第66話 脱出
「アチチチ。」
「熱いぜ、兄貴。」
魔物の群から熱量を奪い、多数の魔物を凍死させる事に成功した。
熱を奪ったからには当然の事、俺の元には奪った魔物の熱がある訳で。そんな熱を体内に留めておく訳ににもいかないので、俺は熱風にして体外に放出していたのだ。ラミッドとアミッドは身体強化の魔法をかけており、かなりの熱さにも耐えられるはずだが、それでも二人ともアチチとなってしまう程の熱量を魔物の群から奪っていたという事。魔物も含めた辺り一帯がカチコチになる訳だ。
そうして、魔物の群による包囲の輪、その一角を崩す事に取り敢えず成功した。後はこの崩した一角を突破口として駐屯地の混成部隊の将兵を逃せばいい。その頃には援軍が来るだろうから、魔物の始末はそちらに任せてしまえばいい。
俺はラミッドとアミッドを連れて凍った大地を凍った魔物を避けながら、未だ魔物との戦いが続けられているその先へと駆けた。
熱を奪う魔法が及んだ限りの魔物は皆凍死している。だが、崩れた包囲を再び閉ざそうと左右から魔物が押し寄せて来るが、そうした魔物は次から次へと倒れて行く。何故ならば、先程打ち合わせた通り斉藤達が攻撃魔法を放って魔物の動きを妨害しているから。
とはいえ、そうした攻撃を擦り抜けて、又は攻撃が当たらずに俺達に襲いかかる魔物も出て来る。そのため、俺は雷丸を抜刀して片っ端からそうした魔物を切り捨てて先を急いだ。
立ち塞がるミノタウルスには払い胴、ズバッ
俺達を取り囲むトロル3体に加速、間合いを詰めからの斬撃、ズバババッ
氷像と化した魔物を蹴散らしながら迫るサイクロプスには、流石にでかいので、飛び上がってからの「炎龍爆砕」(今度は服が燃えずに済んだ)、ドッガーン
ラミッド:「兄貴無敵だな。」
アミッド:「魔王より強いかも。」
二人とも、聞こえてるぞ。ちゃんと付いて来いよ。
凍死した魔物の氷像を擦り抜け、行く手に塞がる魔物を倒しながら走る事暫し、200m程だろうか。漸く俺達は魔物の包囲、その最前線に至った。そして、そこで俺達が見たのは、迫撃する魔物の群を塹壕からの抵抗によってかろうじて抑えている歩兵部隊だった。
歩兵部隊を攻めているのはオーガの群だ。塹壕やトーチカから歩兵部隊が機銃を掃射し、無反動砲を撃ちオーガの迫撃を阻止している。だが、よく見るとオークの死骸が塹壕の前方に散在しているのがわかる。恐らく、オーガはオークを盾にして塹壕に迫っていたようで、今、まさに無傷のオーガの群が塹壕に拠る歩兵部隊に襲いかかろうとしていた。ギリギリ間に合ったか?
オーガの先頭には群を統率している一際大きなオーガがいて、槍を構えて仁王立ちしている。あれが群のボスでオーガキングだろう。その大きさは以前のオークキングよりも一回り小さく、そしてスマートだ。だが、その分強靭でしなやかな筋肉を纏っているようで、オークキングを軽く凌駕する強さを感じさせる。
オーガとオーガキングの出現で、塹壕からは特にオーガキングを狙った攻撃が集中する。群のオーガは兎も角、オーガキングは漆黒の鎧を身に纏っているため、歩兵が撃つ自動小銃の弾丸は殆どが弾き返され、オーガキングは全くダメージを受けていない様子だった。
オーガキングは弾丸を弾き返しながら、遂に塹壕に至ると、最も至近から自分に自動小銃を連射する歩兵を槍を振るって薙ぎ払った。すかさず、オーガキングの顔面目掛けて火球が放たれる。塹壕の中には俺達が満峰神社で魔法を教えた特殊部隊員がいるようだった。しかし、オーガキングはその火球を煩わしいとばかりに手で払い除け、火球を放った特殊部隊員を刺し殺そうと槍を構えた。
(まずい、間に合わない)
多分その特殊部隊員は知らない相手ではないから、出来れば助けたい。しかし、今、あのオーガキングに攻撃を加えて倒す事が出来たとしても、オーガキングは特殊部隊員を刺し殺せという脳の最期の命令を両腕の神経に伝え、両腕の筋肉は伝えられた命令を忠実に実行に移し、槍は繰り出されてしまうだろう。
オーガキングの前面に回り込んで両腕を切断する時間的余裕は無い。
(だったら!)
