第39話 山(で)猫は眠れない②
満峰神社まで歩いて行く道すがら、バローニとターニャから聞いたところによると、魔王国軍はエルム大森林の北方から侵攻して来たという。
バローニはエルムの森林の北西にある自治領主の息子。バローニの父である領主は領軍や志願兵を率いて近隣の自治領や自治都市の軍と連携し、領民達を海岸部にあるエルム大森林地帯最大の自治都市サラクーダ市へ避難させる為の遅滞作戦を実施していたのだという。しかし、明け方に有志連合軍が魔王国軍に朝駆け奇襲をかけられて壊滅してしまったそうだ。避難民の殿を守っていたバローニ達は、どうにか避難民の大半をサラクーダ市へ逃す事に成功したものの、遂に魔王国軍に追いつかれてしまい、そして包囲され皆殺しされる寸前だったと。
「それで、やっぱり霧が出たのか?」
「そう、急に霧が出て、辺りが真っ白で何も見えなくなった。そして気がついたらこっちに居たって訳さ。まあ、何にせよ助かった。皆の分も礼を言わせてくれ。」
「いや、もう何度目だよ。わかったから。」
バローニはちょっと軽薄な感じはあるものの、見た目によらずまじめで実直な奴だ。
因みにバローニは領主の跡取り息子なので、キャストンという家名の前に自治領主を意味する"ネル"が付いてバローニ・ネル・キャストンという大層な氏名となる。しかし、バローニの妹達には"ネル"は付かないらしい。らしい、というのはアーニャが俺の事を気に食わない奴とばかりに睨んでいて、聞くに聞けなかったりする。
今回、転移して来たのはバローニが指揮していた有志連合軍の兵士達が100人程。幾つかの自治領や町、村から集まった有志連合の志願兵なので様々な種族が混在している。猫獣人を始め、兎獣人、狐獣人、狸獣人。また、獣人だけではなく、銀色の鱗も美しい竜人やイケメンのエルフもいたりする。
と、その時、俺は強い魔力を感知した。仲間のものではない。火竜でもなく、魔物のものでもない。
すると、道路の前方、まだ晴れ切っていない霧の中から、三つの人影がゆっくりと歩みつつ、全身に薄く霧を纏わせてその全容を現した。
「「「!!」」」
有志連合の兵士達の間に忽ち緊張が走り、アーニャが俺に食ってかかる。
「あんた、さっき魔王国軍はいないって言ったじゃない!」
アーニャの口振りだと、この三体は魔王国軍の兵という事になる。奴らは霧に紛れ、追っていた有志連合の部隊と一緒にこっちの世界に転移して来てしまったようだ。つまりは巻き込まれ型異世界転移という事になるが、何というか、これじゃない感がハンパ無い。
「ほほぅ、こいつら、こんな所に逃げていたか。よし、サッサと皆殺しにして本隊に戻るぞ。」
そう言った奴がリーダーだろうか。そいつの身長は俺よりやや大きく190㎝くらいか。筋肉質で体格が良く、皮膚の色は赤い。他の二人も似たような背格好で、皆顔は厳つく残忍そうだ。全員が何故か和風の鎧を着装し、右手にシャムシールのような厚刃の曲刀を構え、左腕には盾を装着している。そして何より特徴的なのが、その前額部に左右対称に生えている二本の角だ。角の生えた人型の魔物といえばオークだが、コイツらはオーガよりも知能が高いように思える。
「おい、そこのヒト族の男!」
ヒト族といえば、ここには俺しかいない訳だが。
「お前だ、お前。」
「俺の事か?」
「だからそうだって言っているだろう。お前、俺達に対して非常に失礼な事を考えていたな?」
「そんな事はない!オーガよりも多少は知能が高そうだと内心褒めたんだ。」
「そうか褒めたのか、って馬鹿者!俺達をオーガなんかと一緒にするんじゃない!」
「じゃあ、あんた達は何なんだよ?」
俺がそう尋ねると、魔王国軍の三人は「フッ」と笑い、互いに目配せすると、リーダーを中心に二人の鬼族の戦士が左右に分かれ、それぞれ曲刀を俺に向けた。
「遠からん者は音に聞け!」
「近くば寄って目にも見よ!」
え?何で異世界の魔王国軍の兵達がこの名乗りを知っているのだ?
