第五章 魔王は殴りこむ4
「待って下さい、ジーク」
と、ジークの前に手を翳してくるのはアハトだ。
彼女はジーク達の前に一歩出た後、ジークへと言葉を続けてくる。
「道中の敵は、わたしに任せてください」
「その理由がない。俺が倒した方が早いし、お前も無駄に消耗しないだろ?」
「消耗と言うなら、おまえをこんなところで、消耗させるわけにはいきません」
「いや、俺はこの程度の相手に消耗したりは――」
「ジーク、おまえもポンコツですね。こういう時は、理屈を並べないで任せるものですよ?」
言って、わずかに振り返り、笑みを見せてくるアハト。
彼女はすぐにキメラの方に向き直ると、そのまま言葉を続けてくる。
「理由はどうあれ、ミハエルを倒すと決断してくれた。そして、その瞬間をわたしに見せるために、わたしを連れて来てくれた……それだけで、わたしはおまえに感謝しています」
「だったら、このまま俺に――」
「ですが、全てをおまえに任せるわけには行きません」
「…………」
「えぇ、たしかにおまえはキメラ程度では消耗しないでしょう。戦ってもキメラたちを即座に葬り、何の影響もなくミハエルに勝てる。わたしだってそう信じています」
そこまで言うと、アハトは剣を引き抜く。
そして、彼女はそれをキメラへと向けながら、ジークへとさらに言葉を続けてくる。
「だからこそです。せめて、この場くらいは任せてください」
「そうしないと、俺に悪いと思っているなら、大きな間違いだぞ」
「そう思っている面もあります。ですが、大部分は我儘です――わたしはずっとミハエルにやられっぱなしだったので、少しくらい爪痕を残したいではないですか」
「……苦戦したら、俺も手を出すぞ?」
「おまえ、誰に言っているのですか?」
たしかに、愚問だったかもしれない。
と、ジークが考えた直後。
「っ!」
アハトは音もなく――けれど、凄まじい強さで地面を踏みつけ疾走。
あっという間に、キメラのうちの一体へと近づいていく。
けれど、キメラの方も当然、ただ見ているだけではない。
キメラはアハトが近づくのを見るや否や、彼女へ向けて炎のブレスを吐く。
城の廊下を埋め尽くし、あらゆるものを燃やすそのブレス。
それは一瞬、アハトを飲みこんだかと思ったが。
「どこを狙っているのですか?」
聞こえてくるのは、アハトの声。
見れば、彼女はキメラの首のすぐ真下へと、潜りこんでいた。
きっと、アハトはキメラの攻撃に併せて、さらに加速したに違いない。
その結果、キメラの口から炎が出る前に――アハトはキメラの首元に到達したわけだ。
もうこうなった以上、勝敗は見えている。
斬ッ。
と、聞こえてくる鮮やかな斬撃の音。
アハトの一閃によって、舞い落ちるキメラの首。
けれど、アハトは止まらない。
「おまえ達に直接的な恨みはありませんが……」
言うと同時、剣を別のキメラ目がけ投げつけるアハト。
彼女が投げた剣は、見事キメラの頭部へと突き刺さる。
しかし、さすがはキメラ――それでも、動こうとしているのだが。
「ミハエルの配下である以上、全て斬り捨てさせてもらいます」
アハトは凄まじい速度で、そのキメラに接敵。
彼女はキメラに刺さっている剣を手に掴むと、それをそのまま横に一閃。
結果、キメラの頭部はなかなかグロテスクな事になり、動かなくなる。
それからも、アハトの剣撃は続く。
キメラの攻撃を、天井に逃れて躱し、そこから落下の勢いをつけて一閃。
はたまた――キメラの攻撃を剣で受け流し、カウンター気味の一突き。
アハトの剣技こそ、まさに流麗。
力強さや圧こそ足りないものの、やはりその技術だけはミアに迫るものを感じる。
