第四章 魔王は助けてみる3
(下水道からの潜入は論外、する必要がない。城側から堂々と入るのもいいが、それだと時間がかかる……だったら、するべきことは一つ)
地下実験施設――そのアハトが居る真上に、直通の入り口を作ってやればいいのだ。
ジークはそんな事を考えた後、大穴の中へと飛び降りる。
そして、吹き抜け二階になっている地下実験施設に着地するや否や。
「遅れて悪い、大丈夫か……アハト?」
言って、アハトへと視線を向ける。
彼女は驚愕した様子で、ジークの方を見てきている。
そして、そんな彼女の傍に居るのはミハエルだ。
(なんだ……あの注射器は? なんにせよ、ろくでもない物だろうな)
と、ジークは周囲を見回す。
すると見えてくるのは、人々を人質に取っている冒険者達の姿だ。
きっと、人質に取られている彼等こそが、アハトが助けたかった人々に違いない。
(まったく……部下に人質を取らせて、アハトを無力化するとか。とことんクズだな……この時代の勇者は)
悲しみと虚しさで、ため息すら出なくなってくる。
なにはともあれ、ジークが今最優先ですることは一つだ。
「安心しろ、アハト。ここからは約束通り、俺が協力してやろう」
言って、ジークは即座に剣を引き抜く。
そして、彼は瞬時にアハトとミハエルの間に入り――。
「こいつは俺のものだ。離れてもらおうか」
ジークは初撃で、アハトにまとわりつくスライムを撃破。
続けて、彼はミハエルへと剣を振るう。
すると――。
「痛ぅ……っ!?」
聞こえてくるのはミハエルのうめき声。
同時、宙を舞うミハエルの右手――地面へと落ちる注射器。
ミハエルは相変わらずの逃げ足で、すぐさまジークから距離を取って来る。
ジークはそんな彼を睨み付けながら、地面の注射器を踏みつぶす。
そして、ジークはそのまま彼へと言う。
「もう片方の手も斬ってやろうか? 錬金術師のクズ勇者」
「ははっ、それは困るね。錬金術師にとって、手は命ですからね」
「ほう、右手を斬ったのは、謝罪した方がよかったか?」
「いや、謝ることはないですよ」
言って、ミハエルは懐から別の注射器を取り出す。
彼はそれを右腕へと突き刺す。
直後。
ボコ。
ボコボコボコ。
と、不快な音を立てながら、膨張し始めるミハエルの右腕――その切断面。
それはやがて醜悪な肉塊から、徐々にミハエルの元の右手になっていく。
その後、彼は件の右手を見せながらジークへと言う。
「ほらこの通り。僕の力を持ってすれば。斬られた手なんか簡単に生えますから」
「まるでトカゲだな。勇者をやめて、爬虫類になったらどうだ? なんなら、俺も応援してやろう」
「ジーク君の気持ちは嬉しいですけど、遠慮させてもらうよ」
「遠慮することはない。何なら、今すぐにでも――」
ドサッ。
ドササッ。
見れば――。
アイリスとブラン、そしてユウナがアハトの傍に落っこちてきていた。
「うぅ……二人抱えての飛行は無理です、重すぎます……む、無念」
「ん……痛い」
「アイリスさん、ブランさん……お、重いよ……ど、どいて」
順に聞こえてくるのは、そんな三人の声。
要するにそういう状況に違いないが、今はミハエルだ。
考えた後、ジークがミハエルの方を見ると。
「相変わらずの逃げ足だな。いつの間に、そんなところに移動したんだ?」
「褒め言葉として受け取っておきますよ、ジーク君」
と、言ってくるのはミハイルだ。
彼は地下実験施設の二階へと続く階段から、ジークを見下ろしながら言ってくる。
「とはいえ、安心してください。僕は逃げたりしない――準備さえ整えれば、必ず勝てる相手に逃げる必要なんてないですから」
「今は逃げようとしてるのに、随分な言い草だな」
「明日、僕の城で待っています。そこで決着をつけましょう。僕としても、キミの肉体は実験サンプルとして、手に入れたいですからね」
「今――逃がすとでも?」
「前も言った気がしますけど、キミは逃がしますよ」
と、ミハエルが言った。
その直後。
バチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチッ!
そんな音を立て、巻き起こる放電現象。
それは少なくとも、ジーク達が居るフロア全体から起こっている。
「こういう事もあろうかとね、爆破錬成陣を仕込んであるんですよ。施設を破壊するのはもったいないですけど、城に研究資料は揃っている」
と、言ってくるミハエル。
彼はジークに背を向け、通路へと消えながら言葉を続けてくる。
「まぁ、ジーク君の足止め――あわよくば、倒すためなら仕方ない。あぁ、それとダメ押しのプレゼントも残しておくので、楽しんでください。いずれも僕の至高の傑作です」
「だから、逃がすとでも――」
「まおう様……冒険者達の様子が変」
と、ジークの声を断ち切るように聞こえてくるのは、ブランの声だ。
彼女が指さす方を見てみれば、数人の冒険者が頭を押さえ苦しんでいる。
そして、そんな冒険者達の周囲。
そこでは別の冒険者達が心配そうに慌て――悔しそうな様子で、彼等を見ている。
「ミハエル……認めてやろう。逃げ足と逃げる算段だけなら、お前は勇者を名乗っていいレベルだよ。もっとも、勇者は逃げたりしないだろうが」
ジークが言って、舌打ちしたのとほぼ同時。
苦しんでいた冒険者達の身体は、内側からはじけ飛ぶ。
そして現れたのは――。
膨張した筋肉を剥き出しにし。
形が不揃いな腕を四本生やし、巨大な爪を持つ。
そんなグロテスクな怪物。
きっと、予めミハエルが錬金の秘薬を、数名の冒険者に打ち込んでいたのだ。
結果、この冒険者達はこのタイミングで、怪物へと変貌を遂げた。
(仮にも仲間にこの仕打ちとは、本当にクズだなミハエル。勇者の――ミアの子孫として、恥ずかしくないのか? それにさすがの俺も、冒険者が哀れになってくる)
などと。
ジークが考えている間にも。
「ぁ、ぁあ……あぁ~~~っ」
と、耳障りな声をあげる怪物達。
奴らが人質へと、襲いかかろうとしているのだった。
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