第44話 昼間飛行
姉巫女の渋谷綾音さんとエーリカ達の口論も治った頃、北の上空に小さく機影が見え始めた。機影が次第に大きくなるにしたがってゴォォォというエンジン音が少し遅れて聴こえてくる。
(ん?ヘリではないのか?)
明らかにヘリコプターのローターの回転とは異なる轟音。近くにつれてハッキリと見えてきた機体に、俺は驚きを禁じ得なかった。なんと俺達を迎えにきたのはヘリではなく、中型の要人輸送用垂直離着陸機だったのだ。
「ほお、国防軍も随分と張り切っているな。」
隣で斉藤が呟く。
機体と並行だった両翼が垂直となり、徐々に機体は垂直降下してくる。この駐車場は防災対応の緊急離着陸場となっているためHマークが塗装されていた。しかし、オークの襲撃によって随分とそのマークも損なわれてしまったためスモークも炊かれている。
この垂直離着陸機はジェット推進であるため、回転翼のような強風を伴わないが、エンジンから放出される熱風を頬に感じる。グレーの機体に胴体の日の丸が鮮やかだ。
着陸した垂直離着陸機の左側面のハッチが開くと、3人の戦闘服にヘルメットを被った兵員が降りて来た。周囲を窺いつつ、その中の一人がこちらに近付いて来る。彼等の機敏な動きに一瞬警戒したものの、近付いて来た軍人が見知っている人物だったたので俺も警戒を解いた。
「久しぶりだな土方君。元気そうでなによりだ。」
「今西大尉もお元気そうで。やっぱり秩父に戻ってきましたね。」
「ああ、ここは俺達特殊部隊員にとっちゃフロンティアだからな。」
再開の挨拶を交わした俺と今西大尉は、固く互いの右手を握り合った。俺達を安心させるための人選なのだろう。
「ウチの隊員を鍛えてくれるんだってな。頼りにしてるよ。」
「ええ、食糧と交換ですけどね。」
その後すぐ、あまりゆっくりしている時間は無いからと促され、俺達10人は垂直離着陸機に乗り込んだ。その際、転移者たち、特にラミッドとアミッドが凄え凄えと興味深々だ。
俺達を乗せた垂直離着陸機は、着陸した駐車場から垂直に離陸しイーザローン要塞に向けて飛び立った。このような最新鋭機では満峰山から秩父盆地の先までは数分で着いてしまうものだが、近頃は害特封地上空に翼竜やハーピィのような飛翔するタイプの魔物も出現するようになった。この垂直離着陸機が落とされるような事は無いだろうが、危険を避けるために一度飛翔タイプの魔物が到達出来ない高度まで上昇するなど安全対策を取り、要塞到着まで少し時間がかかるという事だった。といっても何分でもないだろうが。
この垂直離着陸機は要人輸送用という事で、静粛性が高く、旅客機のような座席は乗り心地も抜群だ。
「流石に機内食は出ないよな。」
「竜太君、お腹空いたの?」
俺の横に座る真琴が可笑しそうに尋ねる。真琴が俺の隣に座っているのは、俺の隣席争奪戦に勝ち抜いた結果だそうだ。
「よかったら飴でも食べる?」
「じゃあ貰おうかな。」
「はい、あ〜ん?」
え?今ここで、それを?
通路を挟んだ反対側の席からジト目でこちらを見るエーリカと舞の視線がとても気になるのだが、こうした隣席同士のじゃれ合いも込みの争奪戦の結果なのだろう。悔しそうにするものの、二人とも表立っては何も言わなかった。
俺は居心地の悪さを覚えつつも、遂に観念して口を開くと、真琴が俺の口の中に飴を入れた。
「どう?美味しい?」
「うん。特別な味がするよ。」
嬉しそうに微笑む真琴の笑顔を見ると、こちらもつい自然と微笑んでしまう。
飛行時間は概ね10分だった。今西大尉も真琴もその事は知っていたようで、特に機内でのブリーフィングや意見交換などは行われなかった。
上空から見たイーザローン要塞は、その元になったゴルフ場の敷地を囲むように幾重にも塹壕が巡らされている。元々が河川の合流地点の台地だけに城塞のようだ。
垂直離着陸機はやがて垂直に降下を始め、いかにも元はゴルフ場だったというような松の木や地面を覆う芝がそこかしこに残る要塞内の離発着場へ着陸した。
垂直離着陸機から降りた俺達は、今西大尉達の案内で更にバスに乗り換えて庁舎へと向かう。幾棟もの格納庫が連なり、今では旧型となってしまった90式戦車や10式戦車が収容されている。
大陸に出現したアンデッド系魔物により国家としての中国と朝鮮が消滅し、ロシアも魔物を都市ごと戦術核で消滅させて国内の混乱が続いているなど、大陸からの侵略の可能性が低下した今、戦車部隊も配置転換されて要塞で魔物と対峙している。
更に目を引くのは、大型の運搬車で運ばれ運ばれていた強化歩兵だ。全長約3m、着装した搭乗員の動きがコンピュータ制御と人工筋肉により再現され、複雑な操縦技能を要しない。極端な話、動かして暴れるだけなら強化服を着装すれば誰でも可能という。しかし、搭載している兵器は思考制御であるため、そのための特殊な訓練が必要なのだという。
人工筋肉と強力バッテリーによるハイパワーと機動力、全身を覆う強化装甲、搭載する重火器、両腕により専用の"銃"や"剣"などの武器も使えるのだ。
俺も満峰山でこの強化歩兵とオークの戦闘を見た事があるが、オークの大群を相手にたった3機で十分対抗出来ていた。
「大将、あれはゴーレムですか?」
ガーライルがそう言うのだから、向こうの世界にはゴーレムがいるのだろう。ちょっと見てみたいけどな。
「いや、あれはこの世界の兵器で、中に兵隊が入って操っているんだ。」
「はぁ、あんな兵器があるのなら心強いですね。」
「まあ、そうだな。」
とは言え、魔物と違って強化歩兵には数に限りがある訳だけどな。
こうして要塞を上空から見て、地上をバスの車窓から眺めただけでも、この要塞の陣容がただならぬものである事がわかる。
この要塞は魔物が害獣出現特別封鎖地区から出ないようにする為の、謂わば"蓋"である。それも大きくて厚く硬い。そこからは魔物を外に出さず、国を守ろうという軍の、政府の意思が窺えた。
しかし、魔物は今もその数も種類も増え続けている。瓶の内圧が高くなれば、いつかは蓋だって吹っ飛んでしまうだろう。
俺達が提唱する転移者達の民兵隊による魔物狩りが瓶の内圧を減らし、要塞の負担を減らすという事をここの偉い人達が理解してくれるといいのだが。
バスの車窓からこの現代の要塞を見つつ、俺はどうにもこの要塞の危うさを感ぜずにはいられなかった。
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