第三章 アハトの冒険6
「それでどうする、アハト? その拘束から抜け出せば――彼等冒険者に命令して、人質を殺させるけど」
と、そんな事を言ってくるミハエル。
答など決まりきっている。
故にアハトは視線を下げ、ミハエルへと言う。
「わたしの、負けです……ですが、どうか彼等は解放してあげてください」
「そのメリットがどこにあるのかな?」
「なんでも、します……人体実験も、なにもかもわたしが引き受ける。解剖だって、好きにしてかまわない」
「ほう」
「おまえも楽でしょう。抵抗しないわたしの方が……住民を実験台にするよりも」
「ん~どうだろうね。でもまぁ、一理あるかもしれませんね」
言って、近づいて来るミハエル。
彼はどこからか注射器を取り出しながら、アハトへと言葉を続けてくる。
「これはね、キミの自我を崩壊させる薬だ。さっきキミが言った事が本当なら、これを撃ちこんでも構いませんね?」
「……はい」
所詮、この程度なのだ。
アハトは心のどこかで、思っていたのだ。
(人々を救った勇者……ミアから作り出されたわたしなら、彼等を救えると)
けれど、所詮は偽物。
アハトにそんな力など、ありはしなかった。
「さようなら、アハト。これからは従順な人形として、僕に仕えてください」
言って、どんどん注射器を近づけてくるミハエル。
そして、まさに注射器の針が、アハトの首筋へと刺さろうとした。
瞬間――。
響き渡る凄まじい轟音。
襲い来る凄まじい振動。
闇色の爆発と共に、消滅する天井。
差し込む茜色に染まった光。
そこから現れたのは――。
「ま、おう?」
ミハエルなど霞むほど、醜悪で邪悪な闇の魔力。
それを纏った褐色で筋肉質の巨躯。
そして、見るものを凍てつかせる絶対零度の眼光。
鬼神のように生えた二本角と、美しくもおぞましい白髪。
あれは怪物だ。
あれの前ではどんな巨悪も子供に見える。
あれを放置しておけば、世界が終ってしまうと本能で感じられる。
そして、そんな怪物――褐色の魔王はアハトへと顔を向けてくると。
「遅れて悪い、大丈夫か……アハト?」
聞こえてくるのはジークの声。
とても優しく、温かい少年の声。
見れば、先ほどまで怪物が居た場所に立っているのは、ジークだった。
(さっきのは、幻覚? いや、今のはきっと――わたしに溶け合ったミアの身体の一部。それが思い出させた、かつてのミアの記憶……といったところですか)
やはり、アハトはミアと別物だ。
悟ってしまった――アハトではどうひっくり返っても、あの怪物に勝てはしない。
むしろ、戦いを挑む勇気すらない。
(もっとも、あの怪物と戦う必要なんてありませんが……だって、あれはジークだ)
アハトの身体に残るミアは未だ、ジークの危険性を訴えている。
だが、アハトの魂は明確に理解している。
「安心しろ、アハト。ここからは約束通り、俺が協力してやろう」
そんな事を言ってくるジーク。
彼が誰よりも優しい存在で、アハトの頼もしい味方だということを。




