アハトのミニミニ冒険
時はミハエルを倒してから数日後――早朝。
場所はアルスの街、噴水前の広場。
現在、アハトは散歩を楽しんでいた。
その理由は簡単。
「ミハエルが倒されただけ……と言っては語弊があるかもしれませんが、本当にこの街は変わりましたね」
アルスは錬金術の街。
それ故、ミハエルが支配していた頃から、錬金術関連の店が賑わいを見せていた。
だがしかし、そこに笑顔はなかった。
誰もが早々に用事を済ませ。
誰もが目立たないように息を潜ませ。
誰もがミハエルを恐れていた。
(今は至るところから、笑い声や話し声が聞こえてきます)
店から少し離れた位置では、井戸端会議な光景も見られる。
かつては考えられなかった事だ。
ミハエルを倒すために立ち上がって、本当によかった。
もっとも。
決定的なところは、殆どがジーク任せだったが。
(ですが、住民達が解放されたのなら、わたしはそれだけで満足です)
などなど。
アハトがそんな事を考えていると。
「お嬢ちゃん」
聞こえてくる女性の声。
見れば、アハトの傍にいつのまにやら、パン屋のおばちゃんが立ってた。
彼女はアハトへと言葉を続けてくる。
「話は聞いてるよ。旦那をミハエルの牢獄から助けてくれたんだろ?」
「あ、わたしは――えと」
「あはははっ。何を緊張してるんだい?」
「い、いえ……別に緊張しているわけでは。ただその、わたしは捕まっている人全員を助けようとしたのであって、おまえの旦那さんを助けようとしただけではありません」
「つまりなんだい?」
「つまり、わたしには礼を言われる資格はありません。わたしは牢に捕まっている全員を助けようとしただけなので」
「…………」
と、何やら呆然とした様子のおばちゃん。
彼女はしばらくすると突如。
「ぷはっ」
と、アハトの肩を叩きながら大笑い。
おばちゃんは息を整えた後、アハトへと言葉を続けてくる。
「なんだいその理論は!? その『全員』の中には、うちの旦那も含まれているんだから、礼を言われる資格はあるに決まってるだろ?」
「そ、そうなのでしょうか?」
「そうなんだよ――あんたは謙虚すぎだね。若い子はもっと、胸を張ってればいんだよ!」
バンバンっ!
と、おばちゃんはアハトの背を叩いて来る。
彼女はそのままアハトへと言ってくる。
「おっと、お客さんが来たね。あたしゃもう戻るけど……これ、食べときな」
「これは?」
「うちのパンだよ。礼としては下の下だろうけど――」
「いえ、とても素晴らしいお礼の品です。おまえは謙虚ですね、もっと胸を張ってください」
「こりゃまた……ははっ、一本取られたね」
「少し生意気だったでしょうか?」
「いいんだよ、若い子はそのくらいで。それじゃあ元気でね」
と、店へと戻って行くおばちゃん。
アハトはそんな彼女を見ていると、改めて思う。
(本当にこの街を救えてよかった――ジーク、全ておまえのおかげです)
アハトはそんな事を考えた後、噴水傍の椅子へと腰かける。
そして、彼女は貰ったパンをもふもふ食べていくのだった。
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