第73話 猫侯爵、オーバーラン
貴族という日本では失われて久しい身分の人とどう接したらよいのものか。実はキャストン侯爵にこうして会うに当たり、身近の転移者達に尋ねたのだ。
しかし、サキやラミッド達は孤児院出身だから、そもそも目上の人は院長か経営母体の教会関係者くらいにしか会った事がないそうな。エーリカやガーライルは大らかな村社会の出身なので、申し訳なかったがあまり参考にならなかった。
では、手っ取り早くバローニやアラン兄さんとかに尋ねようとしたが、時既に遅く、二人ともキャストン侯爵の側に行っていて会えなくなっていた。呼び出せば会えただろうが、そうして会ったバローニに貴族と会うにあたってのマナーを教えて、というのも、ちょっと、なあ?
因みにアラン兄さんは、実はキャストン侯爵の腹心の一人で、侯爵の命令により部隊指揮など経験不足なバローニを補佐していたのだそうだ。
という事で万策尽きた俺は、ぶっつけ本番で当たって砕ける事になったのだった。
「こちらそはじめまして。アルベルト・ネル・キャストンだ。」
そう名乗って右手を差し出すキャストン侯爵。俺がチラッと斎藤宮司を窺うと、和かな笑顔で頷いたので、俺もキャストン侯爵の右手を握って握手した。
「ヒジカタ殿にはウチの子供達や部下、領民達が随分と助けられたようで、感謝している。一応侯爵なんて位を貰っちゃいるが名目みたいなもんだ。ざっくばらんにやってくれると有り難い。」
そう言ってからキャストン侯爵は改めて俺達を値踏みするように見据える。
「話には聞いていたが、ヒジカタ殿はなかなかの男前だな。俺も若い頃は随分モテたが、それ以上だ。ウチのアーニャが惚れるのも無理はない。」
「ちっ、父上!」
いきなり何を言い出すかと思えば、実に返答に困る内容だ。アーニャは顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。そして、ウーっと唸っては俺を上目使いにチラ見する。
「さて、双方の顔合わせも問題なく済んだ事だし、そろそろ本題に移ろうか。」
斎藤宮司がそう切り出してくれたので、一同はソファーに座って本題とやらを話し合う事となった。
「話というのは、この満峰神社の転移者達で作る自治組織と自衛組織である民兵隊についてだ。」
斎藤宮司の話は続く。
「当社における転移者達の人口は概ね900人に達っしている。今のところは皆元の世界での所属集団毎にまとまっているが、これだけの人数ともなれば早急に全体を統括する自治組織が必要だ。おそらく、これからも転移者は増えるだろう。」
そういった自治組織は勿論必要だろう。俺は取り敢えず彼等の衣食住の確保を最優先にして援助を求めたから、転移者達の組織化については陸軍との秘密協定で民兵隊の構想は有れど、自治組織については全く手付かずだった。
「幸いな事にキャストン侯爵は向こうの世界で自治領を治めていたというから行政の経験もあり、魔王国軍との戦争では部隊を率いて戦わられていたというから軍事にもお詳しい。この件については土方君達が駐屯地へ行っている間にガーラリー村長やサバール村のキース村長達も交えて話し合いを持ったのだ。」
その組織案とはこうだ。まず、満峰神社側(これは齋党と考えていいだろう)と転移者達の集団、つまり狼獣人の村、エルフのサバール村、有志連合からそれぞれ代表を出し、それをもって合議制の最高意志決定機関とする。議長は斎藤宮司がなり、民兵隊は有志連合軍を母体とし、キャストン侯爵を最高司令官とする、というものだった。そして関係者の合意は取り付けてあるという。
(準備が早い事だな)
ツッコミ所は満載だ。
"タケ、この件は知っていたか?"
俺は念話で斉藤に尋ねた。
"いや、俺も初耳だ。"
"どう思う?"
