第82話 文句 for U.S.A.
それは突然に、降って湧いたように俺達に齎された。宿坊のロビーで国防省の連絡官の訪問を受けた俺と斉藤は、次の魔法研修のメンバー変更を一方的に告げられたのだ。別に研修生を決めるのは俺達じゃないので、はあ、そうですか、と聞いていたのだが、よくよく聞いていたらそうも言っていられない内容だったのだ。
「魔法研修にアメリカ人を入れろだと?」
斉藤はそう言うと、眼鏡のブリッジを右の中指でクイッと押し上げた。俺の知る限り、これは斉藤が機嫌が悪くなった時の仕草だ。この仕草が出た時は斉藤に話しかけない、近づかない、目を合わせないのが子供の頃からの俺や友人達の鉄則だった。だから今も俺は斉藤からさり気なく距離を取り、この斉藤三原則を守っている。
今、斉藤から冷たく射殺されんばかりの視線を一身に受けているのは国防省からの連絡官である皆口美佳さん(30)だ。皆口さんは自らの発言によって生じたこの事態にアワアワとやや挙動不審になりながらも、どうにか退く事無く踏み止まった。それは本郷にある最高学府を卒業し、国家公務員となって我が国の行政を動かしているという矜持の為せる技だろうか?
その皆口さんはゴクリと唾を飲み込むと、斉藤の視線に抗すべく姿勢を正し、キリッと眦を上げて説明を始めた。皆口さんは小柄で天然系の可愛い美人さんだ。女子大生と言われても信じてしまう。その皆口さんからどのような説明がなされるのか、お手並み拝見といこうか。
「こちらも急にねじ込まれた事案でして。予定されていた陸軍の研修枠を横取りされて、こちらも大迷惑なんですよ。」
ズコッ。被害者ヅラか。まあ、しかし、その話からすると国防省の更に上から強引にねじ込まれたというか事になる。そして、皆口さんも天然なようでいて、そこら辺は流石日本の官僚さんだ。強引にねじ込まれたと自分の責任を否定し、責任の所在を曖昧にしつつ、それでいてもっと上からの圧力なんだと自分も被害者と主張。尚且つ、上の存在を匂わせてちゃっかり俺達への圧力も忘れない。
だが、俺は知っている。この手法、斉藤には悪手であると。斉藤は中学、高校と生徒会長を務めていたが、校長やPTA、はたまたOBの存在を匂わせてこの手を使う教師や運動部の部長がいた。その度に相手が誰であろうと根拠を求め正論を貫き、完膚無きまで相手を叩いた。そして相手が脅迫を匂わせると、すかさず録音していたその音声を聞かせて逆に弱味を握って黙らせていたものだ。俺は斉藤から理不尽な要求を押し付けて来る連中の存在と、世の中は清濁合わせて飲む必要がある事を学んだ
「それはそっちの都合だろう。国防省というか陸軍との約束ではアメリカ人に魔法を教えるなどとはなっていなかったはずだ。」
「それはそうですが、そちらは国防省から研修生を受け入れるとなっているはずです。研修生の身分や国籍について言及されてはいないのではないでしょうか?陸軍の研修枠を横取りされたのは業腹ですが、アメリカ人研修生が国防省からの研修生である事に変わりは無い訳ですから、受け入れて下さい。」
意外にも皆口さん、開き直っていた。強気であった。確かにこれは皆口さんの言う通りであり、斉藤の言う通りでもあった。そもそも魔法研修生の受け入れについては、かつて転移者達への援助に対する見返りとして皆で話し合い、俺が秩父特別駐屯地で陸軍側と口約束で交わされた裏協定だった。なので、一切文章化されていないはずで、所管が陸軍から国防省に移ってからもそれは変わっていない。
だから、口約束故に俺達が国防省から研修生を受け入れるとしかなっておらず、国防省からの研修生であればアメリカ人だろうがブルキナファソ人であろうが受け入れる義務が俺達にはある。しかし、その反面で国防省研修生が日本の陸海航空宇宙の三軍の将兵であるという国防省と俺達の間の暗黙の了解もあるのだ。その了解に基づいて一応のカリキュラムが設定されてもいる。
