて、さっき目を閉じて感覚を集中させて、ようやくわかったことだが)
この街の至る所から、かすかにミアの魔力らしき物が感じられるのだ。
いや、どちからというならば――。
(ウルフェルトと戦った際に感じられた、醜く変質し歪み切ったミアの魔力)
そして、その魔力は街の中央と街外れにある六ケ所から、より強く感じられるのだ。
中央はまず間違いないウルフェルトだとして、街外れの六ケ所はおそらく―――。
(まぁいい。それを今から確かめに行くところだ――もし、アハトの不調に関係していたら、放置しておくのはリスクがあるからな――もっとも、ほぼ確実に関係しているだろうが)
これこそがジークが、深夜に起きた理由。
なお、仲間を起こさないのは単純に、彼女達にはゆっくりしていて欲しいからだ。
ジークはそんな事を考えながら、自室の扉を開いて廊下へと出て行く。
そして、なるべく気配を消しながら、静かに宿屋の外へと向かう。
(アイリスあたりは、俺の気配や魔力に敏感だから注意しないとな)
とまぁ、そうこう注意している間にも、無事に到着したのは宿屋前。
こうなればあとは簡単だ。
(とりあえず街外れ――イノセンティアを囲むように配置されている魔力点を、順に回っていくか)
もしも、ジークが考えていた通りなら、それをその場で破壊すればいいだけだ。
それでアハトやブランの異変は、確実に治るに――。
「ジークくん、どこ行くの?」
と、ジークの思考を断ち切る様に、背後から聞こえてくるのはユウナの声だ。
ジークが振り返ると、そこに居たのはやはりユウナ――しかも、しっかり着替えている。
ジークはそんな彼女へと、素直に感じた事を言う。
「すごいな。俺に認識されずに、この距離まで近づくなんて……例え魔法を使ったとしても、相当な使い手じゃなきゃ無理だぞ」
「え、そうなの? ジークくんがたまに気配を消しているのを見て、真似してみただけなんだけど」
「俺が使っている技術を、そんな簡単に真似する事が出来る時点で十分すごい」
というかそもそも、気配を消しているジークに気がつき、ここに来ている時点ですごい。
などなど、ジークがそんな事を考えていると。
「それでジークくん。最初の質問に戻るけど、どこに行くの?」
と、ややジトっとした様子のユウナさん。
ジークにはわかる――これは正直に言わなければ、後が怖いやつだ。
故に、ジークはそんなユウナへと言う。
「ちょっと調べものをな。別に戦ったりするわけじゃないから――」
「あたしも行く」
「いや、だから別に戦ったり――」
「あたしも連れて行って」
「ユウナ、よく聞け。戦っ――」
「そう言って無理するのが、とっても心配だから一人では行かせないよ!」
むんっと、睨みを聞かせてくるユウナ。
こうなったユウナは頑固だ。
それこそ、アイリス並みに引かないに違いない。
(ここで騒いで、みんなを起こすのも面倒だ。それに、俺を心配して来てくれたユウナを、無理矢理に追い返すのもなんだか悪い)
考えてみれば、ユウナが居ても問題のない事だ。
加えて、ユウナが来たいのならば、気を使って宿屋で寝かせる必要もない。
「じゃあ、一緒に来るか?」
「うん!」
パッと一転、太陽の様な笑顔を見せるユウナ。
なんだか、彼女のお尻付近から子犬の尻尾が、ふりふり振られているのが見える様だ。
「それで結局、答えてもらってないんだけど――どこに行くの?」
ひょこりと首をかしげてくるユウナ。
ジークはそんな彼女へと言う。
「あぁ、そういえば言ってなかったな。ちょっと街外れに用事があるんだ」
「ちょっと遠いね。あんまり遅くなると困るし、早く行こ!」
言って、ジークへと手を差し出してくるユウナ。
きっと、『一緒に手を繋いで目的地まで歩いて行こう』という意味に違いない。
それはさすがに恥ずかしい――というか、ジークはそもそも歩く気はない。
などなど、ジークはそんな事を考えた後。
「ユウナ、ちょっと失礼する」
「え、きゃっ!?」
と、驚いた様子のユウナを無視。
ジークはそのままユウナの背中と足に腕を回し、彼女をひょいっと持ち上げる。
要するにこれ――。
「お、お姫様抱っこ……されちゃった」
言って、頬をピンクに染め、なにやら照れ照れしているユウナ。
彼女は何故か、ジークの胸板にほっぺをくっつけながら言ってくる。
「ジークくん、とっても温かい……」
「いや、ユウナの方が温かい」
「…………」
「…………」
なんだこの空気は。
気を抜くと、息をまともに吸えなくなる。
意思に反して、どんどん鼓動が早くなっていくのがわかる。
(それに、表情を作るのが難しい……いったい俺の身体はどうなっている?)
