プロローグ 最悪の勇者2
「待て、ウルフェルト! それ以上、私の妹に手を出すな!」
聞こえてきたのは件の奴隷――長身の少女の声だ。
口ぶりからして、やはり彼女こそが雅の姉だったに違いない。
「おいこらてめぇ! ウルフェルト様になんて口聞いてやがる!」
と、ウルフェルトの前に立ったのはカインだ。
彼は長身の少女へと言う。
「そんな態度を取って、どうなるかわかってるのか?」
「その脅しにはもう乗らない! 私は私の一族が――妹がこれ以上辛い目に遭うのが我慢できない!」
「ちっ……寒いんだよ。てめぇらが粋がったところで、俺が《隷呪》を発動させたらどうなるかわかってるのか?
」
と、カインは長身の少女へ手を掲げる。
《隷呪》とはウルフェルトが作り出した、奴隷に対する首輪のようなものだ。
実際それは首に刻印されており、奴隷が反抗的な態度を取ったときに任意で発動させることが出来る。
発動権はウルフェルトと、その部下たちが持っており。
発動させた場合は、対象に四肢が千切れるような痛みを与えるというもの……だが。
「まて、それじゃつまらねぇだろ」
「え、はい?」
と、ウルフェルトの言葉に対し、呆気にとられた様子で振り向いてくるカイン。
ウルフェルトはそんな彼を無視し、長身の少女へと言う。
「貴様の名はなんだ?」
「私は狐娘族最強の戦士の末裔――椿だ!」
と返してくる狐娘族の少女、椿。
ウルフェルトはそんな彼女へと言葉を続ける。
「そうか。なぁ椿、オレは賭け事が好きなんだ。だからゲームをしないか?」
「ゲーム、だと?」
「貴様がカインとこのオレを、一対一で二人抜きできたら……そうだな、貴様等の一族に自由をやる。それだけじゃねぇ、この街から手を引いてやるよ」
「本当、だろうな?」
「本当じゃなかったら、貴様はこの賭けに乗らないのか?」
「っ……」
「わかったか? 選べる立場じゃねぇんだよ、貴様は――おい、カイン。行ってこい」
「ウルフェルト様、お遊びがすぎますよ」
と、ため息を漏らすのはカインだ。
ウルフェルトはそんな彼へと言う。
「なに、たまには貴様の戦うところが見てぇんだ。師匠としての愛情と思ってくれや」
「そう言ってもらった以上、負けるわけにはいきませんね」
言って、カインは椿と向かい合う。
緊張の瞬間だ。
…………。
………………。
……………………。
「参る!」
最初に動いたのは、椿だ。
さすが人間を遥かに超える運動能力を持つ狐娘族。
奴隷生活で最悪のコンディションに違いないのに、凄まじい速度でカインへと接敵。
彼女はそこから、カインの側頭部めがけて蹴りを繰り出す……が。
「下位呪術 《アブソーブ・パワー》!」
と、カインは即座に呪術を使用。
それと同時、カインの側頭部に蹴りが命中するが。
「おい、何かしたか?」
殆ど効いた様子のないカイン。
当然だ――彼が使用したのは、相手の力を自分の力として吸収する呪い。
要するに、蹴りがあたる直前で、椿の力は激減してしまったのだ。
そして、その力はカインにプラスされているわけで。
「いくぜこら! 今度は俺の番だ!」
言って、カインは拳を振りかぶり、隙だらけの椿を殴りつけようとしている。
だがしかし。
「私を舐めるな!」
全てを断ち切るような、澄んだ椿の声。
同時、彼女の姿がカインの前から消えうせる。
そして、部屋中から響き渡るのは無数の足音。
(こいつぁすげぇ。床、壁、天井を縦横無尽に凄まじい速度で駆けまわっているのか。だが、それだけじゃカインには勝てねぇぞ)
そして、それはカインも思っていたに違いない。
カインは手を翳して言う。
「ならば、次はその速度を奪うまで! 下位じゅ――ぶほっ」
と、不自然に止まるカインの声。
理由は簡単。カインの顔面に椿の膝がクリーンヒットしていた。
しかし、椿のパワーは激減している。
なので、カインは見た目ほどダメージを受けていないに違いな――。
「まだまだぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
吠える椿。
またも消える身体。
直後カインに襲いかかったのは、縦横無尽――全方位からの体術の嵐。
なるほど、一撃一撃の威力は低下しているに違ない。
けれど、これだけ打ち込まれれば、結果は見えている。
「はぁああああああああああっ!」
ドゴンッ。
と、部屋一体を揺らす程の椿の声と、激しい打ち込みの音。
気がつくと、カインは壁にめり込んでいた。
そして、それを為した少女は――。
「さぁ、ウルフェルト! 次はお前だ! 私が成敗してやる!」
などと。
そんな事を言ってくるのだった。




