第二章 見えざる魔の手
「ジークくん! アハトさんの様子が!」
と、聞こえてくるのはユウナの声だ。
ジークはその声で、怒りの洪水から多少の平静を取り戻す。
(この街の勇者は依然として許せない。だけど、アハトの方が比べるまでもなく大事だ)
ジークは最後に一度、イノセンティアの現状を目に焼きつける。
そして、すぐさま振り返り仲間達――アハトの元へと向かう。
するとそこでは。
「あ……ぅ」
顔を赤くし、呼吸が荒く、辛そうな様子のアハト。
彼女がユウナの膝の上に頭を置き、寝ころんでいた。
ジークは意識を集中させ、アハトの身体をしっかりと確認していく。
(外傷は見られない。アハトに元から魔力がない以上、魔力の流れの異常などは考えに入れなくていい……となると、なんらかの病気か?)
しかし、それもおかしい。
イノセンティアに入るまでは、アハトは元気だったのだ。
そしてそれも、やせ我慢をしていて『元気に見えた』といった様子ではなかった。
というか、それならばジークがすでに気がついているため、こんな事態にはならない。
(本当に突然、容体が急変したのか?)
とりあえず、こうしてはいられない。
ジークはすぐにアハトへと駆け寄る。
そして、ジークはアハトの傍に膝をつくと、彼女の頭を撫でながら言う。
「アハト、大丈夫か?」
「ジーク……っ、わた、しは――」
と、不安そうな様子で、額に汗を滲ませているアハト。
ジークはそんな彼女の不安を取り除くため、なるべく優しい口調で言う。
「辛かったら、無理して喋らなくていい」
「すみま、せん……っ。なんだか、急に……身体の内側がっ……熱く、なって」
いったい何が原因なのだ。
ホムンクルス特有の症状かと一瞬考えるが、それはあり得ない。
(念のため、ミハエルが『アハトを錬成した際の資料』は隅々まで読みとおした。こう言ってはなんだが、あいつの錬成はほぼ完璧。魔力の欠落という一点以外は、芸術的センスと言ってよかった)
ダメだ、ジークの知識ではまるでわからない。
こういう時は専門家に聞くのが一番に違いない。
故に、ジークはユウナへと言う。
「ユウナ。回復魔法の使い手のお前から見て、アハトの症状はどうだ?」
「え、あたし!?」
と、一瞬戸惑った様子を見せるユウナ。
しかし、彼女はすぐに調子を取り戻し、ジークへと言葉を続けてくる。
「ジークくんも考えたと思うけど、症状は風邪とかで出る熱に似てるかな」
「やっぱりユウナもそう考えたか」
「だけど、そんな一瞬で進行する風邪はないし。念のために上位回復魔法で――体力回復系と状態異常解除系、あと病気治癒系を全種類かけてみたんだけど、どれも効果なかったから……ひょっとすると何か別の原因かもしれない」
「お、おぉう……」
上位回復魔法を知らない間に、それだけ連発してなおこの様子のユウナ。
ブランやアイリスですら、そんな事をすれば多少の疲労はみせるに違いない。
さすがは真の勇者の継承者――恐ろしい子だ。
「それで、思ったんだけど。アハトさんが不調な原因は、アハトさんの中にはないんじゃないかな」
と、ジークの思考を断ち切る様に聞こえてくるユウナの声。
彼女はアハトを見つめながら、ジークへと言葉を続けてくる。
「すごいほんわかしか例えをするけど――『常に気持ち悪くなる匂いを嗅がされてる』感じ。それなら、吐き気を回復させても、またすぐに気持ち悪くなっちゃうし……って、そんなわけないよね? ごめんね、変な事――」
「いや」
と、ジークはユウナへと返す。
そして、彼は彼女へとすぐさま続けて言う。
「ユウナの言う通りかもしれない」
「へ?」
「というか、むしろそれしか考えられない」
アハトはイノセンティアに入った瞬間に、急に体調を崩した。
それはつまり、イノセンティアにはアハトの体調をおかしくする何かがあるという事だ。
要するに、ユウナが言った説明そのまま――外的要因という奴だ。
となると、それがいったい何かだが。
(結界や魔法陣の類は感じられない。妙な匂いは――多少の死臭と腐敗臭がする程度で、これで体調を崩すと思えない)
なんだ。いったい何がアハトの体調をおかしくしているのだ。
と、ジークがそんな事を考えたまさにその時。
「なんだか、今のアハト……ん、アイリスに少し似てる」
と、聞こえてくるのはブランの声だ。
彼女はジトっとした様子で、ジークへと言ってくる。
「アイリスが夜、ベッドで息を荒らげてる顔にそっくり……いつもこういう顔してる」
「あぁ確かに! 夜はいつもこんな感じで――って、な~に言わせてるんですか!? まぁ、別に恥ずかしがる事は皆無ですけどね♪」
と、ブランに続いて聞こえてくるのはアイリスの声だ。
彼女は「魔王様ラブですよ、ラブ!」とキスを飛ばしまくってきている。
そして、ジークは一連の会話でピンとくる。
(今のアハトが夜のアイリスに似ている?)
今のアハトは顔を赤くし、呼吸を荒げている。
そして、よく見ればなにやらもじもじしている。
「…………」
なるほど、確かに夜のアイリスに似ている。
となると、アイリスに夜にしている対処法をすれば、アハトは治る可能性が高い。
「ユウナ、ちょっとアハトを連れていくぞ」
「え、急にどうしたの?」
と、ジークの言葉に対し、ひょこりと首をかしげているユウナ。
一方、ジークの考えを理解したに違いないアイリス。
彼女はわーわー騒ぎながら、ジークへと駆け寄り言ってくる。
「○ロを感じますよ! ええそれはもう! それはもう膨大な○ロの波動を魔王様から、ビンビン感じますよ!」
「アイリス、頼むから少し静かにしろ」
と、ジークはアイリスへと言葉を返す。
すると彼女はどんどんテンションをあげながら、ジークへと言葉を続けてくる。
「アハトの治療と称して、アハトにエッな事するつもりでしょうが! 正妻愛妻弁当のこのアイリスを差し置いて、アハトとエッするなんて魔王様が許しても、この私――アイリスが許しませんよ!」
「アイリス……」
「え~~~んっ! 魔王様ぁああ~~~~! 私も魔王様としたいですよぉ!」
「はぁ……」
ジークの経験上。
こうなったアイリスは絶対に引き下がらない――解決策は一つだ。
「わかったわかった。今日の夜、お前にも付き合うから今は見逃せ」
「やたぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ♪♪」
と、ジークの言葉に対し、悪魔羽をパタパタ嬉しそうなアイリス。
とりあえず許可?は得た。
ジークはアハトに肩を貸し、彼女を人気のない裏路地へと連れ込むのだった。
なお、ジークが肩を貸しただけで、アハトが身体を痙攣させていたことから。
(ブランの言う通りの状態で間違いないなこれは)




