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第三章 呪術師

 時はあれから数分後。

 現在、ジーク達はコロシアム前へとやってきていた。

 コロシアムは円形の木造建築であり、所々に朱色の模様。そして、何やら太い縄のようなもので飾りつけが施されている。


(本来このコロシアムは、コロシアムなんて名前じゃなかった――たしか昔の名前は祭事場だったはず)


 その名の通り、祭り事がある際に使用する施設だ。

 五百年前――ジークに勝利するための祭りを、人間達がここでしていたのを覚えている。

 そしてきっと、ジークが倒された後は『勝利の祭り』をここで開いたに違いない。


(多くの人から主役として担ぎ上げられて、困った顔をしているミアが目に浮かぶな……だからこそ)


 この街の勇者は許せない。

 ミアの勝利を――平和の始まりを象徴する場所を、血なまぐさいコロシアムにするなど。

 イノセンティアを荒らした事に加えて万死に値する。


「ジークくん、手から血が……っ!」


 と、ジークの思考を断ち切る様に聞こえてくるのはユウナの声。

 見れば彼女の言う通り――彼の手から地面へと、血がぽたぽたと垂れ落ちている。

 ジークは回復魔法でその傷をすぐに治した後、ユウナへと言う。


「すまん。ちょっと色々考えていたら、うっかり力が入ったみたいだ」


「……大丈夫?」


「そんなに心配そうな顔をするな」


 と、ユウナの言葉に対し、ジークがそう言った瞬間。

 コロシアムから湧き上がる歓声――きっと、試合が始まったに違いない。

 故にジークはユウナへと言うのだった。


「情報を集めるなら、人がコロシアムに集まっている間だ。試合が終わったら、みんな帰り出すだろうからな。もう一度言うが俺は大丈夫、だから早く行こう」



 そうしてやって来たのはコロシアム内部。

 コロシアム内部はすり鉢状になっており――中央に闘技台、それを囲むように観客席が設けられている。

 ジーク達がやってきたのは、観客席の分部だ。


「闘技場で戦っているあれは四足の翼竜、ですか?」


「ん……竜族の中でもかなりの上位種。ブランと同じルナフェルト族……あれは亜種だけど」


「あは♪ もう片方は聖獣(笑)こと、狐娘族じゃないですか!」


 と、聞こえてくるのはアハト、ブラン、そしてアイリスの声だ。

 中でも最後者、アイリスはそのまま言葉を続けてくる。


「狐娘族と魔物を戦わせる……要するに、これ自体が見世物なんですよね?」


「あぁ、狐娘族はかなりの身体能力を持っている。そんな奴らが、強力な魔物――しかも竜族と戦うとなれば、人間からしてみれば相当心躍るだろうからな」


 と、ジークはアイリスへと返す。

 もっとも――ジークが横を見ると、そこに居るのはユウナ。


 彼女は苦しそうな様子で、祈るように闘技台に視線を向けている。

 ユウナの様に優しい人間には、この催し物はまるで心躍らないに違いない。


(俺も心優しい……とは言わないが。正直、俺もこの催し物が下劣としか思えないな)


 理由は先ほどいったミア関連。

 あとは奴隷と魔物を戦わせ、それを見て喜ぶ矮小さが気に喰わない。


(ただ、気になることもある……ここに居る人間達の目は、なにか狂気に捕らわれている様な――理性を失っているような目をしている)


 ジークには漠然と、そんな風に感じられるのだ。

 などなど、ジークがそんな事を考えていたら。


「あは♪ 人間じゃない私も、すっごい心躍りますよ!」


 と、さすがのアイリスはブレないようだ。

 彼女はるんるんした様子で、ジークへと言葉を続けてくる。


「見てくださいよ、あの狐娘族を! ほら――あの黒髪ポニーテール、気が強そうな目! にもかかわらず、奴隷服を着ているアンバランス! くぅうう~~~~! あれが竜に負けてけふんけふんされるとか、ぐっと来ますよ!」


「いや、負けるとは限らないぞ」


 と、ジークはアイリスへと返す。

 するとアイリスはすぐさま、ジークへと言ってくる。


「え~~~~っ! だって、あの狐娘族もうボロボロですよ!? 負けるに決まってるじゃないですか!」


「まぁ見てろ。そうすれば結果はすぐにわかるんだからな」


 もっとも、だいたいはアイリスの言う通りだ。

 竜と戦っている狐娘族の少女は、至るところから血を流し、今にも倒れそうなのだから。

 さらに相手は劣種とはいえ、ブランと同じくルナフェルト族――しかも無傷だ。

 しかし、ジークにはわかる。


 あの少女は微塵も諦めた様子がない。それどころか、何かを狙っているように見える。

 要するに、目が死んで居ないのだ。


(俺の経験上、そういう奴は必ず最後にやってくれる。毎度毎度、ミアがそうだったからな)


 今でも思い出す。

 死にかけまで追い詰めたミアが、不屈の闘志でジークに迫って来た様を。


(それで何度も逆転されたのも……今となっては、いい思い出だ)


 現代勇者に見習わせてやりたい。

 と、ジークが考えたその時。ついに闘技台の上で動きがある。

 竜から迸る凄まじい殺気、拡大する竜の魔力――直後。


 竜の口から放たれたのは、凄まじい魔力を孕んだ火炎。

 空気を焼け焦がし、闘技台を溶解させる煉獄の炎。


 さすがは腐ってもルナフェルト族。

 氷を操る突然変異種であるブランには到底及ばないが、その火力は申し分ない。

 きっと、このコロシアムに居る誰もがおもったに違ない。


『この勝負はあの竜の勝ちだ。あの奴隷は炎を躱せず、骨も残さず消え失せるだろう』と。


「さぁ……ミアと共に俺を倒した誇り高き一族、その末裔たる力を見せてみろ」


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