第五章 これも魔王の務め3
さてさて。
そうして、どれくらい時間が過ぎた頃か。
「『おいおい、そんなに睨むなよ。貴様は賭けに負けたんだ――さっさと仲間を連れて、このコロシアムから失せろ』って、ふざけんなぁあああああああああああああああああっ!」
ドゴンッ、とグラスをテーブルに叩き付けるアイリス。
彼女は頬を赤らめながら、ジークへと言ってくる。
「あのクソ勇者の何でしたっけ? えぇと……」
「ウルフェルトだ」
と、ジークはアイリスへと返す。
すると、アイリスはジークへと言ってくる。
「そいつですよ! なぁに調子に乗ってるんですかね、あいつ! というか、魔王様もどうして、あそこであいつをぶっ飛ばさないんですか!? なんで生きていたのか知りませんけど、不死身のやつなんて五百年前にも倒してきたじゃないですか!」
「確かに不死身でも攻略方法はある。体力も精神力も、何もかもが尽きるまで数億回と殺し続ければいい――だが、この街でそれをしたらどうなる?」
「それはまぁ――無くなっちゃいますね、街……あは♪」
「そういうことだ。俺が魔法を連発したら、街が耐えきれない。それになにより……俺は現代の勇者と冒険者達とは違う」
「それってつまり、どういうことです?」
「ウルフェルトは俺と賭けをして、俺に勝った――こう言ってはアレだが、ウルフェルトは正面から俺と正々堂々戦って、勝利を勝ち取ったんだ」
ウルフェルトは出会った中で最悪のクズだ。
しかし、奴は間違いなく現代で最強と言っても過言でない男。
強さだけで言うなら、勇者を名乗るに相応しい。
「そんな奴との賭けに負けたからといって、それを反故にしたどうなる?」
「な、なるほど! 魔王様も呪術師のラバだかラクダだかラムザだかみたいに、約束やぶりの一員になっちゃうってことですね!」
と、言ってくるアイリス。
要するにそういう事だ……もっとも、ウルフェルトをあの場で倒すのに、不安要素があるにはあった。
それは――。
ウルフェルトが放っていた魔力――あれからは、妙な懐かしさを感じた。
さらに正直、あの不死性にも違和感を感じた――ジークが奴を殺した際、まるで別の誰かを殺している様な。
結論から言って、ウルフェルトは違和感だらけなのだ。
確実に負けはしないが、勝ちきれない可能性は万が一程度にはあった。
(ウルフェルトとの戦いのせいで、周囲を破壊しつくしたのに、結局ウルフェルトを取り逃がした……とかになったら、全く笑えないからな)
ウルフェルトがジークとの戦闘を避けたように。
ジークとしても正直、あの場でウルフェルトとの決着は避けたかった。
まず奴の謎を解く必要があるのだ。
(それにそれらの違和感と謎にも、心当たりがあるしな)
故に、ジークにとってこの状況は悪いどころか、むしろ――。
ガタンッ!
と、ジークの思考を裂くような音。
続けて聞こえてくるのは。
「あ……っ」
床に倒れているアハトの声だ。
彼女は頬を赤く染め、うっすらと汗をかいている。
ジークにはこの状況に覚えがある。
(イノセンティアに来た時、アハトが倒れた時と全く同じだ)
根本的な解決が出来ていない以上、いつかこうなると思っていた。
それがついに、このタイミングで来たというわけだ。
しかし、今回はすぐに対処することができる――応急処置の仕方はわかっている。
故にジークはみんなへと言う。
「お前達はここで食事をしていてくれ」
「あ、あたしも行った方がいい!?」
と、慌てた様子のユウナ。
ジークはアハトを抱きかかえた後、そんな彼女へと言うのだった。
「俺に任せろ。アハトはすぐによくなる」




