第四章 魔王は助けてみる6
時はアハトを助けた夜。
場所はアルスの廃屋――とある一室。
現在、件のアハトは別部屋で絶賛ダウン中。
「ん……まおう様。アハトを一人にしていいの?」
と、ジークの袖をくいくい言ってくるのは、ジトっとした様子のブランだ。
彼女はひょこりと首をかしげると、そのままジークへと言葉を続けてくる。
「いい人間は助けたけど、ミハエルがまだ残ってる……アハト、また突撃しない?」
「まぁ、大丈夫だろ。今回は『明日までに復調させないと、ミハエルとの決戦に置いていく』って、割と強めに言ってあるし」
「ん……まおう様、すごい真面目な顔をしてた。怖かったけど……アハトに対するやさしさを感じた」
「それにあと一つ、ダメ押しもしてあるしな」
「気になる……ドキドキ」
と、そんな事を言ってくるブラン。
正直、おもしろい事でもなんでもない。
実は先ほど、ジークとユウナで協力して、アハトを回復させていたのだ。
そして、その時の会話こそがダメ押し――そのジークとアハトの会話は、こんな感じだ。
『これでお前の身体は、体力含め翌朝くらいにちょうど完治だ。だけど、お前はポンコツ猪思考だから、また一人で突撃しないか心配だよ』
『なっ!? お、おまえ! わたしをバカにするのですか!?』
『いや、だって……なぁ』
『なんですか、その顔は!? わたしを舐めないでください! わたしは、絶対におまえの思い通りになんてなりません!』
要するに、ジークはアハトをめちゃくちゃ挑発した。
そしてジークはあの時、同時に思ったのだ。
(アハトのやつが、すごく単純で本当に助かった)
などなど。
ジークはそんな事を考え、それをブランへと言おうと――。
「でもでも、ミハエルの奴の方は大丈夫なんですか?」
と、ジークの思考を断ち切るように、聞こえてくるのはアイリスの声だ。
彼女は悪魔尻尾をクエッションマークにしながら、ジークへと言ってくる。
「ミハエルってぶっちゃけ、いつでも逃げられるじゃないですか! 実は『明日城に来い』ってのはブラフで、今頃逃げる準備してるかもしれませんよ?」
「それはまぁ……正直、俺も少し考えた。あいつは勇者の面汚し――勇者ミアが絶対にしないような事を、平気でしてくるからな」
「ですよね! ふふふっ……どうやら、魔王様と私は同じ思考回路! いわゆる相思相愛のようで――」
「ただ、これに関しては心配ないだろ。ミハエルは確実に逃げたりしない」
「はて、それはどうしてですか?」
言って、ひょこりと首をかしげてくるアイリス。
ジークはアイリスへと、その理由を語っていく。
それをまとめると、こんな感じだ。
一つは、ミハエルが本気で『準備を整えればジークに勝てる』と信じている様子なこと。
正直、これが一番大きいのだが。
人間だれしも、絶対に勝てると思っている相手から逃げたりはしないに違いない。
もう一つは、ミハエルの城にある研究資料だ。
ミハエルは逃げる時に、ジークへとこんな事を言っていた。
『こういう事もあろうかとね、爆破錬成陣を仕込んであるんですよ。施設を破壊するのはもったいないですけど、城に研究資料は揃っている』
これすなわち裏を返せば――。
城の研究資料はミハエルも惜しいという事だ。
「とまぁ、こんな状況で逃げると思うか?」
「た、確かに! 言われてみればそうですね!」
と、わざとっぽい様子で驚くアイリス。
彼女はそのまま、ジークへと言葉を続けてくる。
「さすが魔王様です! その観察眼――なにもかもお見通しというわけですね!」
「いや、俺にもわからない事はある。だけどまぁ、今回のミハエルに関してはお見通しだったな……あいつは行動が単純すぎる」
「あは♪ 錬金術師の頭いいキャラなのに、単純とか! くっそダサいですね! まぁ、魔王様が凄すぎる結果、ミハエルが単純に見えてるだけかもしれませんけど!」
言って、ジークの自慢を自慢げな様子でしてくるアイリス。
彼女は突如、悪魔尻尾をピコんっと立てると、そのままジークへと言ってくる。
「『凄い』で思い出しましたけど、魔王様! ちょっとあれ、すっごいじゃないですか!」
「いきなりだな……いったい何のことだ?」
「そんなの決まってるじゃないですか! さっき、地下実験施設であったことですよ――すっごい炎と、落ちて来た瓦礫を一息で飲んじゃったじゃないですか!」
「あぁ、それな……あれ、そんなにすごいか?」
炎にかんしては、ジーク的にちょっと熱い場所……。
温度低めのサウナとかで、思い切り深呼吸したのと代わらないレベルだ。
後者にかんしては、煎餅を噛んでから飲みこんだ程度だ。
やはり、何が凄いのかわから――。
「あぁもう! 魔王様以外がやったら、あんなの喉が焼けるどころか、肺もすごい事になって死んじゃいますよ!?」
と、ジークの思考を絶ち切るように聞こえてくるアイリスの声。
彼女は興奮した様子で、ジークへと言葉を続けてくる。
「瓦礫もそうです! というか、思ったんですけど――そもそも、普通の魔物は息を吸っただけで、あのレベルの炎を吸い込めたり、瓦礫を撤去できたりしませんよ!」
「それは……難儀だな」
「だから、魔王様が規格外ですごいだけですってば! あぁもう……そこに痺れる憧れる! さっすが魔王様ですよ!」
と、悪魔尻尾をふりふりアイリスさん。
なにはともあれ、彼女が楽しそうでよかった。
などなど、ジークがそんな事を考えていると。
「確かにそれもすごいけど。ジークくんの一番凄い所は、そこじゃないと思うな!」
と、そんなユウナの声が、聞こえてくるのだった。