"修正すれば基本的には賛成だな"
俺達は念話で話し合う事暫し。そうして先程の原案に対する修正案を述べた。
1 有志連合軍は解散し、構成員は元のコミュニティ毎に再構成する。
2 再構成したコミュニティからも最高意志決定機関に代表を出せるようにする。
3 民兵隊は転移者全体から広く兵士を募集する。
有志連合軍といっても将兵の大半は義勇兵であり、職業軍人は少ない。その義勇兵達は元々は自治領の領民であったり、自治都市の市民であったり、各部族の町村民であったりと様々だ。彼等は故郷であるエルム大森林から転移してしまっていおり、そのため有志連合軍は郷土防衛という建軍目的を失ってしまっている。そうした義勇兵達を今後も一括りにし続けるのは流石に無理があるだろう。だから一度解体して彼等の出身毎にコミュニティを再構成し、そこから代表も出せるようにする。これによって、より広く転移者達の意思や要望を反映させる事が出来、且つ最高意志決定機関の寡頭化を防ぐ事が出来る。
また、有志連合軍をそのまま温存すれば、それ以外のコミュニティから民兵隊に入隊する事が難しくなってしまう。更に現時点における転移者人口の1/3が生産性の無い軍人であり続ける事は転移者社会にとって非生産的であり、非合理的だ。そうした事からも有志連合軍は解体し、転移者社会全体から民兵を募集して新たな民兵隊を建軍した方が良いだろう。
更に、こうする事により、有志連合軍を権力基盤とするキャストン侯爵への権力集中と独裁の可能性を回避する意味もある。最高意志決定機関に席を持ち、尚且つ軍隊の指揮権を握っているともなれば、その発言力たるや絶大だ。対抗出来る者なんていなくなる。権力は腐敗し、絶対権力は絶対に腐敗するのである。日本国内に転移者の独裁国家が誕生するとか洒落にならない。
キャストン侯爵がどのような意図でこの原案を作ったのかはわからない。結果的にそうなったのか、侯爵自身にその意図があったのか。ただ、この原案にはそうした毒が含まれていたのは確かだ。
そうした思いも込めて、原案に対する俺達の修正案を述べた。脅した訳ではないが、応接室内の空気は急激に冷えて張り詰めてしまったようで、皆一様に緊張したようだった。そんな中、キャストン侯爵は俺に感心したような視線を向けていた。
「まあ、叩き台とはいえ、こうして指摘されると、至らぬ部分が多いな。再度練り直しだ。それから、土方君達にはこれを機に御祭神様からの神託に集中して貰いたいのだ。」
斎藤宮司が転移者達の自治組織作りを急いだのは、そうした思惑もあったようだ。独裁に関しては斎藤宮司自身が議長となる事でキャストン侯爵を牽制出来ると考えたのかもしれないが、定かではない。
こうして今回の対面はこれにて終了となった訳だが、最後にキャストン侯爵からとんでもない爆弾が投下された。
「ヒジカタ殿に一つ頼みがあるのだ。必要な事でもあるので是非とも聞いて欲しい。」
「はあ、私に出来る事であれば。」
俺がそう返すと、キャストン侯爵は「そうか、聞いてくれるか」と破顔した。強引な人だな全く。俺は「聞く」とは言ったけど、「やる」とは言ってないぞ?
「頼みというのは、ヒジカタ殿が嫌でなかったら娘のアーニャをヒジカタ殿の側に置いて欲しいのだ。」
「なっ!」
「ほお」
「「「…(やはり、そう来たか)」」」
この「ほお」は斉藤から発せられた感嘆の「ほお」だ。何一人で納得してるんだよ。エーリカ達も何というか「うん、知ってた」という表情をしている。何故か俺一人が慌てている構図だ。当のアーニャは真っ赤になって下を向いている。
「神官である斎藤殿からヒジカタ殿の御神託については聞かせて貰った。我々の為に奔走して頂き、この事、有志連合を代表してお礼を述べさせて頂きたい。誠に有難う御座いました。」
キャストン侯爵は姿勢を正すと、深々と頭を下げた。
「いえ、顔を上げて下さい。神託による事ですから。ですが、そう言って頂けると報われる思いです。」
「斎藤殿とも話したのだ。これ以上我々の事でヒジカタ殿達の手を煩わせてはならないと。しかし、ヒジカタ殿は今後も我々にとり、とても重要な方であり続ける事も事実。そこでヒジカタ殿と我々の間で意思疎通が密に円滑になされるように娘のアーニャを相互の連絡用に側に置いて欲しいのだ。」
う〜ん、これは理にかなっているし、必要な事だと思うが、猫の子じゃあるまいし、いや猫の子か。そんな簡単に年頃のお嬢さんを男の元に送るなんて倫理的にどうなんだ?
「本人の意思はどうなんでしょうか?」
「無論、娘は承知している。なに、そう難しく考えず、アーニャをそこのお嬢さん達の一人に加えると思えばいいさ。アーニャもヒジカタ殿に惚れているからな。」
「父上!」
連絡役だけではなく、そういう思惑もある訳か。実にしたたかだ。
「リュウ、俺は連絡役は必要だと思うぞ。」
「リュータ、アーニャはもう戦友だし、私は構わないよ?」
「先輩、アーニャちゃんはとてもいい子です。」
「竜太、でもこれ以上はダメだからね?」
やっぱり、みんな納得している、このパターンか。
「あっ、あの!」
当事者であるアーニャが唐突に口を開いた。そして、その赤い髪と同じく顔を真っ赤に染めて上目使いで俺を見詰める。
「私じゃ、ダメ、ですか?」
く〜、これは反則だろう。外堀はとっくに埋められていたが、今、この瞬間に内堀までもが埋められた。
「よっ、よろしく頼む。」
「こっ、こちらこそ。」
ターニャがアーニャに寄り添い、エーリカ達もアーニャの元に駆け寄った。
「良かったね、お姉ちゃん。」
「…うん。」
「妹を頼みます、リュータさん。」とはバローニだ。こうなる事も知っていた筈。単にちょっとチャラい貴族の坊ちゃんではなかったか。
「いゃあ、良かった良かった。」
そう言いながら、何やら満足げなキャストン侯爵が俺の背中をバンバン叩く。何気に痛い。
「閣下、」
「おい、閣下呼ばわりはやめてくれ。これから長い付き合いになるんだ。ヒジカタ殿の事もリュータ殿と呼ばせて貰うぞ。俺の事はアルベルトと呼んでくれ。なんなら義父さんでも構わないぞ?ハッハッハ」
キャストン侯爵、アルベルト・ネル・キャストン。アラン兄さんが言っていた通り、実に食えないドラ猫大将だった。結局俺はキャストン侯爵にいいようにされただけだったような気がする。トホホとした気分で視線を移すと、壁にもたれたアラン兄さんがやれやれといった感じで肩を竦めて苦笑いしていた。
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