「そういう理屈でゴリ押しするなら研修生の受け入れ拒否も考えに入れる必要があるな。確か罰則も何も無かったと記憶しているが?」
「…ぐう」
ぐうの音も出ないとは言うが、実際出る人もいるんだな、などという感想を抱いてしまった。まあ、そういう事なのだ。口約束なのだから解釈に幅があり、後から拡大解釈したり屁理屈こねたりして無理難題を押し付けられる事もある。たが、口約束故に罰則も無く、こちらに実力があれば突っぱねる事も出来ると。
「困ります。非常にそれは困ります。」
皆口さんは絞り出すような声で窮状を訴えた。
「俺達は別に困らない。そもそも俺や他の者もリュウを手伝っているだけで、本来なら魔法を教える義務があるのはそこの戦術魔法教官殿だけだ。」
そう、俺が非常に困るのです。
「それに感謝する事も無く、あまつさえ圧力かけて一方的に要求だけ押し付けるとか、国防省も何を勘違いしているんだか。」
これも斉藤の言った通り。要するに口約束というのは双方の信頼に基づいているのだ。信頼感があるうちはなあなあでやってこれても、このようにそれが失われてしまえば波打ち際の砂の城のようにあっという間に崩れ去ってしまうのだ。
このような展開は学生時代に何度かあった。そして追い詰められた相手は、
「ううっ、(チラッ)」
俺に助けや仲介を求めるのだ。可愛い系年上美人官僚の半泣き顔を見ているのも悪くは無いが、やはり今後の事を考えるとそうもしてられない。ちょっと助け舟を出してみる。
「まぁ、皆口さんも困るのでしょうが、誰か一番こまるのですか?」
俺がそう言うと、皆口さんはパァッと表情を綻ばせた。話を続けられる糸口と思ったのだろう、嬉々として喋り出す。
「国です。国が困るのです。」
「国だと?何で国が困るのだ?日米貿易摩擦や日米半導体交渉の時代じゃないんだぞ。今のアメリカには我が国にそんな圧力かける余裕なんて無いだろう。仮に圧力かけられても今の我が国なら跳ね除けられる筈だ。」
尚も追求の手を緩めない斉藤。皆口さんは再び涙目になり「ううっ」と唸って俺を見る。
確かに斉藤の言う通り、今のアメリカは国内問題で手一杯の筈だ。モンスターアタックで米軍やカナダ軍が都市部に現れた魔物の封じ込めや殲滅に失敗して魔物が国内に拡散したためだ。それでも国としては機能しているから、例えるなら虫食いのリンゴといったところだろうか。いずれにせよ、今のアメリカはかつての超大国ではなく、国内に深刻な問題を抱える大国だ。
「そちらも急な話だったのだろうけど、こちらに事前の説明も相談も無く、一方的に要求だけしたのは明らかにそちらのミスでしょう?援助の件も、もう私達の手から離れてアースラ諸族連合に移っているのだから、極端な事を言えば私達だって魔法研修なんて引き受ける義理だってもう無いのではないでしょうか?」
俺がそう言うと、皆口さんは焦ったように反論してきた。
「で、でも、土方中尉は陸軍の戦術魔法教官なんですから、軍籍にある以上は軍務に服する義務があります!」
「そう。でも先程斉藤が言ったように、それは私だけですよ?他のみんなは本当に善意で私を手伝ってくれていただけです。国防省さんがそこを軽視してゴリ押しするなら他のみんなに今まで通り協力を頼む事は出来ません。」
俺にそこまで言われて遂に言葉を失う皆口さん。まあ、この辺が潮時かな。
「何か事情があるのでしょう?決して他言はしませんから。無理を通すならそれなりに納得出来る理由が必要ですよ。」
皆口さんは下を向いて少し考え込んだ後、顔を上げて、
「絶対に口外しないと約束出来ますか?」
と念を押した。
「約束します。なあ、タケ?」
