第三章 呪術師4
「おいてめぇ、八重は俺様の奴隷だぞ! 勝手に持っていくな!」
と、聞こえてくる耳障りな男の声。
奴はとうとう、勝手に募らせている怒りが限界にきたに違いない。
男はジークを睨み付けながら言ってくる。
「てめぇはもう殺す、覚悟しておけ」
「そうか。ならば付き合ってやろう。さぁ、存分にやってみるがいい」
「はっ、舐めてんじゃねぇよ! 俺様が誰だか知っているのか?」
残念ながら、ジークに心当たりはない。
故にジークは黙って男に先を促してやる。すると男はジークへと言ってくる。
「俺の名は冒険者ラムザ! この街の勇者であり、最強の呪術師であるウルフェルト様の一番弟子! 世界第二位の呪術師にして、国堕としの異名を持つ者!」
「国堕とし?」
「おおよ! 呪ってやったのさ! ウルフェルト様にたてついた国を丸ごとな! もちろん、俺様一人でだぜ!?」
「で?」
「あれは楽しかったぜ! 国民全員がどんどん衰弱していってよ、六千人くらいが死んだんだ――俺様の呪いで! 最後に泣きついてきた国王の顔と来たら――ぎゃはっ!」
「お前がクズなのはわかった。でだ……お前は強いのか?」
「それは今から見せてやるよ。どっちがクズなのかも、一緒に教えてやるぜ!」
言って、ジークへと手を翳してくるラムザ。
彼は五分ほど隙だらけでたっぷり詠唱を続けた後、ジークへと言ってくる。
「くらえ、我が奥義――下位呪術 《デッドエンド》!」
瞬間。
ジークの周囲を黒紫の魔力が漂いだす――呪いが可視化したものだ。
(なるほど。言うだけあって、下位呪術にしてはそれなりの密度だな。さっきのオーガはもちろん、八重が倒したルナフェルト族亜種であってもこれは――)
「はっはぁああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
と、ジークの思考を断ち切るように響くラムザの笑い声。
ラムザは両手の指を立てながら、ジークへと言葉を続けてくる。
「てめぇを呪ったぁ! そして、てめぇはあと十秒で死ぬ!」
「ほぅ、おもしろい――やってみろ」
「上等だ! ビビッてるてめぇに変わって、俺様がカウントしてやらぁ!」
と、勝ちを確信した様子のラムザ。
奴はどんどんカウントを続けていく。
「十、九、あぁ……死ぬ、死ぬぞおい! ひゃはっ……おら、もうあと七秒!」
よほど楽しいに違いないラムザ。
奴は涎を垂らしながら、笑いながらジークへと言葉を続けてくる。
「六、五! おら死ねぇええええええええええええええっ! あと三びょ――」
と、不自然に止まるラムザの声。
そしてそれと同時。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
稲妻が落ちる様な音と共に崩れ落ちるコロシアムの外円部。
「おいラムザ、カウントダウンはどうした?」
しかし、ジークのそんな言葉に対するラムザの声は返ってこない。
故にジークはラムザへと続けて言う。
「仕方ない。代わりに俺がカウントダウンをしてやろう――たしか、三からだったな」
言って、ジークは指を三本たて。
ゆっくりとカウントダウンしていく。
「三……二……一……んっ? おかしいな――もう十秒たったが、俺は生きているように感じるが。おいラムザ、黙っていないで応えてくれ。俺はなんで死んでいないんだ?」
しかし、やはりラムザからの言葉は返ってこない。
けれどそれは仕方のないことだ。
ラムザは現在、コロシアムの壁にめり込んで沈黙しているのだから。
要するに、ラムザが先ほど『三』をカウントしようとした段階で……ジークが光の速度でラムザをぶっとばした。
待つのが面倒になったジークは、ラムザの顔面を軽く小突いてやったのだ。
結果が現状だ。
死んでいるのか生きているのか――ラムザはコロシアム外円部までふっとんで、妙なポーズで壁へと深く深くめり込んでいる。
ジークはラムザが生きていると仮定して、そんな奴へと言う。
「まず、敵の前で詠唱に五分も使うな! 十秒で死ぬ呪術は確かにすごいが、交戦中の十秒は致命的な遅れだ――せめて逃げ回るなり、隠れるなりしろ! そしてなにより、本当に自分の呪術が相手に効いているのか、しっかりと確認しろ!」
先ほどのラムザの呪術、実はそもそもジークに届いていなかったのだ。
理由は簡単――ジークには全ての攻撃を無効化する《障壁》があるのだ。
そして、その《障壁》を無効化できるのは、《ヒヒイロカネ》を用いた攻撃のみ。
当然、ラムザは《ヒヒイロカネ》を持っていなかった。
「論外だ、断言しやる。力量も測れないどころか、現状認識能力すらないお前は、八重を奴隷にしていい器じゃない」
「…………」
と、やはり何も言って来ないラムザ。
奴の弱さも、奴の糞みたいな性格も、なにもかもが不愉快だ。
そして、その不愉快さを上回るのは。
「居るんだろ。降りて来い、この街の似非勇者――ウルフェルト!」