そして、俺の疑問をよそにリーダーがずいっと前に出て続く。
「俺達は魔王様よりエルム大森林攻略の先鋒を仰せつかった、魔族の中でも最強の呼び声高い赤鬼族である。」
なるほど、という事は、
「つまり、お前達は魔族なんだな?」
「そうた、驚いたか?俺は魔王国軍でもその者ありと知られる赤鬼族のグワ・ジン様だ。命乞いしても無駄だ、って、ぐわぁぁ!」
俺は超高温の火炎をグワ・ジンとやらに見舞い、奴を一瞬で消炭にしてやった。魔族の御託を全部聞いてやる義理は無い。まあ、ほぼ言い切っていたようだったが。
そうこうしている間に、強敵だった赤鬼族戦士のリーダーが一瞬で消滅したため、混乱状態から立ち直った有志連合の兵士達が絶句している赤鬼族の戦士達を取り囲んだ。
『おい、リュウ。それぞれ一対一で戦おう。俺が右で、リュウが左だ。』
「わかった。」
そして赤鬼達の戦士達は、自らの運命を悟ったものか、俺を罵る事も、命乞いをする事もなく、ただ黙って曲刀を構えた。
俺はベルトに吊るしたホルダーからグルカナイフを抜いて構える。俺はこの赤鬼族に敵ながら戦士の誇りを感じた。ならば魔法ではなく、三郎丸が言うように戦いで死なすまでだ。
「俺の名は土方竜太だ。こっちは神使の三郎丸。貴様達の名前を聞こうか。」
「赤鬼族の戦士、ザン!」
「同じく、赤鬼族の戦士、ジバル!」
そして、有志連合の兵士達の見守る中、お互い一対一の戦いが始まった。
赤鬼族の戦士ザンは左に半身を切る。左腕に盾を構え、右手に持った曲刀を上段に。俺達は睨み合い、暫く対峙するも、俺が威圧を強めるや、ザンは堪えられなくなったかのように一気に間合いを詰め、俺の左頸部から胸部にかけて切り裂かんと上段に構えた曲刀を強烈な気合いと共に振り下ろした。
俺はザンの攻撃を半身を切ったバックステップで躱し、左下段払いで曲刀を捌くと、右肘打ちでザンが構える盾を砕く。ザンはその衝撃で後方に押され、俺はその勢いのままザンとの間合いを詰めると、右手のグルカナイフを左下から斬り上げてザンの首を刎ねる。
頭部を喪ったザンの身体は、頸部の切断面から大量の血飛沫を吹き上げ、そのまま丸太のように倒れた。
三郎丸の方へ目を転じると、ジバルは既に右腕を噛みちぎられ、左大腿部も噛まれて深手を負っていた。そして、三郎丸はジバルの頸部に噛み付くと、ゴキッという鈍い音と共に頚椎を折り、ジバルは絶命した。
「サブちゃん、流石だね。」
俺がそう三郎丸を褒めると、三郎丸は舌で毛繕いをしながら、
『またつまらぬ物を噛んでしまった。』
と、何処かの居合の達人のような事を念話で言った。
俺は横たわるザンとジバルの亡骸に合掌、改めてバローニに向き直った。
「まだ他にも魔王国軍の戦士がいないとも限らない。急ごう。」
「ああ、わかった。みんな、この方達について行こう。」
最初に話しかけたターニャが泣き出したからか、有志連合の兵士達は俺を胡乱な目で見ていた。しかし、俺と三郎丸が赤鬼族の戦士三人を忽ち屠った実力に、今ではそういった目で俺を見る者はいない。ただ一人を除いて。
俺はバローニに歩きながらこの世界の状況などを説明した。見た目はやや軽薄なのだが、バローニは領主の跡取り息子であり、有志連合の一隊を率いる部隊長という責任ある立場であるため真剣に俺の話を聞いている。
ふと視線を感じたので、振り向いて見ると、アーニャと目が合った。すると、
「ふんっ」
アーニャはプイっとそっぽを向いてしまった。どうやら嫌われてしまったようだった。
式神で事情を予め知らせておいたが、昨日の今日なので神社も今頃大混乱だろう。昨日の狼村約200人に、今日は様々な種族の有志連合兵士約100人が加わるのだ。これにより満峰神社の食糧事情は逼迫する事間違い無し。出来るだけ早期に大量の食糧や生活物資を調達しなければならないだろう。
さて、神社に戻ったら早速緊急会議をしなければならない。
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