純粋な魔物だった五百年前は、こんな事は起きなかった。
これではまるで、女と付き合った事のない純情な少年の様だ。
しかも、ジークがこうなるのはユウナの時だけというのだから、なおさら理解できない状況だ。
ジークがそんな事を考え、軽いパニックに陥っていると。
「ねぇ、ジークくんはあたしのこと、好き?」
と、至近距離からジークをじっと見つめ、そんな事を言ってくるユウナ。
ジークは蘇ってから初めてレベルの全力を出し、平静を保ちながら彼女へと言う。
「あぁ、俺はユウナの事がす、すきだ……お、おほん。もちろん仲間としてのす、好きだがな」
「ジークくん、今噛んだでしょ?」
「いや、噛んでいない。魔王が全力を出したにもかかわらず、短い台詞を噛んで言えないなど――失敗するなどありえない」
「はいはい」
言って、ジークの頬に手を伸ばしてくるユウナ。
彼女はジークの頬を撫でてくると、そのまま言ってくる。
「あたしはね……うん、ジークくんの事が大好きだよ。この世界で一番好き。きっと、どんな事があってもジークくんの事を好きで居続けるよ」
「…………」
「えへへ、ジークくん照れてる!」
「いや、照れてない!」
「ジークくんのかっこいい所も好きだけど、可愛い所も好きだよ――それで、そういう部分はアイリスさん達も知らない……あたしだけの宝物」
「…………」
なんだか直感的に、ユウナから魔性を感じてしまった。
アイリスの影響なのか、はたまたユウナ生来のものなのか。
いずれにしろ、このまま成長すればジークですら勝てない何かに成長するかもしれない。
(真の勇者になったユウナに、戦って負けるのはまだいい。もちろん負けるつもりはないが、それはまだ許せる。でも、戦う以前に尻に敷かれるのは……ダメだ、それはダメだ)
もっとも、それはそれでいいかもしれない――なんて心のどこかで、一瞬でも考えてしまった時点で、ジークも相当やばいに違いないが。
「ジークくん、どうしたの?」
と、心配そうな表情を向けてくるユウナ。
ジークはそんな彼女へと言う。
「なんでもない。一気に行くから、しっかり掴まっていろよ」
「え、それって――ひゃ~~~~~~~~っ!?」
と、間抜けな悲鳴を上げるユウナ。
しかし、それも仕方ないに違いない。
なんせ、現在ジークはユウナを抱えたまま、空高くを舞っているのだから。
「じ、ジークくん!? そ、空! じ、地面! な、何!?」
と、よくわからない事を言ってくるユウナ。
しかし、言いたい事はニュアンスでわかる――故に、ジークは彼女へと言う。
「歩くと時間がかかるからな。さっさと飛んでいく」
要するに、ジークは地面を蹴って、目的地めがけ一気に跳躍したのだ。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
と、鳴り響く風切り音。
そして――。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
などと、何かを喚いているユウナ。
しかし、そんな時間もすぐに終わりを告げる。
次第に近づいて来る地面――目的地の一つだ。
ジークは魔力と足の筋力を上手く使い、衝撃を完全に殺して着地。
そして、ジークはユウナへと言うのだった。
「到着だ。もう力を抜いて大丈夫だぞ」
twitterではすでに報告済みですが……なんと!
『常勝魔王のやりなおし』の3巻の発売が決定しました!
発売日は11/1なので、皆様に読んでいただけると嬉しいです!
なお書籍版ではいつもの通り、エ○シーンを大量追加しております――具体的にいうと一万文字近くは加筆しているかと……。
これからも気合いいれて書かせていただきますので。
書籍版3巻、コミカライズ版合わせてよろしくお願いいたします!




