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第四章 不死身の男2

「何を黙っているんだ、魔王?」


 と、ジークの思考を断ち切る様に聞こえてくるウルフェルトの声。

 奴はそのままジークへと言葉を続けてくる。


「大方、オレを殺す方法でも考えてるんだろうがなぁ。そいつは無駄だぜ?」

「随分な自信だな。だったら、試してやろう――今のは大分加減してから、次はもう少し威力をあげてな」


「おっと、言い方が悪かったな。何も挑発したわけじゃねぇ!」


「回りくどいのは嫌い――なんじゃなかったのか?」


「はっ! こいつぁ一本取られた!」


 言って、カラカラと笑うウルフェルト。

 奴は斧を担ぎ直しながら、ジークへと言葉を続けてくる。


「今は大切な行事の最中なんだ。どうしても邪魔されたくねぇ。貴様の相手は後でしてやっからよ、今はコロシアムから出て行ってくれねぇか?」


「《ヒヒイロカネ》の武器を持っていないから、今は俺と戦いたくない――そうハッキリといったらどうだ?」


「どうだかな。何か裏があるかもしれねぇぜ?」


「なんにせよ、俺がお前の頼みを聞く理由があるか? お前はあらゆる意味で気に喰わない。よって、今ここでこの世界から駆除してやろう」


「だから待てって!」


 言って、なにやらおどけた様子の笑顔をしてくるウルフェルト。

 状況はジークが確実に有利。


 なんせこのまま戦えば、ジークが一方的にウルフェルトを攻撃して終わりだ。

 先も言った通り――ウルフェルトに《ヒヒイロカネ》の武器がない以上、奴に攻撃手段はないのだから。


 にもかかわらず、ウルフェルトのこの余裕。

 いったい何を考えているのか――正直、不気味極まりない。


「オレと賭けをしないか、魔王?」


 と、聞こえてくるのはウルフェルトの声。

 奴はニヤリと不敵に笑いながら、ジークへと言葉を続けてくる。


「貴様の理論だと、オレはお前に抗する武器を持ってねぇ――どう考えても、お前に有利な状況なんだろ?」


「あぁ。俺もちょうど、同じことを考えていたところだ」


「そいつは、ちょうどいい。だったら、偉大なる魔王様が、オレの賭けから逃げたりしないよなぁ? オレはゲームが好きなんだ」


「…………」


 明らかな挑発だ。そして、奴の賭けとやらに乗る必要はない。

 けれど、ジークは魔王――おまけに、ミアを穢すクソ勇者の提案から逃げるのは、どうにも性に合わない……故に。


「いいだろう、賭けの内容を言ってみろ」


「上等ぉ……さすが魔王だぜ」


 言って、ウルフェルトはジークへと賭けの内容を説明してくる。

 それをまとめるとこんな感じだ。


 賭けはジークとウルフェルトの二人だけで行う。

 もっとも、別に両者で戦うわけではない――ジークがウルフェルトへと、一方的に攻撃するのだ。


 その結果、ジークがウルフェルトを殺せれば、ジークの勝ち。

 ジークがウルフェルトを殺せなければ、ウルフェルトの勝ち。


 正直、意味不明の内容。

 ドМの死にたがりか、よほど自信がある奴しか行わない様な賭けだ。


(ウルフェルトの場合は、確実に後者だろうな)


 ウルフェルトの性格と、彼がイノセンティアに行った事は最悪極まりない。

 しかし、ジークの闇魔法を弾いた先の攻防は、正直称賛に値するレベルだ。

 などなど、ジークがそんな事を考えていると。


「この賭けでオレが要求する事は一つ――勝ったら、仲間と一緒にコロシアムから出て行け。言うまでもないだろぉが、オレにちょっかいかけずにな」


 と、言ってくるウルフェルト。

 ジークはそんな奴へと言う。


「あぁ、それでかまわない。だが、俺が勝ったらお前の命をもらう」


「こっちもそれで了解だぁ。というより、賭けは必然オレの命を賭けたものになる――貴様が勝った時は、オレはもう死んでいるだろぉがなぁ」


 ニヤリと余裕そうな笑顔を見せるウルフェルト。 

 ジークはそんな奴を見て思う。


(底が見えない……と感じたのは、五百年前も含めてこれで三人目だな)


 一人はジークを倒した真の勇者ミア・シルヴァリア。

 もう一人はその正当な後継者たるユウナ。


「…………」


 ジークは改めて、ウルフェルトを見る。

 もしもこれで、ウルフェルトがまともな勇者だったのなら、どんなに良かったことか。

 いや、そんな事を考えても空しくなるだけだ……今集中するべきは。


「準備はいいか、ウルフェルト?」


「おうよ。いつでも来やがれ、魔王」


 言って、斧を放り投げ両手を左右に広げるウルフェルト。

 そう、今集中すべきは――ミアを穢し続けるこのクズ勇者を駆除する事のみ。


「っ!」


 直後、ジークは地面を蹴って、目にも止まらぬ速度で疾走。

 そのまま、彼はウルフェルトとの距離を一瞬で詰める。


(ウルフェルト。お前は俺の攻撃に耐えきる自信があるんだろう――だが、さっきの口ぶりからして『俺の一撃』に耐えられる自信だろ、それは?)


 冗談じゃない。

 考えた後、ジークはウルフェルトの顔面を左手で鷲掴み――空いた右手で、奴のがら空きの胴体を。


 殴った。


 殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って 殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴りまくる。


 空気抵抗で赤熱していくジークの拳。

 ジークの拳圧で変形していく地面。

 巻き起こる暴風に沸きあがる観客席からの悲鳴。


 だが、そんなの気にはしない。

 ジークはひたすらに、音速を越えた速度で、ウルフェルトを殴り続ける。

 やがて、ジークが殴っているウルフェルトの腹部はどんどん抉れ、拳が空を撃つことが増えてきたが、そんな事も気にはしない。


 ジークはひたすらに殴り続ける。

 時間にして、わずか1秒にも満たない時間――繰り出したのは9999の拳。


「そろそろラスト――こいつでジャスト一万だ」


 言って、ジークは右手を引き絞り、その拳に魔力を集中させ……全力で突き出した。


 そうして巻き起こったのは、先の闇魔法に匹敵するほど爆発。

 周囲の闘技台の破片を残らず吹き飛ばすほどの破壊の嵐。


 もはや原型を完全にとどめていないコロシアムの中央――元闘技台跡。

 ジークは左手で掴んでいたウルフェルトだったものを、その辺へと放り投げ言う。


「一撃で済ますと思ったのか? ミアが受けた侮辱は……お前がイノセンティアと狐娘族に与えた屈辱は、これでもまだ生ぬるい」


 若干屁理屈かもしれないが、全てはウルフェルトが悪いのだ。

 一撃で済ませて欲しかったのなら、ルールを決める際に『攻撃してよいのは一回』と決めるべきだったのだ。


(もっとも、その場合は別の手段でこいつを殺したがな――一撃だけでも苦しむ手段で)


 考えた後、ジークはウルフェルトだったものへと背を向け歩き出す。

 やや消化不良だが、これでイノセンティアは平和に――。


「賭けはオレの勝ちみてぇだな」


 と、ジークの思考を断ち切る様に聞こえてくるのはウルフェルトの声。


「バカな……」


 と、ジークは思わずそんな事を言いながら、声が聞こえた方を振り返る。

 するとそこに居たのは。


「魔王に驚いてもらえるとは、本当に光栄だぜ……オレの強さが改めて立証されたわけだ」


 相変わらず不敵に笑うウルフェルトの姿だった。


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