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プロローグ 最悪の勇者

 時はとある日。

 場所は犯罪都市イノセンティア――そこにそびえる城の一室。


「おい、みやび。このオレが誰か言ってみろ」


「う、ウルフェルト様です……さ、最強の勇者で……あ、あたしのご主人、様っ」


 と、言ってくるのは雅。ボロ絹の様な服を纏った、美しい少女だ。

 狐耳、狐尻尾が特徴的な人外――狐娘族ここぞくの奴隷。


 そんな彼女は現在、両手を鎖で縛られ――それを天井へ吊るし上げられるような形で拘束されている。

 ウルフェルトは鞭を手に取り、そんな雅に近づきながら言う。


「貴様はそのオレに何をした?」


「ち、昼食を持ってくる時間が……お、遅れてっ。で、でもそれはあたしのせいじゃなくて……あ、あんたの部下に邪魔をされ――」


「あぁ? あんただぁ?」


「ちが……っ、そんな事、あ、あたし……言ってな――あぐっ!」


 と、突如響き渡る雅の痛みをこらえる様な声。

 理由は簡単。ウルフェルトが手に持った鞭で、彼女を打ったのだ。


 無論、手加減はした。

 もし、ウルフェルトが本気で鞭を振るえば、雅はすぐに死んでしまうに違いないからだ。

 そうなれば、雅の苦痛を見聞き出来るチャンスが減ってしまう。


「いつまで経っても反抗的なやつだな、てめぇは!」


「痛っ、やめ――」


 と、拘束されながらも、身体をよじってなんとか逃げようとする雅。

 ウルフェルトはそんな彼女へ、何度も鞭を振るいながら言う。


「まだ『聖獣の一族』としてのプライドでも持ってるのか? バカが! 貴様等の一族はとっくにオレの玩具なんだよ!」


「ち、が――あ、たし達……はっ」


「何が違う。それとも何か? 昨晩貴様がどういう状況だったか言ってやろうか?」


「っ――!」


「なぁおい、貴様等も聞きてぇだろ?」


 と、ウルフェルトが視線を向けた先に居るのは、雅と同じ奴隷が数人。

 いずれも狐娘族の少女達だ。


「こいつは昨日な。オレが何度も叩いてやったら、自分から懇願してきやがったんだ――『ウルフェルト様、もう痛いのは嫌です。だからどうか~』ってな。その後はこいつを朝まで――」


「やめて! いや、いやぁああああ! そんなの、言わないで! みんなに、お姉ちゃんに聞かせないで!」


 と、頭を振りながら泣き始める雅。

 そういえば、雅の姉があの奴隷たちの中に居るのを忘れていた。

 きっと、あの悔しそうに顔を背けている長身の女性がそうであるに違いない。


 これは楽しくなってきた。

 と、ウルフェルトがそんな事を考えていると。


「ウルフェルト様、お楽しみの最中に申し訳ありません。《ヒヒイロカネ》製の武器の件で、至急お耳に入れたいことが!」


 と、急いだ様子で入ってくるのはウルフェルトの腹心の冒険者にして、弟子の一人であるカインだ。


 なお《ヒヒイロカネ》とは、持ち主の力を最大限引き出す特殊な金属の事だ。

 そして、それで作られた武器は唯一魔王を傷つけることが出来るという。


 などと、ウルフェルトがそんな事を考えている間にも。

 カインはウルフェルトの方へ近づいて来ると、そのまま言ってくる。


「まず今回はウルフェルト様の要望通り、冒険者ギルド上層部から《ヒヒイロカネ》の武器を、こちらへ送ってもらえる事になりました」


「だろうな、ミハエルが倒されたとなれば妥当だ」


 と、ウルフェルトは返す。

アルスの街の勇者ミハエル。


 奴は錬金術師として、ミアの研究を進めていた。

 そして、魔王ジークが奴の研究資料を見たとすれば――『アレ』の場所がこのイノセンティアだと、容易に判明するに違いない。


(さすがの冒険者ギルド上層部も、それくらいはわかると思っていたが……バカじゃなくて安心ってわけだ)


 と、ここでウルフェルトはとある事が気になる。

 故に、彼はカインへと言う。


「で、何をそんな慌ててやがる?」


「じ、実は……武器の輸送隊が、途中で盗賊に襲われたようで」


「面倒だな。結論だけ言え」


「輸送が遅れています――届くのはもう少し先になるかと」


「ちっ!」


 思った通りだ。

 これでは魔王襲来と武器の到着どちらが早いか、ギリギリになってしまう。


(だから、オレは散々言ってきたんだ――『うだうだしてねぇで、《ヒヒイロカネ》の武器を寄越せ』ってな)


 たしか最初に要求したのは、ルコッテの街の勇者エミールが『《ヒヒイロカネ》の武器を要求』したタイミングだ。

 それから今に至るまで、ウルフェルトに対する冒険者ギルド上層部の答えは全てノー。


 なんでも冒険者ギルド上層部曰く『緊急事態と研究のため以外では、《ヒヒイロカネ》の武器を渡す事はできない』だそうだ。

 アホの極みだ。


「クソがっ!」


 冒険者ギルド上層部の無能ぶりに、怒りがまるで収まらない。

 こういう時は――。


「おい、貴様。いつまで泣いてやがる」


「ぃ、やぁ……っ」


 と、未だ俯いて顔をふりふりしている雅。

 見ているだけで嗜虐心が湧く――もっと痛めつけて、泣かせてやりたい。


 ストレスの発散だ。

 ウルフェルトがそんな事を考え、鞭を振りあげたその時。


「待て、ウルフェルト! それ以上、私の妹に手を出すな!」


 そんな少女の声が聞こえてくるのだった。


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