第五章 これも魔王の務め2
さて、そうしてやって来たのは件の酒場。
ジークは『八重の治療をしている間、席を取っておいてくれ』とアイリスに言っておいたのだが。
「なんだ……これは?」
現在、そんなジークの前に広がっているのは大量の肉、肉、肉、肉っ!
ジークが席についてしばらくしたら、何も注文していないのにこの肉料理が運ば――。
「あ、私が注文しておきましたよ!」
「ん……ぶ、ブランも」
「わ、わたしはその……別に肉につられたわけでは……っ」
と、言ってくるのはアイリス、ブラン、そしてアハトだ。
なお、席順は丸テーブルに右回りで――ジーク、アイリス、ブラン、アハト、ユウナの順になっている。
要するに、ジークの両隣をキープしているのは、アイリスとユウナだ。
まぁそれはともかく。
(今日は朝から、何も食べてなかったからな。美味そうなメニューを前に、何も頼むなって方が酷か……とはいえ、少し頼み過ぎな気もするが……もっとも)
もし残った際は、ジークと竜化したブランが居れば問題ない。
今は水を差さずに料理を楽しむとしよう。
「じゃあ食べるか、待たせて悪かったな」
言って、ジークは晩御飯の先陣を切る。
そこからはみんな雑談を挟みつつ、わいわいがやがや。
わーわーきゃーきゃー。
…………。
………………。
……………………。
そうして、食もかなり進み、場が温まった頃になると。
「じゃかじゃかジャ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ンッ! 魔王様タァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイムッ!」
と、グラス片手に叫びだしたのはアイリスだ。
彼女は酔っているに違いない――頬を赤く染めながら、ジークへと言ってくる。
「魔王様、今日はすごかったですね! このアイリス、魔王様の戦いぶりに感服感動雨嵐でした!」
「またそれか……というか、何かすごい事をしたか?」
と、そんジーク。今日も今日とて、まったく記憶にない。
自分で言うのもアレだが――正直、ジークとしては先程の八重の治療こそが本日のハイライトだ。
あれは本当に難しかった。
ユウナという規格外の回復魔法使いと息を合わせ、あれほど繊細な作業をするのだ。
その辺りの天才回復魔法使いでは、きっと発狂していたに――。
「魔王様VS呪術師ラザニア! あれほど面白い戦いがあっただろうか……いや、ない!」
と、ジークの思考を断ち切るように言ってくるのはアイリスだ。
ジークはそんな彼女へと言う。
「あぁ、コロシアムで最初に戦った男か――八重にオーガをけしかけた」
と、ジークはアイリスへと返す。
そんな彼はアイリスの方へ視線を向け、そのまま言葉を続ける。
「あと一応言っておくが、あいつの名前はラザニアじゃない……ラムザだ」
「名前なんてどうでもいいんですよ! いやぁ、あの戦いはすごかったですね!」
「さっきも言ったが、何かすごい事をしたか?」
「謙遜しないでくださいよ! 誰にも出来ないような事をしたじゃないですか!」
と、ご機嫌るんるんアイリス。
彼女はそのままジークへと言葉続けてくる。
「呪術師のラクダはあの時、魔王様に死の呪術をかけてきたんです!」
「といっても、ただの下位呪術だろ?」
「かぁああああああああああああっ! 甘い! 魔王様は考え方が甘すぎる! 綿菓子より甘々で、思わず食べちゃいたいくらいですよ!」
「お、おぉぅ」
「いいですか、魔王様! 死の呪術 《デッドエンド》はどんな強者も恐れます! なぜならば、下位ならば十秒以内に……上位なら即死! しかもしかも、回避方法が『術士を発動前に倒す』しかないからです!」
「俺には《障壁》があるから、全く効かないけどな」
「それですよ、それ!」
と、言ってくるアイリス。
彼女は興奮した様子でジークへと言葉を続けてくる。
「呪術は『あらゆる壁を越え、対象に直接作用』するんですよ!」
「つまり?」
「本来、呪術はどんなバリアでも絶対に防げないんです!」
「防げたが?」
「だからすごいんじゃないですか! くぅううううううううううううっ! さすがは魔王様の《障壁》――魔王様が作り出した至高の鉄壁! まさか本来『ガード不能』と、この世界の法則で決まっている物を、いともたやすく防ぐなんて……っ」
ドンッ!
ドンドンドンッ!
と、テーブルを叩くアイリス。
彼女は散々に溜めを作った後、ジークへと言って――。
「まおう様、すごい! ん……やっぱり、まおう様はブランの憧れ」
と、アイリス砲を不発に終わらせたのはブラン。
彼女は文句言いまくっているアイリスを無視し、そのままジークへと言ってくる。
「それに、ラバの倒し方もすごいスッキリした」
「うん、呪術師のラムザな――アイリスの悪い部分に影響されてるぞ」
と、ジークはブランへと返す。
すると、ブランはジークへと言葉を続けてくる。
「ん……ラムザ! まおう様に呪術を使った時、あいつ……すごいドヤ顔してた。狐を虐めてるだけでもイラッとしたけど……あの顔はもっとイラっとした――でも」
「でも?」
「最後までカウントできないで、ぶっ飛ばされるラムザ……ん、すっごく面白かった。ブランは気分爽快……今のブランの心は、氷よりも澄み切っている」
キラキラ。
キラキラキラ。
と、尊敬といった様子の眼差しを向けてくるブラン。
恥ずかしいが、ここまで言われると悪い気分は――。
「ジークくんのすごい所は、そこだけじゃないと思うな!」
と、聞こえてくるのはユウナの声だ。
彼女はアイリスとブランに対抗するように、ジークへと言ってくる。
「八重さんがオーガさんにやられそうになった時、すぐに助けに行ったところ……今日一番でかっこよかったよ!」
「いや。あれはお前が、俺に行って欲しそうだったからだ」
と、ジークはユウナへと返す。
けれど、ユウナは首を左右にふりふりした後、ジークへと言ってくる。
「ジークくん気がついてないの?」
「気がつくって、何にだ?」
「ジークくんね、また手を握りしめてたよ?」
「俺が?」
「うん。八重さんの約束が反故にされた辺りから、ぎゅ~~~って……正直、また血が出ないか心配なくらい――顔もすごく怖かったし」
「…………」
「すごい正義感だよ! やっぱり、本物の勇者はあたしじゃくて――」
と、ユウナは未だ言葉を続けているが、ジークの頭には入ってこない。
その理由は簡単。
(俺に正義感……だと? 普段ユウナから優しい優しいと言われまくっているが、それに追加で正義感まで!?)
ありえない。
ジークは冷酷非道な魔王のはずなのだ。
などなど、ジークが一人そんな事を考えている間にも、みんなの会話はどんどん進んでいくのだった。