(きっと、アハトの魂が持っていた才能と、ミアの身体に染みついた力――それがイイ感じに結びついたんだろうな)
もちろん、アハトの努力あってこそだが。
などなど、ジークがそんな事を考えている間にも。
「遅い……っ、これで七匹目!」
と、アハトの言葉と同時、再び舞い落ちるキメラの首。
だがしかし、そんな彼女のすぐ後ろには、別のキメラが迫っている。
ジークの見立てでは、アハトはその存在に気付いている。
けれど、彼女がその攻撃を完全に躱せるかは、怪しいタイミングだ。
なんせ、彼女は攻撃したばかりで、完全に体勢が崩れているのだから。
要するに。
(手を貸した方がいいな、さすがにこれは)
考えた後。
ジークは再度、剣へと手のばし――。
「にゃ~~~~~! にゃあ、にゃあにゃあ! にゃん、にゃんにゃん!」
猫になった。
ジークがではない、件のキメラがだ。
キメラの身体はキメラのままだが、まるで精神が猫になったかのようだ。
「にゃんにゃん、にゃ~!」
と、そんなキメラ猫は埃玉を追いかけて、どこかへと走って行ってしまった。
間違いない、これは。
「ちょっと! アハトってば、私が精神操作魔法を使わなかったら、今の結構危なかったんじゃないですか?」
と、聞こえてくるのはアイリスの声だ。
アハトは戦いながら、そんな彼女へと言う。
「今のは……感謝します! ですが、これ以上の援護は――っ」
「そういうわけにもいかないんですよ!」
「どうしてですか!?」
「私は魔王様の配下なので、こういう時に真っ先に戦うのは、私の役目なんですってば! 魔王様を守る役目を、他の誰かに取られてたまるもんですか!」
「ん……同意」
と、会話に交じって聞こえてくるのは、ブランの声だ。
その直後。
床から生えてきたのは、氷の腕。
それはキメラたちの四足を、次々に捉えていき。
「ん……動きは止めた」
と、ユウナへと視線を向けるブラン。
すると、当のユウナは剣を抜き放ち。
「うん、あたしに任せて!」
ブランの魔法で隙だらけになったキメラ達に向け、次々と斬撃を繰り出していく。
いい連携だ。
ブランの魔力消費は最小限に済ませ。
ユウナの危険と消耗も、最小限にしている。
(あれでもう少しユウナが強くなったら、おもしろくなりそうだな)
回復魔法が使える前衛。
そして、有事は竜に変身できる優れた後衛。
まさに理想の組み合わせだ。
などなど、ジークがそんな事を考えている間にも。
「これで……十三体目!」
「あ、それは私の獲物ですよ!?」
「ん……アイリス、集中して戦って」
「少しでも傷を負ったら、あたしに任せて!」
聞こえてくるのはアハト、アイリス、ブラン、そしてユウナの声。
彼女達は凄まじい勢いで、キメラを打倒しながら進んでいく。
キメラと出くわしては倒し。
キメラと出くわしては倒し。
そうして、体感にして十数分が経った頃。
ジーク達は開けた場所へとたどり着いていた。
木々が生え、噴水のある広い広い庭園のような場所。
見上げれば空を囲う様に、巨大で高い城の尖塔がいくつも見える。
「ここが中庭か」
「はい、その通りです」
と、言ってくるのはアハトだ。
彼女は連戦でも殆ど消耗した様子なく、ジークへと言葉を続けてくる。
「ですが、ミハエルの姿が見えませんね。まさかと思いますが、逃げ――」
「いや、それはない。見てみろ――おでましだ」
「ジーク君の言う通りですよ、僕は逃げたりなんてしないさ」
聞こえてくるのは、ミハエルの声。
見れば中庭の奥――木々の裏から、現れたのは当のミハエル。
彼は不敵な様子の笑みを浮かべた後、ジークへと言ってくるのだった。
「改めて――ようこそジーク君、僕の城へ! 数々の試練を乗り越えたキミは、僕と戦う資格があるようだ!」