オーガキングは未だ俺の存在に気づいていない。俺は雷丸に魔力を通して八相に構えると、大地を蹴って跳躍。
「天空剣、Vの字斬り!」
跳躍した俺は、背中を見せるオーガキングに魔力を通して真紅に輝く雷丸で右肩から斬りつけた。右肩から斜めに腰椎まで斬り裂き、着地と共に雷丸の切っ先を左斜め上に向けると、左肩目掛けて更に斬り上げる。
オーガキングは両肩の関節と神経を切断され、且つ体幹部をV字型に斬り裂かれ、槍を持ったまま動かなくなった。しかし、それでも絶命せず、立位を保っていたのは実に驚きの生命力だ。
俺はすかさずオーガキングの前面に回り込み、とどめを刺すためにオーガキングに向けて雷丸で宙を斬り、斬撃を放った。
「斬撃爆砕!」
オーガキングは雷丸より放たれた魔法の斬撃を受けると、V字に斬られた傷口から炎を吹き上げ、やがて全身が炎に包まれると爆発し、砕け散った。
そして、辺りを警戒しながら半ば埋もれて浅くなった塹壕の底を見ると、オーガキングに槍で貫かれようとしていた兵士はざっと見た感じ外傷は無く、意識もあるようだった。だが、なんとなく見覚えがあるような、
「今西大尉⁈」
塹壕の底で力無く倒れているのは、紛れも無い今西大尉だ。
「大尉、大丈夫ですか?」
俺からの呼びかけに、今西大尉は「よお」と右手を上げるが、とても辛そうだ。
「怪我は?」
「怪我という怪我は無い。魔力を使い果たして体に力が入らないだけだ。」
そういう事が。俺は少し安心しつつ、今西大尉の右手を握って魔力を送り込んだ。
「現場の指揮は誰が執っているのですか?」
「俺が臨時に歩兵中隊の指揮を任されている。」
今西大尉は俺が送り込んだ魔力で先程よりは声に張りが出ていた。更に魔力を送り込めば日常的な動きなら十分出来るようになるだろう、多分。まあ、俺も人に魔力を分け与えるなんて初めてなんでね。
「包囲の一角を崩して穴を開けました。そこから部隊を率いて脱出して下さい。」
だが、今西大尉かぶりをかぶる。
「ここを魔物に抜かれる訳にはいかない。」
そう、この人は頑固なんだ。初めて会った時も融通が利かなくて閉口したものだ。なので、現在の状況をざっと説明する。
「では、さっきの落雷もお前の仕業か?」
「まあ、そんなところです。」
「だが、部隊が転身した後、魔物はどうなる?」
「新村司令が既に援軍を要請してます。後は援軍に任せましょう。もし来援が遅ければ俺達が何とかします。」
「…わかった。部下の命も大事だ。俺の責任で撤収させよう。」
「お願いします。」
その後は今西大尉の骨折りで駐屯地の混成部隊は脱出の準備に取り掛かった。6機の機動強化歩兵を前面に立て、動けない負傷兵は戦車や戦闘車に乗せ、重篤な負傷兵や戦死者は残念ながら現場に残さざるを得なかったが。
勿論、魔物の包囲の一角が崩れたといっても、そこを素直に通してくれる魔王国軍ではない。脱出経路は斉藤達が確保してくれているが、脱出する部隊には魔物が更に攻撃の手を強め、一気に襲いかかって来るのだ。
俺は脱出する部隊を支援するため、魔物の前に火魔法で炎の壁を展開させて奴等の攻撃を可能な限り防いだ。そして、どうにか生き残った部隊は脱出に成功した。
