第三章 呪術師2
「さぁ……ミアと共に俺を倒した誇り高き一族、その末裔たる力を見せてみろ」
と、ジークが一人呟いた直後、狐娘族の少女は突っ込んだ。
避けるとことなく、決して怯むことなく――竜の豪炎に真正面から。
その速度の凄まじさたるや、彼女が踏み込んだ闘技台を爆散させるほどだ。
同時、ざわめく場内。
きっと、少女のあまりの速度故に、観客はなにが起きているのかわからないに違いない。
そして、それは竜も同じに違いない――なんせ火炎を未だに吐き続けているのだから。
「姿が見えなくなった時点で回避すれば、まだなんとかなったろうが……終わったな」
ジークがそんな事を呟いた瞬間、ついに狐娘族の少女の姿が現れる。
それも、竜のすぐ傍――その胸元付近。
彼女は突き進んだのだ。
身体の全面にありったけの魔力の障壁を展開し、高熱の炎の中を勝利のみ信じて。
とはいえ、彼女の身体はいたるところが焼け焦げ、立っているのが不思議な状態。
しかし、彼女から迸る裂帛の闘気は、ジークの元まで伝わってくるレベル……直後。
「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
と、少女から放たれたのは、コロシアムを揺らす程の気合いの声。
同時、彼女は右手を引き絞り、それを弓に様に解き放つ。
…………。
………………。
……………………。
コロシアム全体を包む、一瞬の静寂。
見れば、闘技台に残っているのは狐娘族の少女のみ。
対戦相手であったルナフェルト族劣種の竜は、場外――壁にめり込む形で気絶している。
勝者が決まった瞬間だ。
「「「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」」」」」
響き渡る大歓声。
コロシアムの全員が立ち上がり、少女を褒めたたえている。
しかし、それは健全な祝福ではない。
(観客が握りしめているあの紙……金でも賭けてるのか?)
見れば、少女が勝った事に対し罵倒を飛ばしているものもいる。
どうやら、ジークの見立てで正しいに違いない。
(あの狐娘族の勇気ある戦いに、金を持ち込むとは……ただただ不快だな)
ジークがそんな事を考えている間にも、気絶した竜は運ばれていく。
そして、狐娘族の少女は体力の限界がきたに違いない――闘技台の上でへたりこんでしまう。
なんにせよ、試合はこれで終わりのようだ。
情報を集めるなら次の試合が始まるこのインターバルの――。
『これより続けて、第二回戦を始める! 次の魔物は様々な街を荒らした末、ようやく捕獲された大鬼オーガ! それに挑むはぁああああああ――!!』
と、コロシアムに響き渡るのは魔力で拡大された男の声。
奴はコロシアムの全員に向け、さらに言葉を続けてくる。
『先ほどの戦いで竜族に大健闘!! 狐娘族の少女――八重だぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!』
同時、再び盛り上がるコロシアム内。
しかし、闘技台にいる少女――八重は離れた位置からわかるほどに顔面蒼白。
そんな彼女は必死な様子で、どこかにいるに違いない声の主である男に訴える。
「約束が違う! 八重はこの戦いに勝てば、自由になれると約束された! だから八重は頑張ったんだ! おまえは……おまえ達は八重との約束を破るのか!?」
『はい……と、申しておりますが! 観客の皆様はどう思いますかぁ!?』
と、おどけた調子で返す男。
それに対し――。
「「「「戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え!」」」」
と、響き渡る会場からのコール。
それに気を良くしたに違いない男は、八重へと言う。
『いいか? お前には戦う道しか残されてないんだよ!』
「そんな――でも、八重には約束が!」
『約束? そんなのしたか? っていうか、奴隷との約束なんて守るわけねぇだろ……ぶふ……っ、ぎゃはははははははははははははははははははははっ!』
「っ……嫌い、だ。人間なんて大嫌いだ!」
と、泣きながら立ち上がる八重。
同時、八重が居るのと反対にある門から現れたのは、巨大な鬼――筋肉と強靭な外皮の鎧を持つオーガだ。
オーガは格としては先の竜よりも弱いが、今回はもう八重がボロボロ。
勝ち負けはすでに付いている――確実に八重は負ける。
「ジークくん!」
と、聞こえてくるユウナの声。
彼女は何やら必死な様子で、ジークの事を見つめてきている。
ジークにはユウナが言いたい事など、いちいち聞かなくてもわかる。
故に彼はユウナを一撫でした後。
「安心しろ」
言って、ジークは闘技台の方を見る。
するとそこではすでに、オーガが八重めがけ拳を振り下ろそうとしているところだった。
一方の八重は身を守るように、身体の前で腕を交差させるのみ。
あれではオーガの巨体から繰り出す攻撃で、一撃で死んでしまうに違いない。
そしてそれはコロシアムの誰もが、素人目にみても理解したに違いない……だが。
「この催しを誰が考えたか知らないが、勝者への配慮が――敬意が欠けている」
オーガの拳は八重には届かない。
理由は簡単――ジークが闘技台に一瞬のうちに降り、八重とオーガの間に割り込んだからだ。そしてそのまま、彼が迫りくるオーガの拳を片手で簡単に止めたからだ。
ジークはため息一つついたのち、オーガへと言う。
「誰に拳を向けているか、お前はわかっているのか?」




