第59話 ワイバーンふたたび
蟲型魔物の大群が迫り来る中、駐屯地内で俄かに砲列の一部に動きが見られた。第一波の魔物群に向いていた自走砲が筒先を変え、戦車と戦闘車が移動を開始した。どうやら竹内中尉から新村司令へ、蟲型魔物群の危険性について伝わったようだった。
自走砲と戦車砲が発砲を始めた。連続する猛烈な発砲音が響き、遅れて弾着した爆発音が空気と地面を震わせる。駐屯地の周囲は外周に魔物の接近を阻む数多くの障害物が設置され、その内側には鉄条網とH鋼で組まれた馬防柵、そして地雷原。更に、その内側に駐屯地を囲む高さ10m以上にもなる分厚い鉄筋コンクリート製の防御壁がある。そうした防御設備がこの駐屯地を要塞たらしめている訳である。
魔物の群がもう近くまで至っているのは大量の魔力による圧迫感からわかる。しかし、駐屯地を囲む防御壁は高さもあり、上部が武者返しのようになっているため、ダンゴムシの魔物は容易に越える事は出来ないはずだ。まあ、カマキリには羽根があり、カマドウマには高く跳躍する脚力があるので防御壁を飛び越えてしまうかもしれないが。
すると、砲撃音に混じって航空機のエンジン音が響きだし、上空を見ると大型航空機が姿を現した。その機影は輸送機のCー130Hのものだか、この状況で輸送機を飛ばすとは、空挺部隊か機動強化歩兵を降下させるのだろうか。
やがてCー130Hは高度を下げてやや低空で飛行すると左に旋回を始め、機体の胴体左側のハッチを開いた。ハッチから二本の砲身が現れると、Cー130Hは蟲型魔物群に激しい機銃掃射を開始した。
「あれはガンシップかしら。航空宇宙軍はいつの間に配備したのかしら?」
真琴が予想混じりに、あのCー130Hについて教えてくれた。
ベトナム戦争で活躍した米空軍のガンシップ。攻撃ヘリの出現で地上支援機の主役の座を譲っているが、米空軍はCー130をベースにしたACー130を保有及び配備している。そうすると、機体の日の丸も鮮やかなあの機体は、さながらACー130Jとでもなるのだろうか。
「航空宇宙軍が保有するCー130Hをガンシップに改造したのかな?」
「うん、多分そう。対魔物用に改造したって感じかな。という事は新村司令は市ヶ谷に援軍の要請をしたのね。」
駐屯地からの砲撃は続き、上空からガンシップによる機銃掃射も行われている。更なる援軍もあるかも知れず、これは、このまま国防軍が魔物の襲撃を鎮圧して終わりかな?なんて考えた矢先、一難去ってまた一難。やっぱり、世の中そう甘くないことを実感した。
「見て、西の方から何がいっぱい飛んで来るわ!」
エーリカが指差す西の空には、点状に幾つもの黒い飛翔体が見える。すかさず遠目で見た舞が叫ぶ。
「あれ全部ワイバーンですよ!」
ワイバーンは先程のアラン兄さんとの戦いを見た限り、とても強い魔物だ。体長が約5mで翼を広げた長さは約10mと身体は大きく、魔力量も多い。かなり高速で飛行し、翼の鉤爪は鋭く、口から放つ火球は高熱で破壊力も強い。
アラン兄さんが3頭のワイバーンを倒したが、逆に言えば魔力量の多い手練れの竜人の戦士が、枯渇するまで魔力を費やして3頭倒すのがやっとな程なのだ。
先程の3頭のワイバーンは先行した斥候だったのか、西の空一面に広がっている黒い影は徐々に大きくなり、その数は100頭は下らないだろう。
ワイバーンの群はせっかく活躍中だったガンシップ目掛けて次々と火球を放って襲いかかった。幸いガンシップはレーダー等でワイバーンの接近を察知していたのだろう、退避行動を取ったため火球は命中する事は無く、防空能力の無いガンシップはそのまま秩父上空から離脱してしまった。
「はあ、行っちまったよ。」
ガンシップを追い払ったワイバーンの群は駐屯地への攻撃を始め、上空から夥しい火球が降り注ぐ。この秩父地方特別駐屯地は魔物による空からの脅威を想定していなかったようで、上空からのワイバーンの空襲になすすべが無く。
ワイバーンの火球は砲列を敷く火砲群にも容赦無く降り注ぎ、砲弾の火薬や燃料に引火して次々と誘爆した。
戦車や戦闘車両は走行しながら機銃による対空戦を始めるも効果無く、アウトリガーを設定して直ちには動けない自走砲などは次々と火球の餌食になっていった。
俺達は直ぐに直近の掩体壕に逃げ込んでいた。遠目で見ると、ワイバーンからの集中攻撃を受けている火砲群は被害甚大であった。火球のみならず退避する将兵達もワイバーンに鉤爪で裂かれ、喰い千切られて次々と死傷している。
最早、事態は援助どころの話ではなくなっていた。間も無く蟲型魔物群が障害物を蹴散らし、先頭集団が犠牲になりながらも地雷原を越えて来る。そして防御壁にぶつかり、重なり合うダンゴムシの身体を足がかりにして後続のカマキリやカマドウマ等が駐屯地内に雪崩れ込む。更には砲撃で足止めされていた第一波の魔物群も再び駐屯地に襲い掛かり、上空にはワイバーンの群。もうこの駐屯地は、いや、この要塞は落ちたも同然だ。
「…先輩、」
舞が俺に何かを言いかけ、しかしそれ以上は口を噤んだ。薄暗い掩体壕の中、皆体を寄せ合っている。この掩体壕も決して安全とは言えず、この様な状況に皆不安なのだ。まあ、俺は逃げるだけならどうにか出来ると思っているが。
「みんな、聞いてくれ。こんな事態になってしまったが、俺達が力を合わせれば大丈夫だ、脱出できる。また満峰山に戻って一からやり直しだ。ただ、ラミッド達を見殺しには出来ない。ちょっと危ない橋を渡る事になるが、俺はこれから戦闘指揮所に戻ってラミッド達を救出する。一緒に来てくれるか?」
少々無茶な事を頼んでいる自覚はあったが、エーリカ達からは勇ましい返事が返って来た。
「当然!」
「先輩、付いて行きます。」
「もちろんよ、竜太。」
そして、俺、エーリカ、舞、真琴の4人から視線を注がれたアーニャ。
「私だって、もちろん行くに決まってるニャ。あっ!」
焦ったのか、語尾に普段は付けない「ニャ」を付け、顔を真っ赤にして両手で口を押さえるアーニャ。
「「「かっ、可愛い!」」」
その羞恥に悶える様に魅了されたのか、エーリカ達は堰を切ったようにアーニャを抱きしめ、頬擦りし、撫でまわす。
先程まで掩体壕の中を支配していた絶望的な雰囲気はもう無かった。俺はエーリカ達にされるがままで困り顔のアーニャに、空気を変えてくれてアリガトなと親指を立ててウィンクした。
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