「約束しよう(北風と太陽作戦成功)。」
「わかりました。お話しします。」
皆口さんによると、米国から要請が来たのは三か月前との事。当初は研修への参加ではなく魔法の共同研究を要求してきたそうだ。当然政府はその要求をは断った。それはそうだろう。共同研究の名の下に俺達の身柄を要求されるだろうし、研究成果も持って行かれてしまう。かつての日米関係ならば間違いなくそうなっていた。
だが、モンスターアタックによって国際関係は激変し、我が国は今や米国の顔色を窺う必要がなくなっている。その後、米国はこの要求を引っ込め、ある提案と共に米国からの魔法研修への参加という形へ変更して要請してきたのだという。
「その提案というのが、米国が研究を進めているESP関係の研究資料の提供だったのです。」
米国は冷戦時代からソ連に対抗してESP研究を推し進め、米国が冷戦で東側に勝利した後はこの分野でも世界の最先端を誇っていた。それに対して我が国では防衛技術研究所や幾つかの大学の研究機関で細々と研究が進められていたに過ぎなかった。しかし、モンスターアタックが起こって我が国に転移者達と共に魔法が伝えられると、状況は一変して政府も予算を増額してESPや魔法の研究を促すに至った。
「だけど、研究を進めようにも、そもそもベースとなる資料が決定的に不足していたました。そこへ米国から我が国が喉から手が出る程欲していたESP研究の資料を提供するという条件を出されて我が国は飛びついてしまったのです。」
「「…」」
「何か裏があるとは考えなかったのか?以前にも俺達は身柄を押さえられそうになっているんだぞ?」
「国内のスパイ組織は既に一掃されていますから、その点については大丈夫です。」
皆口さんは胸を張って(ちっぱい。だがそれもいい)そう主張した。
((どうだかな))
皆口さんは大丈夫だと言ったが、俺は全く信用していない。斉藤もそうだろう。スパイ組織、組織内結社、そういったものは風呂場のカビの如く薬をかけて表面を洗ってもその根は深く残っているものだ。今回のアメリカ人研修生の問題にしても、絶対に国内に協力者がいる。
"リュウ、どうするんだ?"
念話でタケが尋ねてきた。
"今回突っぱねても向こうは次々と仕掛けてくるだろう。だったら今回この三人を受け入れてみて出方を見ようと思う。魔力交流をしても魔法が発現しなければ追い返せばいいし、不穏な動きが有れば山中で遭難して貰うだけだからな"
"エゲツないな。だが、俺もそれでいいと思う。幾つか条件を付けてな"
「わかりました。そちらも事情があるようですから、今回に限り引き受けましょう。ただし幾つか条件を付けさせて貰いますが。」
「あっ、有難う御座います。」
皆口さんは俺達に嬉しそうに礼を述べ、ホッとした表情となった。まあ、まだ条件提示があるんだけどね。その条件とは以下の通り。
1 アメリカ人研修生の受け入れは原則今回のみとしる。
2 同研修生に魔法の適性が無く、魔法の発現が無かった場合は、その時点でその研修生は研修終了とする。
3 今後は研修に限らず、こちらに対する依頼や研修内容の変更とがある場合、事前に報告、連絡、相談、説明する。
4 こちらに対し圧力をかけ、強要する事はしない。
5 以上の条件が守られない場合、戦術魔法教官以外の魔法能力者は魔法研修等への協力は行わない。
この条件を見て皆口さんは再び唸り始めてしまったが、一度持ち帰って上司とよく相談してね、という事で、この場はお開きとなった。
しかし、政府も国防省も俺達が何も言わずに引き受けると思っていたのだろうか?だとしたら俺達も随分と舐められたものだ。
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