「ラミッド、アミッド、そろそろ俺達もズラかるぞ。」
「わかった。」
「…アミッドはどうした?」
「あれ?いない…」
アミッドが近くにいる事は気配を感じているので大した心配はしてないが。
すると、少し離れた塹壕からアミッドがひょっこり顔を出した。
「兄貴、この人まだ息があるぞ。」
アミッドの元に駆けつけてみると、塹壕の底にはまだ若い兵士が横たわっていた。直ちにバイタルをチェックすると、意識は無く、呼吸は浅く早く、苦しそうだ。脈拍は橈骨動脈で微弱ながらも触れ、なかなかに危険な状態と言えるだろう。更に全身を観察すると、左上腕に内側に陥没するような変形が見られ、左胸郭の動きが右に比べて弱かった。これらから考えられる事は、
(左上腕骨の骨折と左肋骨骨折、左胸郭の血胸かな)
骨折は重症度も緊急度も低いからこの際は放っておくにしても、血胸は肺と心臓を圧迫して、どうにかしないとこの兵士は間も無く死ぬだろう。
まだ生きている、そして魔法という何とかなるかもしれない手立てが俺にはある。
(義を見てせざるは勇無きなり。しょうがない、やるだけやってみるか)
「ラミッド、アミッド、この兵士の手当てをするから見張っていてくれ。」
「「了解!」」
虎兄弟に警戒は任せ、俺はこの負傷兵への魔法を使っての応急処置を行う。
「アポーツ!」
先ずは左胸郭内に貯留する血液をアポーツで取り出す。すると、目の前の空中に血塊が現れたので、これを瞬時に燃やし、蒸発させた。
次に左胸郭に回復魔法をかけ、損傷している大動脈を修復する。
(これでどうかな?)
意識は無いままだが、俺が負傷兵の頭部を後屈させて呼吸を確認すると、処置をする前よりも呼吸回数も胸郭の動きも十分で安定した呼吸になっていた。そして、左の総頸動脈と左橈骨動脈で脈拍を測っても、力強く安定した拍動を確認出来た。どうやら成功したようだった。
すると、急に真琴から念話が入った。
"竜太、わかる?"
"わかるよ。真琴、どうした?"
"駐屯地の混成部隊の脱出はもうじき終わるわ。魔物の追撃が激しいから私達もこのまま一緒に脱出するね"
"わかった。後で合流しよう"
"それから、援軍として航空宇宙軍の戦闘機が魔物の群に空爆を行うみたいだから、竜太達も早く脱出して"
"わかった。後で合流する"
"気をつけてね"
俺はラミッドとアミッドに直ちに現場を離脱する旨を伝える。あとどれくらいで空爆が始まるのかわからないが、斉藤達との合流はどうも距離があって時間が無く、今はちょっと難しそうだ。
「ラミッド、アミッド、脱出するぞ。また飛んでいくからしっかり俺に掴まれ。」
「えっ?」
「兄貴、俺あれちょっ苦手だ。」
二人は飛んで脱出する事に難色を示したが、そこはサラッと流す。まずは負傷兵君を両手で抱き上げ(所謂お姫様抱っこだ。男相手だけど)、ラミッドとアミッドに背中にしっかり掴まらせる。
そうして俺は、男をお姫様抱っこし、男子二人にうしろから抱きつかれる、という状態で後方にある防御壁の上まで飛び、戦場から離脱した。
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