第三章 アハトの冒険4
そうして少し後。
現在。
(住民達の協力もあって、想定していたよりも早く、牢屋からの救出が終わりましたね)
アハト率いる住民達は地下実験施設の中を進んでいる。
吹き抜けのある二階建てになっているこの場所。
一見すると、地下とは思えないほどに整えられ、清潔感のある美しい作りなっている。
けれど。
(机に並べられた血の付いたメスに、臓物の入った容器……相変わらず趣味の悪い)
これを見ていると、改めて思う。
と、アハトが後ろを向けば、そこに居るのは大量の住民達――その数およそ百。
(ミハエル……周囲の村からも人を攫っているのは知っていましたが、まさかこれほどの人数を牢屋に閉じ込めているとは)
もし、このまま彼等を助けず放置したら。
彼等全員がミハエルの手にかかって、死んでいたに違いない。
要するに、先ほどアハトが見た容器の中の臓物。
今アハトが連れている人々が、あの様になっていた可能性があるのだ。
それを想像すると、本当にぞっとする。
アハトはそんな事を考えた後、前を見る。
(もう少しですね。今いる大部屋を抜ければ、下水道はすぐそこ……このまま、何もないとよいのですが)
恐れていても何も始まらない。
仮に何かあれば、アハトが住民達を守ってやればいいのだ。
(幸い……わたしの身体もあと少し動きそうですしね)
などなど、そんな事を考えるアハト。
彼女は人々を率いて、件の大部屋の中央へと――。
「やぁっ、アハト! 早いうちに来るとは思っていましたけど、こうも早いとは思わなかったですよ」
聞こえてくるのはミハエルの声。
見れば、少し離れたテーブルの上に、彼が座っている。
そんな彼はからからと、楽しそうな様子でアハトへと言ってくる。
「いやまったく、相変わらずの正義感だね。身体もまだまだ不調なんだろう?」
「っ……どうして、おまえがここに居るのですか!」
「どうして? それはだって、ここは僕の実験施設ですからねぇ」
「そういう事を聞いているのではありません!」
「あはははっ! わかってますって、怒らないでよ――冗談、冗談ですよ」
言って、ミハエルはアハトの方へと近づいてくる。
その間、アハトはざっと周囲を観察するが。
(いつの間にか、かなりの数の冒険者に、取り囲まれていますね……さすがにこの数を相手にするのは無理があります)
きっと、冒険者達はミハエルが作った錬金の秘薬なりで、気配を消していたに違いない。
と、アハトが考えている間にも、すぐ近くまでやってきたミハエル。
彼はアハトへと、からから笑いながら言ってくる。
「キミは優しくて、正義感がとても強いですからね。すぐにでも、人々を助けるために再度侵入してくると思いましたよ!」
「わたしの行動を……読んでいたのですか?」
「当り前じゃないですか! 仮にも僕は、キミが産まれた時から一緒に生活しているんだよ? 創造主が造形物の感情を、読めない訳がないじゃな――」
「反吐がでます。わたしは一度たりとも、おまえを創造主と思った事などありません」
「あははっ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。僕はキミを大切な造形物だと思っていますよ?」
「……っ」
「なんせ、キミは僕達アルケミー一族が、長年研究してきた大いなる題材の一つ――『勇者ミアのホムンクルス精製』。そのようやく形になった、貴重品なんですから……もっとも、失敗作ではあるけどね」
言って、更にアハトへと近づいて来るミハエル。
彼はアハトの耳元で、言葉を続けてくる。
「僕にはキミが必要なんですよ。今後、キミをベースに実験や解剖を進めれば、完璧な『ミアのホムンクルス』を作れるかもしれない」
「だから……ここで、網を張っていたのですか?」
「そうだとも! キミは単純ですからね、ここで張っていれば捕まえられると思っていた」
「簡単に捕まえられるとでも?」
「逆に聞こうか――勇者であるこの僕から、無事に逃げられるとでも?」
「…………」
「…………」
「……っ!」
アハトは痛みと疲労を堪え、全力で抜剣――狙うはミハエルのがら空きの胴。
しかし、そんなアハトの攻撃は、ミハエルへは届かない。
「おっと、危ない危ない! 危うく、殺されちゃうところだったじゃないか!」
バックステップでアハトの斬撃を躱した後、そんな事を言ってくるミハエル。
アハトはミハエルの言葉を無視して、彼へと言う。
「わたしは今ここで、おまえを倒す。頭のおまえを倒せば、他の冒険者は烏合と化す!」
「やってみるといいよ、アハト」
「言われなくとも!」
言って、アハトはミハエル倒すため――彼へと追撃を繰り出す、準備をするのだった。




