第72話 軍服を着た猫
キャストン侯爵の、というか対魔王国軍エルム大森林諸族有志連合軍の戦いについてはちょくちょく遊びに来るバローニ兄妹からよく聞かされていた。
キャストン侯爵は魔王国軍が侵略戦争を始めるや、エルム大森林の自治領、自治都市、各部族が治める街や村などを糾合して魔王国軍からの侵略に抗するための共同体を結成し、自らその軍事組織の最高司令官となった。その名も対魔王国軍エルム大森林諸族有志連合軍といった。
そして、ついにエルム大森林の西側から山脈を越えて侵攻して来た魔王国軍に対し、キャストン侯爵は魔王国軍の予想侵攻ルート上に幾重にも防御陣地を構築し、交戦しつつの撤退によりエルム大森林の住民達が港を有するエルム大森林最大の自治都市サラクーダ市へ避難するための時間を稼いでいた。侯爵自身、寄せ集めの兵力で魔王国軍に勝てるとは思っていなかったのだろう。賢明な判断と言える。
そうして有志連合軍は、遅滞戦術とゲリラ部隊による非正規戦で魔王国軍に出血を強いていたものの、遂に魔王国軍魔法師団の火魔法火力集中とケンタウロスの騎兵隊(なのか?)突撃の電撃戦により防御陣地が突破され、戦線は崩壊して全軍総崩れとなってしまった。
敗走する有志連合軍は、掃討戦に移った魔王国軍に追撃され、各地で各個撃破されていった。キャストン侯爵も敗走しつつ、敗残兵を糾合して自身もサラクーダ市を目指した(サラクーダ市には市の自衛軍と有志連合軍の1/3の兵力が温存されていた)。
しかし、遂に兵力で勝る魔王国軍の羊族(羊の角を持つ魔族。鬼族ほどは強くないらしい)の部隊に包囲され、もはやこれまでと最後の突撃を敢行しようとしたところ、例によって濃い霧に包まれて、気が付けばこっちの世界、しかも広瀬湖の畔にいたそうだ。
その後、先に転移していたサバール村のエルフ達と火竜の夫婦バーンとゾフィに接触したのは、また別の話。
バローニ兄妹の父親であるキャストン侯爵は、言うまでもなく貴族だ。俺は今まで貴族などという人種を見た事もないし、接点も無い。この世界の貴族ですらそうなのだから、異世界の貴族なんて一体どう接していいものかさっぱりだ。日本政府や国防軍関係者に対しては真琴というディレクター兼アドバイザーがいてくれたから良かったが、今回はそうもいかない。
ラノベに出てくる異世界の貴族は、その殆どが利に聡く、貪欲で平民を人とも思わない碌でも無い連中として描かれている。まあ、何かしらそうした雛型があり、それが日本人の脳を通って出て来たものだから、実際の向こうの世界の貴族がどんなものなのかはわからない。以前アラン兄さんにキャストン侯爵の為人を聞いたら「食えないドラ猫大将」という答えが返って来た。
そもそも中立地帯であるエルム大森林で自治領を確保し、「侯爵」でいる事がどれほど難しい事なのか、という問題がある。どのような経緯でキャストン自治領が成立したのかは俺は知らない。だが、領地維持と領民支配の正統性を求めるキャストン家と、中立地帯とはいえ何らかの足がかりを欲する周辺国の両者の思惑が一致し、形だけ何処かの王国か帝国の臣下となり侯爵の爵位を授けられたのだろうと推察する。
そうした爵位を求める運動を起こし、周辺国を巻き込んで成功に導いたキャストン家先祖の手腕は見事なものであった事は否めず、しかも当代のキャストン侯爵も有志連合を結成させたりと先祖譲りの手腕を振るっているかなりの実力者と言えよう。
そのキャストン侯爵に俺はこれから会いに行かなくてはならない訳だ。それは何故かと尋ねられたらキャストン侯爵自身からのご指名による。既にキャストン侯爵と面識のある斎藤宮司からそう伝えられている。
正直あまり気が進まない。俺は埼玉の田舎者で、素直な正直者だもんだで、そうした海千山千の狸親父(いや、猫だけど)と腹の探り合いとか苦手なんだよね。
キャストン侯爵との対面は、斎藤宮司が用意した宿坊の応接室で行われる。面倒だが、こういう事は双方が出向くという形が重要らしい。異世界とはいえ貴族という身分ある者の方へ、本来は一般市民たる俺が一方的に出向くと、そこで上下関係が生じ、その後は何かとやり難くなるそうだ。
じゃあ、その逆ならいいのでは?貴族が一般市民の元に公式に訪れるのはダメらしい。だが、ここは俺達の世界なんだがな。
「失礼します。」
俺は斉藤とエーリカとユーリカ、舞と真琴を連れて応接室を訪れた。応接室のドアをノックし、そう訪いを入れてからドアノブを回す。
開いたドアの向こうにはキャストン侯爵一家が先に来ていた。バローニとターニャは俺を認めると笑顔を見せ、アーニャは俺達をチラッと見た後はそっぽを向いてしまった。
キャストン侯爵(多分)は俺達が入室すると斎藤宮司との談笑を止め、座っていたソファーから立ち上がった。そして一瞬俺を見据えると、ニヤリと笑顔を作る。俺を見て一体どんな評価を下したものか実に興味深いものがあるが、それはさて置き。俺はすかさず挨拶がわりの自己紹介をかました。
「どうもお初にお目にかかります。リュータ・ヒジカタと申します。」
キャストン侯爵は、誤解を恐れずその為人を一言で表せば、そう、山猫山賊の頭目といったところだろうか?身長は俺と同じくらいだから180cmくらいはあろう。ガッチリとした筋肉質でスキが無い。その容貌はというと、アーニャと同様に赤髪をオールバックに撫でつけ、その上にはぴょっこりと立つ二つの猫耳が(そこだけちょっと可愛い)。顔の彫りは深く、太い眉、力強さが窺える大きな二重の両眼。鼻は高く形よく、やや厚めの唇は意志の強さを物語るように引き締まっている。髪の色同様の赤い無精髭を生やし、黒い中世風の軍服のような貴族服を纏っている。そして腰には帯剣すべき剣は外されてソファーに立てかけられていた。
(貴族なんて初めて会ったが、嘘でしょ、絶対山賊の頭目って顔してる。子供達はみんなお母さん似か?)
などと失礼極まりない感想を抱いたのは、ここだけの話。勿論、そんな事おくびにも出したりなんかしてないよ。
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